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じゃあな、リリア

「あら、いらっしゃい」


 紅茶を飲みながらのんびりと微笑む姿に、一瞬ここが塔の中で、最終決戦の真っ最中だということを忘れそうになった。

 居住区となっている、塔の最上階の一歩手前。そこの談話室のような部屋で、空間のオリジン、リディア・ボルトキエヴィッチは友人家族を迎え入れるように、穏やかに俺達を出迎えた。


「婆様」

「うふふ。ひさしぶりねぇ、リリア」


 プラチナブロンドが輝く、美しい女性だ。顔立ちは祖母ではなくて実母なんじゃないかと疑ってしまうくらい、リリアに似ている。

 それにしても優しそうな人だ。この原初の塔をトラップたっぷり殺意びっしりな迷宮に改造した人物だということだから、さぞや恐ろしい性格をした人だろうと身構えていたのに、拍子抜けだな。


「本当に久しぶり。大きく……なってないわねぇ、リリア。なのに私よりお婆ちゃんなのでしょう? 不思議ねぇ?」

「ふぁっ!?」

「年上にお婆ちゃんなんて言われるのは、なんだか嫌だわ。見た目は幼くても、孫でも、貴女の方が長生きしているんですものね? リリアお婆ちゃん?」

「ふわわわわぁーー!!?」


 なんてことだ。お婆ちゃんよりお婆ちゃんになったリリアが、その状況をうまく理解できずにパニックを起こしてしまった。確かに普通に生きていれば……というか普通じゃない人生でも起こるわけがない現象だ。


「ねぇ、お婆ちゃんにお婆ちゃんって呼ばれるのって、どんな気持ちなのかしら? 教えて? リリアお・ば・あ・ちゃ・ん」

「もびゃあああああああああ!!!?」


 ああ、この人最悪だ。最悪のドSだ。

 そうだろうとも。この塔の罠に、俺達が一体どれほど苦しめられたことか。特にウチには罠という罠に引っかかりまくる地雷発見器がいたから、なおのこと苦しめられた。そんなものを作った人がまともな訳がなかったのだ。


 悶えるリリアを心底楽しそうに眺めた後、その視線が今度は俺の方に向けられる。まさか俺まで攻撃対象? な、なにかイジメられる要素があっただろうか?


「お行きなさいな。もう分かっているでしょう? テロスは貴方だけを待ってるの」


 指し示された場所には、転移ポータル。最上階……テロスのいる場所へと続く道だ。不可能にも思えた道のりだったけど、多くの仲間の助けで俺はようやくたどり着いたんだ。

 手に触れる冷たい感触。あとは魔力を込めるだけで、テロスの所に行ける。


「じゃあな、リリア。みんなにも、よろしく言っておいてくれ」





    ☯



 初めてまともに名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げた時には、既に悠斗の姿は無かった。


「なんじゃ、今の言いぐさは。あれではまるで……」

「死を、覚悟しているのでしょ? あれはそういう男の目よ」


 ここに至るまで、リリア達は悠斗がどうやってテロスと戦うつもりなのか知らされていない。もはや悠斗には魔力が無く、EXアーツを発動することすら出来ない。そして万全の状態でさえ、テロスには敵わなかった。だというのにテロスは智世の力を得て、あの時よりも更にパワーアップしているのだ。

 それでも、勝つと言った悠斗を信じて塔を登った。


「大人しくテロスに復讐されて、それで許してもらおうなどと考える男ではないのじゃ。奴は勝つ。勝って世界を救うのじゃ」

「無理よ。貴女は今のテロスを知らないもの。4つの聖霊の力の内3つを得た今のテロスは、まさに神様そのもの。人は、神に勝てないのよ」

「小僧は……ユートはただの・・・人ではないのじゃ」

「でも人よ。人間。昔は神様だった、人間。あの子、まるで魔力を感じなかった。もはや魔導士オリジンですらない人間よ」


 世界に空白がなければ聖霊の権能も意味が無く、オリジンとしての力を使おうにも魔力が無い。誰が考えても、そこに勝利の可能性など存在しない。

 それでも、リリアは確信を持って断言した。


「ヤツは『勝つ』と言ったのじゃ」

「そう。悲しいわ、可愛い孫が馬鹿な男に騙されている気分だわ」

「ワシも、馬鹿じゃからのう。婆様に……最強のオリジンに戦いを挑もうと言うのじゃから」


 世間の人々に最強のオリジンは誰かと聞けば、アラン、タケツナ、リディアの3つに意見が分かれる。だが、かつて人類を救ったオリジン達に最強は誰かと聞けば、声を揃えてこう言うだろう。最強は、リディア・ボルトキエヴィッチである、と。

 アランの強化、タケツナの重力は確かに強い。だがそれでも彼らは空間の中に存在している生物だ。地上に生きる人間が地面を支配する餓獣王アガレスロックに手も足も出なかったように、空間そのものを支配する彼女の力は隔絶している。


 リディア・ボルトキエヴィッチの相手はリリアがする。これは戦いに挑むに当たり、一番最初に決まったことだった。3次元を掌握するリディアと戦えるのは、4次元に干渉できるリリアだけだと。


「そうねぇ。本当に、おバカ」


 リリアの体が固まる。まるで見えない鎖に拘束されたかのように。そして強まる圧迫感に、リリアは状況を把握した。周囲の空間を固定し、そのまま押しつぶそうとしているのだと。

 普通なら、ここで戦いは終わっていた。空間を破壊して脱出する方法など、無い。だがリリアは時間を操る。


「あら? 逃げられちゃった」


 動かないはずの体を動かす。リリアを縛る空間は既に存在しない。


「ワシの周りの時間だけ巻き戻したのじゃ。婆様が魔法を使う前の時間にのう」


 回避不可能な魔法も、発動する前の状態に戻してしまえばいい。数秒後、さきほどまでリリアがいた場所の空間が固定、圧縮されるのだが、その時にはもう違う場所に移動している。


「そう。じゃあ、気づかれないように即死させればいいのね?」


 目には見えない、空間を固めて作った刃をリリアの首へと落とす。


「何をしてくるのかは分からなくとも、何か仕掛けて来るタイミングで移動してしまえばよいのじゃろう?」


 リリアの声がリディアの背後から聞こえる。「未来の自分」と入れ替わったのだ。その場所まではわからないのでリディアの背後に出たのは偶然だった。


 空間属性で攻撃しようとすれば、必然的に敵周辺の空間を操作することになる。そうと分かっていて留まる馬鹿はいない。こうして未来の自分と入れ替わってもいいし、時間を停止させてから歩いて移動してもいい。


「タイム、シャッフル」


 リリアが杖を振るう。対象の時間をランダムに加速減速させることで感覚を狂わせ、脳と精神にダメージを与える魔法だ。

 しかしその魔法を受けたはずのリディアは、何事もなかったかのようにケロリとしていた。


「あら。攻撃された時の対策をしていないとでも?」


 これはハッタリではない。リディアは常に自分の周りの空間を歪曲させていて、どんな攻撃も届かないように無敵の防御を施している。それは時間も同じだ。リリアはリディアの時間を操作したつもりで、まったく違う場所の時間を操作させられていた。


「けど、やっぱりスゴイわねぇ時間を操れるというのは。普通に魔法を使っても勝てそうにないわぁ」

「それはお互い様じゃな。まさか時間魔法が効かぬとは思ってなかったわい」

「あらそう? でも空間魔法がそうやって防がれるのは……予想通りだったわ?」


 その言葉に「え?」とリリアが呆けた瞬間、すぐ隣の空間が唐突に歪み始めた。


「む!?」


 素早く時間を巻き戻し、空間の歪みを直す。だが攻撃を防がれたにも関わらず、リディアはうっすらと笑みを浮かべた。


「やっと育ったわね」


 どういう意味かと問う暇も無く、リリアの背後で新たに別の歪みが発生した。そちらもすぐさま対処したリリアだが、息つく間も無く今度は3つ同時に歪みが発生する。そしてさきほどリリアが発動前まで時間を巻き戻して無効化したはずの歪みまで復活していた。


「だめだめ。発動直前に巻き戻してもダーメ。だってそれらは貴女がここに来るずーっと前に設置した物だもの。中には1150年くらい前に設置したのを再利用したのもあるわ。一定時間で起動するように仕掛けておいた、亜空間の種。芽吹けば一気に成長して、貴女を亜空間に引きずり込む。完全に生成前まで巻き戻さないと、私の魔力という水でも芽吹く種よ」


 次々と生まれる亜空間に、リリアは懸命に対処する。だが、あまりにも多すぎた。

 時限爆弾のようなソレは、爆発前まで時間を巻き戻しただけではすぐにまた爆発してしまう。ならばと一時間ほど巻き戻しても、リディアが魔力という名のリモコン操作で強制的に起爆させる。完全に沈黙させるには設置される前の状態まで時間を巻き戻す必要があるが、大昔から最近までバラバラで、どれを、どれだけ巻き戻せばいいのか分からない。かといって全て1150年も巻き戻せば、リリアの魔力が先に尽きる。


「リリアが私に割り当てられるのは分かっていたもの。しっかり準備させてもらったわ」


 そしてついにリリアの対処が間に合わず、亜空間が彼女の体を捉えた。


「すまぬ、小僧……」


 得体の知れない空間に飲み込まれていく。脱出は、もちろん封じ込められているだろう。遠のいていく居住区の風景に手を伸ばしても、その手はどこにも届かない。

 だが手を伸ばした先の風景でリリアは信じられないものを見た。リリアを飲み込んだ亜空間に歩み寄る、一人の女性。彼女はリリアに杖を向け、何かを唱える。


「イリア、姉さま?」


 リリアの意識はそこで途絶えた。

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