影話・雌雄
以前は石造りの迷宮になっていた階層。今はその迷宮は無くなり、だだっ広い石室だけが広がっていた。
「おらぁ!!」
「はぁっ!!」
一歩踏み出すごとに石材が砕ける。一撃ごとに弾ける衝撃派が部屋を、空気を振動させる。
常人がこの部屋に一歩でも足を踏み入れれば、その瞬間に床にたたきつけられることになるだろう。何故なら今、部屋の中の重力が通常の数十倍にまで引き上げられてからだ。そんな空間にありながら、アランはなんら変わることなく戦い続けていた。重力が体を縛り付けるなら、それに耐えられるほど肉体を強化すればいい。
全てに制限を与える重力属性。全てを高める強化属性。他の追随を許さなかった最強のオリジンの能力は、まさに拮抗していた。
「はっはははぁ! 俺様の勝ちだぜ、タケツナ! あいつらが先に進んじまえば、たとえこの勝負で負けたって俺様の勝ちだ!!」
「ふん。ならば潔く首を差し出すがよい!」
「やなこった。結局俺様達の戦いは決着がついてねーからなぁ。テメーに負けておしまいってのは、お断りだぁ!」
アランとタケツナが戦うのは、これが初めてではない。テロスにそそのかされたタケツナのオオヤマト王朝とアランのセレフォルン王国が戦争になって以来、時には軍を率いて、時には2人だけの決闘のような形で何度となく戦ってきた。だが、その決着がついたことは一度も無い。
「貴殿の方が先に死んだのだから、私の勝ちであろう?」
「ふっざけんな! 俺様はテロスのクソ野郎に殺されたんだ! テメーじゃねーよ!!」
いつものように口喧嘩をしながらも、手を休めることはない。第三者の目でみれば特別武術に秀でているわけでもない男2人の殴り合いに見える。だがそこには重力と強化のせめぎあいがあり、一瞬でも気を抜けば互いに押し切られるギリギリの戦いがあった。そしてお互いに重力の影響を受けた拳や蹴りは、軽く放たれた一撃ですら床や壁の石材を粉々に粉砕する威力が秘められている。
重力を言えば色々と応用のききそうなイメージがあるが、実際のところはそうでもなかった。なにせ、その影響を受けるタケツナの肉体自体は普通の人間と何ら変わりないのだから。
重力というと、ブラックホールを連想する。タケツナはその気になれば疑似的なブラックホールを作ることは不可能ではない。だがそんなものをこんな部屋の中で生成すれば、2人とも吸い込まれ、圧縮されてお陀仏だ。
自分以外の者にかかる重力を増加させる。自分にかかる重力を軽減する。攻撃に重力を乗せる。ロンメルトの実父である先代ガルディアス王ウルスラグナの上位互換とでもいう戦い方がせいぜいだった。正直、強化されたアランの肉体にダメージを与えるには決定打に欠けていると言わざるをえない。
対するアランも、肉体を強化して超人的な力を得ているのだが、その能力のほとんどが重力によって相殺されている状態だ。本来なら超スピードで駆け抜けられる脚力も、重力に耐えて体を支えるために、普通の人間程度の速度しか出すことができない。敵を打ち倒すべく拳を突き出すにしても、たどり着くまでに重力の影響を受け続けて勢いは殺されてしまう。そんな攻撃では反重力によって守られるタケツナの体まで届かない。
見た目には派手だが、実はお互いに全くダメージを受けていない。決着がつくはずもない、泥沼の戦いだった。
「ああ、くそ! かったりぃな! だからテメーとヤルのは嫌ぇなんだ!!」
「貴殿とはいつも、それに関してのみ気が合うよの」
お互いに大嫌いオーラを出しながら睨み合う。いつもならここで空間のオリジン・リディアが困った顔をして仲裁に入ってくるのだが、今回はそれが無い。
「へへ、どうするタケツナ? もうじき下の階からリリアちゅわんの友達が登ってくるぜ?」
そうなってもほとんどの者がタケツナの重力の前に指一本動かせないだろうが、一人だけ例外がいることをアランは知っている。噂の大魔王がやってくれば、きっと勝負は終わるだろう。だがそれはアランとしても望むところではない。可能なら、このせっかくのチャンスにきっちり決着を付けて逝きたいと考えていた。
だからこそ、急かす。隠し玉があるなら、早く出せと。ちなみにアランには隠し玉なんてものは無い。出されて、それがアランの能力を上回るものならアランの負けだ。それでもいいとアランは思っていた。この期におよんで決着が付かないくらいなら、いっそ負けでもいいと。
「やむなし、か」
タケツナが天に手を伸ばす。その手のひらに現れたのは、野球ボールほどの大きさの球体だった。うっすらと見える模様は宇宙から見た地球にも似ている。
「EXアーツ、重圧星権」
その小さな惑星にアランの目が奪われる。驚くのも当然だった。フジワラノタケツナがEXアーツを発動させたのは、覚醒した瞬間を除けば史上初。どんな危機にも絶対に使うことがなかったのだから。
「消え去る定めの世界ならば、もはや遠慮はいるまい!」
タケツナが惑星の模型を握り締める。その瞬間、とてつもない重圧がアランを襲い、その膝を付かせた。
「う、おおお!? なんじゃこりゃあ!? テメー、まだ余力を残してやがったのかよ!!」
「否。私の重力操作とて、先ほどまでが限界であった。だがそれでは足りぬようであったのでな……この星そのものの重力を操作した」
タケツナが今まで絶対にこのEXアーツを使用しなかった理由は簡単だった。
自分がいる惑星の重力を自由に変更できる権限。それは使用すれば問答無用で、この星に住まう全ての生物にも等しく影響を与えてしまうものだった。タケツナがEXアーツを使うたびに星の重力が増減したのでは住人達はたまったものではないし、不安定な状態の者は転落して大怪我をするか、最悪死亡する可能性もある。
加えて、覚醒時に一度だけ使ったことで天体の原理など知らないながらも理解した。これは星の住人だけでなく、星の周囲にも多大な影響を与えると。うかつに使用すれば、この星が破滅する。そういう力だと。
だから彼は使わなかった。使えなかったのだ。
だが今は違う。テロスはこの世界を滅ぼす。滅びる世界の今後を心配する必要などないのだから。
この力の代償として、こうしている間も世界中の生物が重力に押しつぶされて倒れていることだろう。生まれて間もない赤子などは、それだけで死亡しているに違いない。そして刻一刻と星の環境も悪影響が出ていることはわかりきっていた。
「もはや構うまい。宿敵を倒すためならば--」
この部屋の中の重力を増加させても、アランは倒せない。しかしこれ以上はどう頑張っても重力を増すことはできない。ならばどうすればいいのか。そしてタケツナは星の重力を変更することにしたのだ。アランが星の重力10の部屋の重力100に耐えるなら、星の重力を100にしてしまえば合計200の重力で制圧できる。
動けないアランにタケツナが迫る。強化の超える重力に、もはや腕を持ち上げることすらできないアランは、自分を殺す一撃をただ待つことしかできない。
「さらば--」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
いざ拳を振り下ろさんという時に響いた咆哮。そして轟音。
塔の壁を突き破って姿を現したのは、大きく、力強く、美しい、全身が漆黒のドラゴンだった。
「な……な?」
想像すらしていなかった事態にタケツナが口を大きく開けて固まった。そしてそのドラゴンの威圧感に思わず一歩後ずさり、はたと気づいた。
「なぜ、この重力の中で動けている?」
タケツナが状況を理解して、ゴクリと喉を鳴らした。この竜がどこから、なんのために来たのかは不明だが、重力の中で平気で動ける巨体の怪物がここで暴れようものなら、タケツナには打つ手が無い。
『主よ。御身より与えられた命を果たせずに舞い戻ったこの身、いかなる罰もお受けいたします』
「あ?」
状況がよくわかっていないのはアランも同じだった。むしろ真正面から目が合っている分、内心ではタケツナよりビビリ倒している。なにこれ? あ、やばい死んだわ……と。
『1180年間、門を守れと命を受けていながら、あと数日という所でなぜか門が消滅してしまい……。あまつさえ何人もの人間に通られ、弁解の余地もございません』
「ああああ-------!!」
アランが思い出した。死の間際、当時はまだ幼い子竜だったドラゴンに命を削って強化魔法をかけ、命令したことを。
【1180年後、つってたか? ユートの野郎が来るその日まで、門を守れ。それまで誰も門に近づけさせるな。誰も通すな。魔王のクソ野郎は1180年後にケリをつけるって言ってやがったからな。その舞台、守ってやろうじゃねーか。そっから後は、好きにしろ。悪いな、強化で寿命もめちゃくちゃ延びてんだろうーけど、それでも長い時間だ。やってくれるか?】
【ガゥ!!】
【おう……あんがとよ】
そんなやり取りが、確かにあった。
任務を達成できなかったと嘆くドラゴンだが、実際はこれ以上ないほど完璧に達成している。
まず1180年というのは悠斗が大体で話したことで、本当は悠斗達が異世界に来たのはあれから1179年後のことだった。1180年後ちょうどに悠斗が来ると思っていたドラゴンからすれば、余計な人間だけ通して肝心の悠斗が来るまで守り切れなかったのだ。ちなみに赤ん坊の頃に少し一緒にいた主人でもない人間の顔など、彼は覚えていなかった。
もちろん悠斗は門を通れたし、悠斗、琴音、智代が異世界に集まった時点で、逃げられないように門を消そうとするテロスからも人知れず門を守り切っている。
そして悠斗が異世界に渡ってから一年後。ドラゴンがそろそろかなと待っているその時、門は悠斗によって消滅させられた。結果、主から与えられた使命を果たせなかったと思ったドラゴンはしょんぼりしながら旧セレフォルン王都に帰っていたのだが、ふと主人の魔力を感じて飛んできたのだった。
『……主? なぜ驚いておられるのですか? ま、まさか……』
「い、いや、忘れてねーよ!? 再会できると思ってなかったからよ、驚いただけだっつの!!」
『……』
「主! 俺様、主! ご主人様の言葉を信じられねーのか!?」
『……失礼しました』
明らかに納得していなかったが、アランは気づいていないことにした。
「しかし本当にずっと守ってやが……いやいや、よく守ってくれていたな! そしてよく来てくれた!!」
「ま、待てアラン殿! よもやその龍をけしかける気ではあるまいな!?」
「うるせぇ! 俺様のペットだ! これも俺様の力だ!! 俺様の強化魔法もかかってんだからなぁ!!」
「卑劣な!」
「なんとでも言いやがれ、へっへっへっ!」
アランが命を消費して強化魔法をかけたドラゴンは、もはや肉体の強化という枠を超えている。それはいわば、存在強化。一段階上の位階へと登った存在には、低位が何をしようと影響を受けない。二次元に三次元が攻撃するようなものだ。絵のドラゴンはそこいらのアリにすら勝てない。
「わははは!! やっちまえ……あー、お前の名前ってなんだっけ? ああ、リリアちゅわんがつけるはずだったんだよな?」
『いえ、すでに聞いております。ピーチャンだそうで』
「お、おう、そうか。まあ子供だからな」
なんとも言えない、微妙な空気が流れる。その隙にとドラゴン……ピーチャンの入ってきた穴から逃げようとコッソリ移動しようとしたタケツナだったが、残念ながらその時間は無かった。
「よし、やっちまえピーチャン!!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「卑怯者めぇぇぇぇぇ!!!!」
こうして1200年を越えて雌雄を決した因縁の対決は、アラン・ラーズバードの勝利で決着した。
それを下の階層から登ってきて重力に潰されながら見届けたロンメルトは、さてどう改竄して面白い英雄譚にしてやろうかと頭を悩ませるのだった。
一緒に登ってきたはずのゲンサイはというと、ロンメルトの下敷きになっていました。さすがのゲンサイも重力+鎧の重さは無理だったようです。