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影話・魔王

「他の者達に比べれば喜ばしい状況なのだろうが、それでもまだ物足りなさを感じてしまうことは罪だろうか?」


 ゲンサイの問いに答える者はいない。いや、者はいるのだが、答える気はなさそうだ。


「変なオジさんだね」「頭が」

「……失敬な娘だ」


 彼の頭がおかしいかどうかはともかく、正気なら断固お断りな状況であることは事実だった。

 場所は火山階層。ボコボコと気泡を出す灼熱の溶岩に、ゲンサイは暑さとは関係の無い汗を流した。戦っている最中ならば耐えられたが、かつて悠斗に叩きこまれた溶岩の熱さを思い出すと苦い思いで頭が一杯になるのだった。いきなり放り込まれるならまだしも、自分からもう一度飛び込めと言われれば、死なないと分かっていても逃げ出してしまうかもしれない、と鋼の男に思わせる程度には苦い思い出である。

 

 さて、本来ならば火のオリジンが守っているべき場所なのだろうが、残念ながらその人物は既に悠斗によって倒されている。

 代わりに守っていたのは、白と黒の少女。双子なのだろう、顔立ちが良く似ている。服装と髪の色以外は、判別するのに苦労しそうだった。


「オリジン2人に同時に狙われて」「逃げないとか、頭おかしい」

「何故逃げる必要がある」

「だって人は死ぬのが」「怖い生き物だもの」


 1つの文章を2人で分け合う謎の双子アピールを無視しながら、ゲンサイは思案した。人は死を恐れ、逃げる。なるほどその通りだろう。人間に限らず、生物とはおおよそそんな反応をする。


「ふむ? だとすれば不可解なのはそちらだ」

「なにが」「変なの?」


 彼女達の言い分は理解できた。だがしかし、だとすれば彼女達は自分達の発言に反した行動を取っていることになる。それがゲンサイには不思議だった。


「死が恐ろしく、逃げねばならんものならば、何故お前達はここに……私の前に立っている?」


 ゲンサイの言葉に、白と黒の少女が揃って首を傾げた。

 彼女達は光と闇のオリジン。白夜のエイリーン・アレクサンドルと極夜のアイリーン・アレクサンドル。強化、重力、空間の3人を除くオリジンの中では最強と呼ばれたオリジン。そのオリジンが2人揃えば凶悪無比。

 1200年前、一度フジワラノタケツナが服装まで日本の物を導入しようとし、それが気に食わなかったアレクサンドル姉妹が彼の居城に殴りこみ、タケツナが慌てて撤回したという逸話がある。3強の1人に数えられるオリジンも、この2人が揃うと尻込みせざるをえなかったのだ。


「「??」」


 だから2人にはゲンサイの言葉が理解できない。なにせ2人が揃っている以上、ゲンサイの敗北が確定しているという思い込むがあるからだ。もしかしたら目の前の男が自分達2人よりも強いかもしれない可能性など、欠片も考えていなかった。

 これはテロスの落ち度である。彼も、まさかゲンサイが参戦してくるとは思っていなかった。なにせ彼は悠斗と戦ったことで満たされたのだ。強い敵と戦いたい。全力を出したい。その欲求が満たされ、その上で失って間もない男が、悠斗よりも弱いオリジン達と戦うためにやって来るとは思いもしなかったのだ。


「訳のわからないことばかり」「言わないでよね」

「ああ、そっか分かった! 逃げたくても」「逃げられないんだ。目が見えてないでしょ? オジさん」


 ようやく納得のできる理由を見つけ、理解した気になった姉妹がゲンサイを嘲笑う。返すように、ゲンサイも笑った。


「くっふふ、10年経ってもまるで性格が成長しない弟子を見ていて自分も変わっていない気でいたが、そうでもなかったようだ。我が事ながら、随分と丸くなったものだ。以前の私ならば、とうに首が2つ転がっていただろうに」

「調子に乗ってるよアイリーン」「調子に乗ってるねエイリーン」「「目も見えてないジジイが」」


 火山の噴煙に包まれていた空が、白と黒に二分された。右を見れば全てが光に包まれており、左を見れば全てが闇に呑まれている。だが、2つは相対的に見えてその実、本質的には同じだ。どちらも、触れれば死ぬ。


「光よ」「闇よ」「「混沌よ」」


 白と黒が螺旋をえがき、混ざり合う。既にこの場は火山などではなく、世界を塗りつぶすほどの光と闇しか存在しない。そしてそれらが混ざり合い生まれた混沌は、世界に存在しえないモノ。世界の親たる悠斗でさえ、この混沌には干渉できない。

 その混沌の世界を肉眼で見えなくとも、凄まじい魔力の波動はゲンサイにも伝わっているだろう。そしてそれらが牙を剥こうと言う瞬間、それでもゲンサイの余裕は一切揺らがない。


「EXアーツ……魔王ゲヘナ


 彼女達以外の存在を許さない混沌の中で、魔王はニタリと愉悦の笑みを浮かべる。同時に撒き散らかされる邪気に、アイリーンとエイリーンはゾワリと薄ら寒いものが背中に走るのを感じた。だが彼女達は気づかない。それが殺意に反応した自身の恐怖だと気づかないまま、逃げることもなく立ち尽くす。


「な、なんで生きてるの? だって」「ここでは私達以外は死んでしまうはずなのに」


 ゲンサイは答えない。返事はなく、代わりにゆっくりと刀を持ち上げた。

 真上に刀を構え、あとは振り下ろすだけという姿に、アレクサンドル姉妹はようやく自分達が感じている感情が「恐怖」だと気づいた。そこですぐに逃げれば、あるいは一欠片程度には生存する可能性が残っていたかもしれない。


「あれはダメだよ、アイリーン!」「怖いよエイリーン!」「攻撃しなきゃ、あれを止めなきゃ!」「でも効いてないよ! なんで、なんで!?」


 光と闇が生物のようにうねり、ゲンサイを滅ぼそうと暴れ狂う。だが届かない。なぜなら世界のどこかに「魔王には攻撃が効かない」と思っている人間が1人以上いるからだ。正攻法でゲンサイに攻撃を届かせたいなら、まず彼らを排除する必要がある。それができない以上、彼女達の攻撃がゲンサイに届くことはおろか、かすり傷1つ付けることはできない。

 

「に、逃げようアイリーン!」「あ、足が動かないよ、エイリーン!!」


 魔王からは逃げられない。あるいは魔王の前では恐怖で体が動かなくなる、と思っている者がいるのだろう。彼女達の足はまるで地面と接着したかのように動かない。


「やめてよ! 私達を誰だと思ってるの!?」「オリジンよ!? 今の世界があるのは私達のおかげなのよ!?」「「お願い、やめて!!」」


 世界の誰かが思う。魔王の剣は一振りでどんな敵も切り裂いてしまうと。


「そうだとも。お前達は過去の英雄」


 だからこそ、とゲンサイは刀を握る手に命令を送る。そして躊躇なくその刃を振り下ろした。

 引き裂かれる混沌の世界。そのベールの奥に守られた火山をも真っ二つに切り裂き、つまらなさそうにゲンサイは愛刀を鞘に仕舞った。



「失せろ、死人共。貴様らの時代など、とうに終わっている」



 2つの肉塊に、そんな言葉を吐き捨てる。

 ゲンサイはこの戦いを、過去と未来の戦いだと考えていた。過去の妄執と、未来への渇望。その2つのせめぎ合いなのだ。ゲンサイ自身はそのどちらでもなかった。なにせ成長などとっくの昔に終わった身だ。目が見えないなりの戦い方を身には付けたが、劇的な変化ではない。過去に不満は無く、未来への希望も特に無い。そのはずだった。


「ふっはははは! さすが師匠! オリジン2人を相手に、もう終わらせてしまわれた!!」

「見ていたか」

「しかと!!」


 あまり参考にはならなかっただろうが、また弟子の中に積み上がるものが1つ増えたとゲンサイは満足げに笑った。弟子の成長が面白くて仕方ない。ロンメルトの未来と、極限まで成長した弟子との死合。それが無ければ、きっとゲンサイはこの戦いに参戦しなかった。


「では見届けに行くぞ、弟子よ」

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