影話・将軍
「さっさとやって、さっさと終わらせようや。こちとら主君を下の階に置いてきてんでな。ソッコーで終わらせて引き返してぇんだ」
薄暗い洞窟の中で両手に握る拳銃をいじりながら、ケイツはそう告げた。
当初の予定通りとはいえ、あの見た目も中身の年齢以上に幼い女王陛下にオリジンを1人任せるのは不安でしかなかった。かといってわがままを言える状況でもなく、せめて加勢にと考えている。むしろ先に戦ってから追いかけた方が間に合う可能性は高そうだったが、さすがに水のオリジンと火のケイツでは相性が悪すぎた。
「ちっ、だんまりかよ。暗ぇーし、暗殺者みてぇな野郎だな」
頭に真っ黒なターバンを巻き、全身を同じ色のマントで包んでいる男は、一言も話さない。だが、彼が何者かはわかっていた。
雷のオリジン、ハイサム・ジャッハール。言葉を話せないという伝承は無く、ただ寡黙なだけだ。しかしぼうっとしているわけではなく、その眼光を鋭くケイツに突き刺さっている。
「まあいい。テメーがやる気かどうかなんざ、どうだっていいんだ。ぶっ殺して、陛下の助力に向かわせてもら--うおっ!!?」
一瞬の発光に、咄嗟に引き金を引く。その判断は正しかった。拳銃から吐き出された炎の弾丸が雷鳴を轟かせた雷撃とぶつかり、相殺する。
ハイサムがわずかに目を見開き、驚いた。
雷の速度は、光速のおよそ三分の一。なにをどう足掻こうと人間には反応できない。では何故ケイツは反応できたのかというと、雷が落ちる前に発射される電気の通り道、ステップトリーダの光を感知したからだが、これもまた秒速200M近くと恐ろしく速い。ましてや、ケイツとハイサムとの距離は数十メートルと離れていない。その反応速度は十分に驚愕に値した。
だが……
「か--」
ケイツが震えるように苦悶の声を上げた。
科学知識の無い彼には知る筈も無いことだが、落雷とは雷雲から一方的に落ちて来るものでは無い。雷雲からのステップトリーダ。そしてそれが近づいた時に地面から放たれるストリーマ。その二つが繋がった時、そこに電気の通り道が完成し、雷雲と地面それぞれから電流が流れ込むのだ。
つまりケイツは雷雲からの電撃は防いだが、背後からくる地面からの電流にはまったくの無防備だったのだ。
「なんだってんだ、ちくしょう!? ちゃんと防いだろーかよ!」
しかし幸いにもここは洞窟だった。周囲は岩石であり、岩石は電気を通しにくい。つまり地面からの電気は、非常に微弱だった。威力としては、強めの静電気……よくバラエティー番組で使われるイタズラのビリビリ程度のものだ。それでも痛いものは痛いが。
そしてその原理をわかっていないのは、当のハイサム本人も同じだった。もし彼らの配置をテロスが真剣に考えていたならば、あるいはこのミスに気づけたかもしれない。しかしテロスは悠斗以外の足止めさえしてくれればいいと、オリジン達の自由に決めさせた。これがもし迷宮塔の頃に洞窟の1つ先の階層であった砂漠だったなら、今の電撃でケイツは黒焦げになって死んでいただろう。
「……」
ハイサムが少し考える様子を見せた。原理はわかっていないとはいえ、長年雷を扱ってきたのだ。その経験則から地面からの電撃を受けたはずのケイツがピンピンしていることに疑問を抱き、そしてその原因がこの環境にあることを、すぐに察した。
とはいえ気づいたからと言って今から場所を変えようなどとはもちろん言えるはずもない。ならばとハイサムは自身のEXアーツでもあるマントに魔力を込めた。
「あ? 消え……とぅおあああ!!?」
「!?」
背後からの放電をケイツが炎弾で撃ち落とす。素っ頓狂な声を上げて驚いたケイツだったが、驚きだけならハイサムも負けてはいない。
「あっぶねぇぇ!! なんつー速さだ!」
震撼したかのように言うケイツだが、本来そんな反応で済む程度の攻撃ではなかった。肉体の電気信号を加速させての高速移動。それによる死角からの放電。そう、落雷ではなく、放電だ。ただ電流を放出するだけなら先行放電は必要ない。いわば遠距離型のスタンガンのようなものだ。もちろん威力はスタンガンの比ではない。
見えない場所からの、予備動作の無い高速攻撃。ハイサムの予想……いや、経験からは、絶対に避けられないはずの一撃だった。
だが、避けられた。防がれた。
ならばとハイサムが再びケイツの背後に回り、電撃を飛ばす。やはりギリギリではあるが、反応して迎撃するケイツ。だがその時にはハイサムは既に振り返ったケイツの背後へと再び回っていた。
これならば、と放たれた電撃は、しかし炎弾によって撃ち落とされた。
「……なぜ、はんのうできる」
「はっ、やっと口を開きやがったか」
フジワラノタケツナが広めた日本語に慣れていないのか、ややたどたどしい口調でハイサムが問いただした。
「勘だよ、馬鹿野郎。こんなもん、考えて防げるわけねーだろうか」
「……そうか」
ハイサムの姿が消えた。否、常に死角に回り続けているせいでそう感じるだけだ。彼の出した答えはシンプルだった。勘ならば、その勘が外れるまで繰り返すだけだ、と。
もはや洞窟に薄暗さなど欠片も無い。ケイツを囲む網のように乱射される雷撃。そしてそれを的確に迎撃していく炎弾。その二つの輝きが無数に重なり、弾け、昼間よりもなお明るい。
そして光の中、ケイツは呆れたような笑みを浮かべた。
「オリジンってのぁ、どいつもこいつもこんな戦い方なのか? 魔力に任せて、強引な戦いばっかしてやがったんだろうなぁ? 羨ましい話だぜ。俺達が貧弱な魔力で餓獣やら敵兵と戦うために、どんだけ苦労してきたと思ってやがる」
攻撃して、防がれたから後ろから攻撃。イケそうだからそのままゴリ押し。その単純な考え方にケイツは複雑な気分をハイサムに感じていた。
現代の魔法士は弱い。そんなことは誰に言われるでもなく分かっていることだ。それでも餓獣は襲ってくるし、敵国は攻め込んで来る。人間相手ならまだマシだ。餓獣が相手となると、それはもう厄介だった。なにせ今のハイサムとケイツの関係のように「攻撃が当たらない」のではない。「攻撃は当たるが、効かない」のだ。それは悠斗がゲンサイと戦った時の感覚に近い。倒そうにも、根本的に差がありすぎる。だけど、それでも倒さなければならないのがケイツ達兵士だった。
「何べん苦戦して、何べん死闘を繰り広げて、何べん修羅場を潜り抜けてきたか。基本的に俺達の戦いってのは、弱者と格上の戦いだったんだからよぉ。おかげで、見えもしねえ攻撃を勘で避けられるようになったぐれぇだぜ?」
千戦ケイツ。その名は戦って戦って戦い続けた男の名だ。その全てに勝ったわけではない。その全てに負けたわけでもない。だがその一戦一戦が積み重なり、ケイツは英雄となった。
そしてどうやら今回の戦いは勝ち戦にできそうだと、懐に入れていた袋の中身をいじりながらケイツは笑んだ。
「おらよ」
懐の中でせっせと準備した「ソレ」を撒き散らす。
ハイサムは空気中にばら撒かれた物を見て「砂」だと判断し、すぐさまケイツの背後に回るとその下らないハッタリごと焼き尽くさんと雷撃を放つ。
そしてハイサムの手が爆発した。
「な--!?」
「おう、そこか」
その爆発の威力は微々たるものだった。だが何の前兆もなく自分の手が爆発して驚きも怯みもしない人間がどれほどいるだろうか。
そして爆発で所在がバレ、さらに動揺して足を止めたハイサムに照準を定めて引き金を引くことは、ケイツにとって何も難しいことではなかった。
雷鳴と爆音が反響し続けていた洞窟が、一発の銃声を最後に静まりかえる。
「な……ぜ?」
胸にポッカリと空いた穴と火傷ではなく、爆発で多少煤けただけの手を見ながら、ハイサムが呟いた。
「火薬、っつーんだとよ。わりーがオレも偉そうに語れるほどは知らねーよ。どっちにしろ、説明なんざ聞いてられねーだろうがな」
既に物言わぬ身となったハイサムに向けて、ケイツは懐から出した空の薬莢を放り投げた。
悠斗が対無色のオリジン用にと持ち込んだ重火器。その見た目からケイツは自分のEXアーツでも活用できるのではと弾丸をいくつか失敬していたのだが、まったく想定していなかった形で活用されることになった。
中身の火薬だけを取り出し、空中に撒く。ケイツがやったことは、それだけだ。あとはハイサムが電撃を使おうとすれば、その瞬間の電撃に反応して空気中の火薬が爆発する。
「これも人間が勝つための工夫の産物だって話だったな。はっ、いいねぇ。確信したぜ。魔法なんざ無くなっても、人は全然生きてけるってな」
近い未来、魔力を完全に失った後の人類を危惧していたケイツにとってはこの上ない朗報と言える。悠斗がこの世界を存続さえさせてくれれば、未来はきっと大丈夫だとケイツは自信を持って言えた。そしてそのためには、偉大な王様も必要だ。
ケイツは1つ前の階層に戻るべく、走り出した。