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影話・友達

「むごいことをする」


 開口一番、郭宝明はそう呟いた。


「わしの足止めのためとはいえ、こんな幼子を真っ先に置き去りにするとは」


 その言葉を、ユリウスはプルプルと首を横に振って否定する。置き去りにされたわけではないし、捨て駒でもない。そして足止め程度で満足する気も、彼には無い。


 背中に背負った大きな本を、子供相手と油断しきっている郭宝明を横目にいそいそと下ろす。開けはすべてのページに様々な動物、餓獣の絵がびっしりと描きこまれていた。

 ユリウスは思い出す。先日、炎のオリジンが餓獣を引き連れて襲ってきてくれたおかげで、友達がたくさん増えた。だけどその友達を本に記帳していくのは、本当に大変だったと。絵を描きすぎて炎症を起こした手首の痛みを思い出し、思わず手首をさすってしまうほどだ。


 本が輝く。


「……そうか。主君が言っていた、聖霊の力の断片を受け継いだ子供がいると」


 呼び出された双頭の狼を見て、郭宝明が納得したように頷いた。さきほどまでのユリウスを侮っていた空気が霧散する。

 「育み」の聖霊、メルの権能の1つ。育てた子供から絶大な信頼を得て、意のままに従える力。その力を色濃く受け継いで生まれたユリウスは、あらゆる獣と友情を結び、その力を借りることができる。


「面白い。育みの聖霊の力で、生命の聖霊の力を受けた獣を従えるか」


 子供の相手と思っていたのが、思わぬ強敵だったことに郭宝名に流れる武人の血が騒いだ。

 宝明の父は、3000の兵を束ねる将だった。優秀ではあったが、それ以上の出世は無い。そんな、一流だが超一流ではない男。だが正義感に溢れ、義を重んじる彼は部下の信頼も厚く、宝明もまた憧れていた。

 そんな父は、ある日辺境に左遷された。当時、楊貴妃に堕落させられていた帝に諫言を呈したのだ。国のために戦い、国のために行動した結果、国によって罰せられた。父親は命があるだけマシだと言った。確かに、3000人将程度で帝に反論など殺されても文句は言えない。そこは彼の業績あってのことだろう。

 だが宝明は納得できなかった。父を超える将となり、手柄を立て、見返し、いつかは父の名共々歴史に刻んでやろうと訓練に明け暮れた。


 そして初陣の日、彼は出立の前に村を見守ってきたという巨木に祈りを捧げ、いつの間にか異なる世界に放り出されていた。


 磨き上げた武技は獣の肉を断ち、骨を砕いたが、彼の心は晴れなかった。当然だろう。彼はこんな異郷の地で手柄を立てたかったわけではないのだから。たとえ伝説として歴史に名を刻んでも、まるで晴れる様子は無かった。

 それでも彼が戦い続けたのは、ひとえに戦っている時だけはわだかまりを忘れることができたからだった。武人らしくある時だけは、全ての不満を振り払う事ができた。


(だが、結局死を予感するほどの戦いは一度きりであったか)


 アランとタケツナはよくぶつかっていたが、基本的にオリジン同士で戦うことは無かった。なぜならこの世界には、オリジンの血が必要だったからだ。民を思えば、誰か1人でもオリジンを無駄死になせることなどできない。同士討ちなど、もってのほかだ。

 だから彼らの敵は、常に餓獣だった。その中でもダントツで強く、複数のオリジンで当たったにも関わらず死を覚悟させられたのは巨大な亀の餓獣と戦った時だけだった。


(わしの力が、まるで通用しなかった)


 後にアガレスロックと名付けられることとなった、大地を支配する餓獣の王。アランの町を襲ったソレを撃退すべき、リリアの顔を見に来ていた近くにいたリディアと、たまたま近くにいた郭宝明が協力して戦ったが、それは予想を上回る死闘になった。

 大地を完全に支配するアガレスロックに郭宝明の力はまったく役に立たず、リディアの空間魔法すらほとんど弾かれて甲羅を少し削るだけ。アランの強化魔法で無理矢理ゴリ押しし、どうにか追い返すのが精一杯だった。


(世界に3匹しかいない、怪物の王だったらしいが、それらは現代のオリジンが全て討伐したと聞く。アレが出て来ないならば、餓獣を操る力などおそるるに足りん)


 ユリウスの力は凄まじい。だが餓獣王がいないのならば、何が出てこようと打倒する自信が郭宝明にはあった。だが、激闘になる、そんな予感が郭宝明にはあった。


「さあ、来い。獣の王よ。なんでも、何匹でも出すがいい。だがこの首、やすやすと取れると思うな」


 両の足で大地を踏みしめ、郭宝明という武人の最後の相手になる敵を見据える。その手にかつて愛用した彼の武器は存在しないが、大地さえあれば武器などいくらでも生み出せるし、その親に与えられ、鍛えられた体ことが彼の最強の武器。どんあ凶悪な餓獣であろうと、粉砕してやろうと拳を握りしめていた。


 それが伝わったのか、ユリウスの表情も真剣なものに変わった。元々真剣ではあったが、実際に戦うのは彼の友達だ。普通なら戦場に立つ時点で絶対に完了していなければならないはずの「覚悟」が今ようやく定まった。


 そしてユリウスは自分の判断の愚かさを理解した。ついいつもの感覚で召喚したツヴァイリングヴォルフだが、相手は伝説のオリジン……琥珀のオリジン・郭宝明である。

 謝るようにツヴァイリングヴォルフの鼻先を撫でると、ツヴァイリングヴォルフも己の力不足を詫びるように「クゥン」と鳴いた。


 ユリウスは考えを改める。

 あわよくば魔力を温存して、もっと悠斗の役に立とうと思っていたのだが、自分ごときがオリジン相手に手を抜くことなんて許されるはずがないと。

 ましてや、ここで万が一にも負ければどうなるのか。郭宝明は間違いなく悠斗達を追い、背後から奇襲を仕掛けることになるだろう。それは、まずい。それは、困る。


 出し惜しみをしてはいけなかったのだと、ユリウスは改めて本を開いた。

 ユリウスの知る悠斗はどんな困難も乗り越えてきたし、ロンメルトのことも兄のように信頼している。ケツアゴはよくわからないが、リリアのことも尊敬している。そして王都が襲われた時に怖くて震えていることしかできなかった怪物、ゲンサイも今は味方だ。

 自分は与えられた仕事を、全力で成し遂げればいい。みんな凄い人だから、あとのことはどうにでもしてしてしまうはずだ、と。


「ほう、まだ何か呼び出すか。最低でも、Sランクとやらに分類される獣を呼び出すことを、わしは奨めるがな」


 本が輝く。輝く、輝く、輝く、輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く輝く……


「ま、待て! なんだ、それは!?」


 おおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉ…………


 何千、何万の獣の鳴き声が重なり、絶望を運ぶ巨大な一匹の怪物のような咆哮を響かせる。

 その中には、少し訓練した人間なら簡単に倒せるような餓獣も、子供でもやっつけられるような可愛らしい小動物もいれば、家を丸飲みにできそうな、砦を粉砕できそうな、出会えば誰もが死を覚悟して糞尿を垂れ流す怪物も多数混ざっている。

 おそらくこの光景を国の重鎮などが見れば、すぐさまユリウスの足下にへりくだり、その足の裏だって喜んで舐めることになるだろう。こんな軍勢、どこの国の軍隊だって歯牙にもかけずに壊滅する。


 オリジン級の魔法があれば、倒せるだろう。だが、1人で戦うならば? その答えは、郭宝明の額を流れる冷たい汗が物語っていた。


「はは、はっはっはっはっはっは……中華ごときに拘っていた程度の器では、どうにもならんか。世界の、なんと大きなことよ」


 父が飛ばされた辺境で、宝明は最強だった。次々と手柄を立てることに、なんの疑いも持っていなかったし、舞台は違えど彼は英雄になった。

 だが1200年ほど眠って、目覚めてみればどうだ。


「井蛙以って海を語るべからず、虚に拘めばなり」


 荘子の一文を口ずさみ、郭宝明は大地を篭手のように腕に纏って悪夢の軍勢へと踏み出した。


「だが、蛙にも意地はあろうよ」





 召喚した獣も、普通に死ぬ。死んだ獣の絵はユリウスの本から消え、もう二度と姿を見せることは無い。

 涙を流しながらユリウスは思う。出し惜しみをしなくて良かったと。その手にはほとんどのページが白紙になった大きな本が抱きかかえられていた。

回想までしたのに、戦闘シーンをカットされたあげくボコボコにされた宝明さんに黙祷

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