ああ、親友だ
シンアルの町は不気味なほど静かだった。
塔を目指し、町の中を歩いていても、人っ子一人現れない。ではどこに行ったのかと言えば、三つの可能性しかない。逃げたか、殺されたか、町を守っていたオルシエラ軍に混ざっていたか、だ。まあ一番最後のが可能性大だろうな。
迷宮都市で過ごしていた間に大勢の人と接する機会はあった。その人達もあの丘に積み上がった死体の中に混ざっていると思うと、やるせない気分だ。利用していた宿屋の女将さんとか、そういえば迷宮攻略以来ほとんど顔を出していなかったけど、あの怠け者の受付嬢はまだ迷宮都市にいたんだろうか。
よそう。考えても気分が下がるだけで良い事なんて何も無い。
そして結局誰とも会うことなく、俺達は塔の前までやってきた。
「転移のポータルは壊されてる、か」
触れれば攻略済みの階層まで一気に移動できる、空間属性のオリジン・リディアの遺産。わかっていたことだけど、案の定それは使わせてはもらえないらしい。
「当たり前じゃ。どこの馬鹿が要塞の入口に近道なんぞ放置するものか」
「だよな」
そもそも塔の雰囲気が以前と違う。これはひょっとすると、またリディア・ボルトキエヴィッチが塔の中身を改変してるかもしれない。なにせ元々は階層も何も無い吹き抜けの塔だったものを100階層に分けて、さらには10階層ごとに特殊な環境まで設置した人物だ。変えようと思えば、もちろん変えられるはず。
「はっ! なんだろうとやるこたぁ変わんねーよ。登って、ぶっとばす。それだけだ」
「ふっふ、千戦と呼ばれる男とは思えんほどの、猪突猛進な考えだ。嫌いでは、ないがな」
「1人で王都に攻め込んで来る奴に言われたかねーよ。つーか作戦の立てようもねーだろうが、こんな塔」
まあ敵が待ち構えているだけの一本道だからな。
塔を見上げる。相変わらず、とんでもない高さだ。原初の塔か。かつて俺が世界を生み出した場所。そしてテロスが世界を終わらせようとしている場所。
「行こう。こうしている間にも、儀式が完成するかもしれない」
塔の入口を閉ざす重厚な扉に手をかける。
以前までの迷宮塔なら、1階から10階までは草原だったはずだ。さて、どう変化していて、誰が待ち構えているだろうか--
「変わって、ないな?」
「うむ、変わりないな。ふはは」
扉の向こう側は、見覚えのある草原だった。懐かしいな、ここでロンメルトがウサギ相手に死闘を演じていたっけ。
以前と違う点があるとすれば、どこまでも続く草原の中にポツンと置かれた転移ポータルと、そのポータルを守るように立つ筋骨隆々の男の存在くらいか。
「我が名は郭宝名 侶丞。この階層の守護を任じられておる」
中国人だ。三国志にでも出てきそうな恰好をしている。
「ここは通さぬ、と言いたい所だが、己の分はわきまえている。全員を相手にすれば、数分と保つまい。だがそちらはその数分も惜しんだ方がいい。我が主君の儀は、既に完成を間近に控えている」
その言葉が本当かどうかなんて、確かめる手段は無い。だけどウソだ、ブラフだと決めつけて、間に合いませんでしたでは済まされない。
各階層ごとに1人ずつ待ち構えているのなら、全員で1人ずつ倒せてむしろラッキーな展開だというのに、それをさせないために最初に言うように命令されていたんだろう。
信じないなら、全員でボコボコにして順調に登っていけばいい。信じるなら、ここは誰か1人に任せて先を急いだ方がいい。
「おい、ユート。頭から信じるわけじゃねーが、先を急いだ方が良さそうだぜ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「各個撃破されんのが怖えなら、そもそも全員一カ所に固めりゃいい話だ。それをわざわざバラけさせたってこたぁ……」
「ああ、なるほど。そうだな」
どうしても俺達をここで倒したいなら、全員対全員の方が有利に決まってる。なにせ向こうの方が人数が多いんだからな。それを少ない人数でも倒せる、各個撃破可能な状態に配置したということは、その方が向こうにとって都合がいいからに他ならない。
つまり、のんびりやっていれば、いよいよ最上階に登った時に満面の笑みで、残念でしたと笑われて世界を消される。
だけどそうすると、どうして各個撃破されないように忠告してきたのか。そっちは簡単だ。だって人数はこっちの方が少ないんだから、1人ずつ決闘していけば、俺達の方が先に手駒が尽きる。それでもこっちにはゲンサイがいる。頼りになる仲間がいる。多少の不利は覆してでも、俺をテロスの所まで届けてくれるはずだ。そしてテロスは、1対1なら俺に負けない自信がある。
じわじわとこっちの戦力を削り、俺を孤立させて……復讐を完遂する。それが狙いか。
「いいだろう、乗ってやるよ。こっちからも1人出すから、俺達は先に行かせてもらう」
「英断」
「よく言うよ」
乗るしかないだろ、この状況じゃ。
とすると誰を出すのがベストだろうか。相手は地属性のオリジンだ。この先の相手も考慮して、なるべく相性のいい組み合わせを選びたい。
とりあえずロンメルトは除外かな。何度も言うけど、人間は地面に立ってる生き物だ。そこを抑えて来る相手に、少なくとも接近戦を挑むのは無謀でしかない。あのゲンサイと訓練していたのなら、案外なんとかしてしまうかもしれないけど、憶測で選んでいい問題じゃない。
その時、俺の答えを待たずに動いた者がいた。ユリウスだ。
フワフワの尻尾を揺らしながら前に出る。その姿からは、確固たる決意が感じられた。子供が背中で語るとは、将来が楽しみだ。きっととんでもないナイスガイになるに違いない。
「ユリウス。頼む」
「(コクリ)」
俺達が先に進めるよう、郭宝明がポータルから離れた。その視線は獲物を狙う狩人のように、ユリウスへと突き刺さっている。
手の平に、小さなオベリスクの形をした転移ポータルのひんやりとした感触が伝わる。俺にはもう魔力が無いけど、触れている誰かが魔力を込めれば次の階層へと移動できるはずだ。
その前に、ユリウスに言っておきたいことがあった。
「ユリウス。ごめんな。実はずっと謝りたかったんだ。俺しか頼れる人がいないことをいいことに、まだ善悪の判断も学んでる最中のような子供のお前を戦場に引っ張り出して、命がけの戦いに巻き込んで、俺は酷い奴だ」
世界が消えれば当然のようにユリウスも巻き込まれるとはいえ、それは世界中の生命全員に言えることだ。それ以外ではユリウス個人に、この戦いに参加しなければならない絶対の理由は実のところ、無い。俺達が戦ってるから、手伝ってくれているだけだ。
そんな俺に、ユリウスはどこで覚えたのか拳を握って親指を立てたポーズで、口をパクパク動かした。ドラマや何かであるような、土壇場で声が出るようになったなんてことは無く、無音。だけど何を言おうとしているのかは、しっかりと伝わった。
「ああ、親友だ」
信じよう。友が任せろと言っているんだ。
転移ポータルが青白い光を放つ。そっちは頼んだぞ、ユリウス。