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わがままを、言っていいのか?

 いつだって俺の呼びかけに応えてくれた、もう1人の俺……ジルは魔導兵装を解除して小鳥の姿を取り戻し、俺とリゼットの間でパタパタと羽ばたいた。


「俺には聖霊の記憶なんて無い! だけどお前なら、何か知ってるんだろ!? だって創世の神様じゃないか!! なんだってできる、そうだろ!!?」


 ジルは、動かない。


「ピィ……」


 悲しそうに一声鳴いて、ジルはじっと俺を見ていた。憐れむように、申し訳なさそうに。


「ウソだ!! できるはずだ! だって世界を創ったんだろ!? だったらなんでもできるはずだ! 世界を創ることに比べれば、人1人救うくらい簡単だろ!? なぁ!!?」


 その証拠に、ジルから生まれたメルは……生命の聖霊は命を生み出せたじゃないか。智世なら簡単に治せる程度の傷なんだ。どうしてそのメルの生みの親が、それを出来ないなんてことになるんだ。


「そうだよ! もう一度、生命の聖霊を創造すればいいんだ! いや、そんな遠回りしなくても、傷を治す魔法を今ここで生み出せばいい! はは、なんでこんな簡単なことに気づかなったんだろうな。できるだろ? だってお前は、俺は、創世の力を持ってるんだから!!」


 どうか、できると言ってくれ。その通りだと、力強く鳴いてくれ。


「ピピ……」

「なんでだよぉっ!! なんでダメなんだ! なにがダメなんだ!! わからない、わからないんだよ! そんな諦めたような顔をするなよ! どうして無理なのかもわからないまま、諦められる訳ないだろうが!!!」


 腕の中で、リゼットの体がどんどん軽くなっているような気がした。その重みが無くなった時が、彼女との別れの時だと。

 嫌だ、嫌だ嫌だ! なにか方法があるはずだ。だって、だって俺は神様の生まれかわりなんだから! なんだってできるはずなんだから!!


「ジルゥーーッ!!」

「ピィ」


 思わず伸ばした俺の手のひらに、ジルが飛び乗った。何を?

 ジルが俺を見る。言葉なんて話せないし、明確なテレパシーがあるわけでもない。だけどハッキリと伝わった。


「どうして、お前とお別れなんだよ……?」


 もう会うことはない。さようならだと。どうしてそうなる? だけど俺の疑問に答えることなく、ジルはふわりと浮かび、俺の胸へと飛び込んできた。


「あ--」


 そして俺は全てを理解した。

 どうして俺がリゼットを救ってやることができないのかも、どうしてジルが別れを告げたのかも。


 前例の無い、意志を持つEXアーツ。その正体は、分離された記憶だ。1人の人間として生きたかった創世の鳥は、その聖霊としての記憶を分離した。その結果、なにも知らない人間の俺と、聖霊の記憶をもつジルに別れていたのだ。

 そのことを理解できたということは、ジルという聖霊の記憶が俺に戻ってきたということ。分かれていた物が1つになったということ。

 そして、もう二度と記憶の分離はできないということだ。

 いや、不可能というわけじゃない。ただ、分離を試みた時、俺の人格を含むすべての記憶が分離して、生まれたばかりの赤ん坊のような状態になった伊海 悠斗が残されることになる。都合よく分離したい部分だけを切り離すことは、どうやらできないようだ。


 それで、さようならかよジル。俺に全てを伝えるために、融合して、消えてしまった。

 不思議と、喪失感は無い。ジルという相棒はいなくなったけど、その存在は記憶として確かに俺の中にあるのを感じるからな。



 そしてその記憶が、リゼットを救えない理由をはっきりと告げた。



 世界は、満ち満ちている。

 この世界を白紙のキャンパスに例えるなら、この風景も、そこに生きる命も、それを形作る法則も、すべては創世の鳥がキャンパスに描いた絵画だ。そしてその絵画は、既に一部の隙間も無く塗り尽くされ、完成されている。


 ジルはこの世界の制作者だ。ある程度、絵を自由にいじる権利があるし、そのための絵の具も持っている。


 だけど全く新しい絵を描く込むための空白は、もうこのキャンパスのどこにもない。どうしても描き込みたければ、まず今描かれている絵を白い絵の具で塗りつぶす必要がある。


 理を喰らう鳥ルールイーター。喰らう、という行為がそれにあたる。俺達は今まで、ほんの少し世界を喰らい、その隙間に同じような、でも違う絵を描いて魔法を行使してきた。喰らった絵の色を使って、違う絵を描いて、律儀に世界に影響を残さないように使った後は元に戻して。


 なら話は簡単だ。リゼットの傷を治せる魔法を生み出すために、そのために必要な分だけ世界を喰らって空白を作ってやればいい。


 だけど、それをした瞬間に世界は崩壊するだろう。


 この世界は、ジルがバランスを考えて描いた、完成された絵だ。世界を存続するのに不必要な物なんて、1つも無い。草だろうが、土だろうが、虫だろうが、人間だろうが、消えて無くなれば世界のバランスは崩壊する。

 俺達は今まで、光を扱うためには光を。土を操るためには土を食べておく必要があった。だけどジルは創世の鳥だ。材料の無い、無の世界に土や光を作り出した聖霊だ。なら、それはちょっとおかしい。だって、そもそもジルは材料を得るために食らっていたんじゃない。自分が自由に干渉するための、キャンパスの空白をつくるために、今ある絵を消すために食らっていたんだ。創世に材料なんて必要ない。空白さえできれば、そこに風を描こうが炎を描こうが、ジルの自由なんだから。

 そうしない理由は簡単だ。草を消して、風を生めば、この世界のバランスが風寄りに傾いてしまう。世界から草の割合が減り、風の割合が増えてしまう。1つ1つなら微々たる変化でも、繰り返せば世界を崩壊させる歪みとなるだろう。だから草を消して創りだすものは、草に属するものでなければならないのだ。


 ではリゼットを救うための回復手段を創るには、何を消せばいい? この世界のどこに、「癒し」なんて物質がある? 智世メルが司る「命」を消すことは出来ない。そもそも彼女はテロスの中にいるから消せないし、消したとすれば世界中の「命」も連鎖して消滅する。それじゃあ意味が無い。

 つまり、リゼットを治すためには、世界のバランスが崩れるのを覚悟して全く関係のない存在を消去する必要がある。


 聖霊としての記憶が、「治癒」の魔法を生み出すために必要な空白の量を計算する。ああ、なるほど不可能だ。お前が無理だと言った理由がよくわかったよ、ジル。


「何が聖霊だ……。何が、創世の鳥だ。こんなにも無力で、何が神だっ」


 「創世」「育み」「生命」「消滅」。その4体しかいない聖霊の1つ、命に属する力を全く新たに生み出すのに必要な空白の量は、膨大だった。それこそ、何をどう削っても、全ての存在をまんべんなく少しずつ削っても、絶対に世界が崩壊するほどに。


 なら、リリアの時属性で、とも思ったがダメだ。そうすればテロスの呪いも巻き戻って復活する。その時にリゼットが選ぶ答えは、きっと変わらない。そしてテロスの呪いを消そうと思えば、やはり膨大な空白が必要になってくる。


 どうしようもない。どうにもできない。神の力が及ばないんじゃない。既に役割を終えた神には、その力を十全に振るう場が存在しないのだ。


「リゼット、リゼット……」

「そんな、顔を……するな。友がいて、恋を知って、私は十分な人生を生きた」


 そんなわけ、ないだろ。納得なんて、できるわけがない。生きられるのなら、生きたいはずだ。死にたいわけじゃないんだから。なのに、なのに……こんな時まで俺を気遣うのか。


「どうしてこんな時でも、立派な騎士様なんだよ! もっとわがままを言ってもいいだろ!? 罵ってもいいんだよ! 好きだって言いながら、神様のくせに救ってやれないクソ野郎が目の前にいるんだ!!」


 叫んでから、馬鹿なことを言ったと思った。リゼットが、そんな誰も幸せになれない言葉を吐くわけがない。そんなことを言えるようなら、自害なんてするものか。

 だけどリゼットは意外にも、期待するような目でこっちを見て来た。


「わがままを、言っていいのか?」

「あ、ああ! もちろんだ!」

「ならば、最後に……キスを……」


 迷うことなく、俺はリゼットにキスをした。



「ああ、温かい……。ユウト、どうかこのまま、最期を……」



 もう一度、唇を重ねる。重ね続ける。柔らかく、温かかったリゼットの唇が、固く、冷たくなるまで、ずっと……

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