命を賭けた決闘ではなかったか?
鳴り響く金属音。弾ける火花。断続的なはずの音は、次の音のあまりの早さに一つの大きな音色のようだった。
「はあああ!!」
なおも落下を続けるアインソフの体を支えに、今俺達が地面に向かっれ真っ逆さまに落ちている最中だということを忘れそうになるくらい器用に槍を操って攻撃を繰り出してくるリゼット。その近さと速さに、とても魔法を使う暇が無い。
「どうしたユウト! 防戦一方か!!」
「お前が、おかしいんだろ!」
断言できる。あの怪物ゲンサイですら落下しながら普通に攻撃してくるなんて芸当はできない。
やっぱりすごい。リゼットの強さはドラゴンを従えていることだけじゃない。純粋に、一人の人間としても格が違う。才能のある人間が努力に努力を重ねても越えられない壁を、きっと彼女は越えている。ひょっとすると、槍術だけでさえロンメルトを上回るかもしれない。
「好きだ」
「はぁ!? な、なにを……攪乱する気か。そんなことで手は休めない!」
「あ、いや……」
俺は何を言ってるんだ、こんな時に。完全に無意識で口が動いてたみたいだ。
しかしなんだな。狙った訳じゃないんだけど、言葉とは裏腹にリゼットの攻撃が少しだけスピードダウンしたような気がする。
弁解しておこう。そんな卑怯者だとリゼットに思われるのは我慢できない。
「リゼットはすごいよな。竜騎士だって言われてちやほやされてるだけなら、こんな槍術も体術も使えるわかがない。アインソフに頼れば、それだけでも最強クラスだったろうに、努力したんだ」
「当然だ! 寄りかかるだけの関係を、友とは呼ばない。私には対等な友としてアインソフと肩を並べる責任がある!」
「そんな、リゼットのまっすぐな所が「好きだ」って言ったんだ。……口に出してるつもりは無かったんだけどな」
俺の仲間は真面目というかひたむきな人が多いけど、リゼットのそれは群を抜いている。一番近いのはロンメルトか。ある意味で俺が一番信頼しているのもロンメルトだから、基本的にそういう人が好きなんだろうな、俺は。だけどロンメルトの真っ直ぐさが、こうと決めたら突き進む「愚直」なら、リゼットのそれは真面目に、誠実にという堅苦しい「正直」だ。
彼女の正しさが、俺には誇らしく、愛おしい。
「黙れ!!」
真剣勝負の最中にそんな話は怒らせるだけだった。リゼットが槍に込める力が増した。ただ、その槍さばきはさっきよりも荒くなったように見える。と言っても防ぐので精一杯なことに変わりは無い。
それより……まずいな。そろそろ地面が近づいてきた。
オリジナルドラゴンは解除したけど、ただ空に浮かぶだけなら風の力を借りればいい。けど槍と電撃の猛攻で魔力を練る余裕が無く、それは封じられている。無理矢理発動したところで風が霧散させられそうな勢いだ。
「リゼット、一旦止まれ! このまま地面に墜落する気か!!」
位置としては俺の方が下にいるのだから気づいていないとは思えない。墜落して酷い目にあうのはリゼットも同じ。むしろ俺は魔力の鎧があるから、ちょっと痛い目にあう程度で済むのに対し、彼女はただでは済まないだろう。最悪、即死してもおかしくない。
今すぐアインソフの体勢を立て直せ。そう伝えようとした俺より先に、リゼットが口を開いた。
「それには及ばない」
そう言ってリゼットは全体重が槍に乗るように持ち直し、その穂先を俺に向けた。まさか、地面に落ちた俺の上に自分も落ちて来るつもりか!?
「馬鹿言うな! 死ぬぞ!?」
「おかしなことを言う。これはもとより、命を賭けた決闘ではなかったか? それに、創世の鳥・深蒼のオリジンと相討ちなら、これ以上ない成果だ」
「ふざけるなっ!!」
自分が何に対して怒っているのか、自分でもよく分からなかった。リゼットの言ってることは間違っていない。俺を仕留めれば、この戦争はテロス側の勝利だ。その代償が将兵1人だというのなら、その判断をとがめる理由なんて無い。俺も、自分が死んでこの世界が守れるというなら、そうするかもしれない。
だけど許せないんだから仕方ない。何が許せないのか分かってないけど、とにかく許せない。そんなことは、絶対にさせない。
「かはっ!?」
背中に衝撃が叩き付けられる。いや、叩き付けられたのは地面の方か。かなり減退してるはずなのに、とんでもない衝撃だった。肺の中の空気が一瞬にして吐き出されて、意識が吹っ飛びそうになる。だけど気を失っていては、俺の胸に飛び込んでくるように落ちて来るリゼットの槍を防げない。ご丁寧に電撃まで流さなくていいだろうに。
「理を喰らう鳥!!」
だけど俺は衝撃で動けなくとも、ジルは動ける。そして真っ直ぐに落ちることしかできない今のリゼットに、大きく開いたジルの口を避けることは出来ない。
「アインソフ!!」
「グゥオオオオオオオ!」
最初から槍しか食わせる気は無かったけど、ジルを止めるまでもなくリゼットの方から槍を放棄した。そしてギリギリでアインソフの手綱を引き、地面への追突を回避しようとする。
アインソフの翼と足が当たり、地面が削れる。とうてい間に合うタイミングじゃなかったというのに、飛行機の不時着のような不恰好さながらも墜落だけは防いでみせた。キャッチしようとジルが用意していた風の恩恵も少しはあったのかもしれない。
「う、ぐぅ……」
だけど無事とはとても言えない状態だ。アインソフは翼を負傷しているし、足の骨が折れているようだった。その背中に乗るリゼットがほとんど無傷なのは、アインソフの忠誠心の顕れだな。自分がどうなろうと、主人だけはと守ったのだ。
「グァ、グァアアアアアア!!」
それどころか、俺と目が合った瞬間に折れた足で地面を蹴り、傷ついた翼で空へと逃れようとした。だけど、ごめんなアインソフ。もう空で戦ってやる気は、無い。
「世界が命じる、地」
上手く力が入らないのか、飛び上がろうと何度も地面を蹴っていたアインソフの足が、泥沼にはまったかのように沈みこむ。あとは地面を鋼鉄のように押し固めて……捕獲完了だ。
「グオオ! グオオオオオオオオオ!!」
「もういい、アインソフ。よせ……」
リゼットがアインソフの頭を撫で、大人しくさせた。そしてその背中から飛びおり、俺と向き直る。その目に宿った戦意は、いまだ全く衰えていない。
「リゼットも、もういいだろ? もう……勝機は無い。俺の勝ちだ」
「……」
リゼットは何も言わず、予備の槍を取り出した。そして俺に向かって駆けだそうとして--
「世界が命じる、地」
「っ!?」
もう一度、地面を泥に変える。それで終わりだ。地皇アガレスロックと戦った時に、嫌ってほど思い知ったことだ。人間は地面に立って生きている生き物だと。その地面を操る相手に、勝てるわけがない。地割れに叩き込んでも溶岩に引きずり込んでも無傷なゲンサイだけが例外だったのだ。
「雷の道!!」
「理を喰らう鳥」
泥なら電気が流れると思ったのか。いや、それ自体は間違いじゃない。ただ単純に、俺に魔法は通じない。
「もう一度言うよ。俺の勝ちだ」
リゼットは強い。空の上では苦戦した。だけど地上に引きずり落としてしまえば、怖くない。地面に足を飲み込まれて動けないリゼットの槍は、もう俺には届かない。魔法は俺には通用しない。そして相棒のアインソフは傷つき、その上で捕まえている。
こうなってしまえば、もう逆転の目は無い。俺達を戦わせて面白がっているテロスからの救援もありえない。
終わった。やっと終わった。なんだか知らないけど、連合軍の方もいつの間にかオルシエラ軍を倒してくれていたみたいだし、それならリゼットと無理に殺し合う理由も無い。あとはテロスを倒せばいい。そうすれば、大手を振ってリゼットを迎えに行ける。
そう、思った。
うつむくリゼットの言葉を聞くまでは。
「殺せ」