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影話・魔女

前回、投降する日を間違えてしまいました

 上空で光が弾ける。それが悠斗とリゼットの戦いが始まったことを意味することは明らかだったが、その戦いを見守ることは誰にもできない。

 次々と撃ちこまれる大魔法。近づかれれば近づかれるほど、本来の活用が難しくなる銃。優勢だったはずの差が瞬く間に無くなっていくのが目に見えて分かる。


 だが連合軍とて手をこまねいている訳ではない。ケイツは懸命に兵を動かして何とか状況を打破しようと試みているし、ユリウスも最初の命令を無視して餓獣達を投入している。


 それでも、まるで足りない。


「さすがは、オルシエラ随一の英雄じゃ」


 空で轟く雷鳴を聞きながら、リリアは素直に敬服した。

 竜騎士リーゼトロメイア。その勇名はよく聞こえてきていたし、実際に肩を並べて戦ったことで噂がただの噂でなかったことも証明されている。それでもなお、想像の上を行く。リリアは当初、リゼットがここまでの障害になるとは思っていなかった。


「小僧はあれで、思い切りが良い。思い人であろうと最後には迷わんだろうと思っておった」


 銃によりオルシエラ軍は壊滅し、リゼットは悠斗に勝てない。問題は塔の中に入ってからだというリリアの……いや、全員共通だっただろう予想は見事に覆された。


「特攻するしか能の無い無色のオリジン。じゃがどこを攻撃させるか程度は操作できたようじゃな。しかしそれで、狙いを少し下に下げさせただけでこれだけの成果を出せると見抜いたのは、まさしくあの娘の才覚じゃのぅ」


 そういえばガルディアス帝国との最終決戦でも、城への奇襲にいち早く気づいて対処してみせたのはリゼットだったという話をリリアは思い出していた。


「かっかっか。なにが千戦のケイツじゃ、小娘に追い越されおって」


 それが敵だと知りながらも、長い年月を生きた者として若者の成長に嬉しさを感じていた。魔法という絶対的な力が時代と共に失われつつある中で、それでも人々は強く生きていく。それが彼女には誇らしい。


「負け、じゃな」


 空を見上げれば、なおも続く雷鳴。創世の聖霊、その生まれ変わりである悠斗を相手に、テロス以外の誰がここまで戦えるというのか。

 あのゲンサイに一矢報いた卓越した槍術。駆るは世界最強の生物、ドラゴン。そして聖霊から与えらえた魔力。なにより、幼少の頃より竜に認められし者として最前線で戦い続けた経験。それら全てを駆使し、彼女は悠斗かみに勝るとも劣らない戦いぶりを見せていた。


「作戦を打ち破られ、唯一オルシエラ軍をどうにかできるじゃろう小僧をああまでも足止めされてはのう。見事じゃ、リゼットよ。見事じゃ」


 1200年の歴史の中で、ただ1人の身に聖霊と、竜と、人の力を結集してみせた、あれほどの英傑がいただろうか。リリアは断言する。居はしないと。リリアは確信する。父アランですら、個の力では彼女に届かないと。

 今、リーゼトロメイア・ルッケンベルンは間違いなく人類の頂に立っている。この世界で彼女とまともに戦えるのは、テロスと悠斗、あとは鐵のオリジン・ゲンサイくらいのものだろう。


「ここまでは、負けじゃ。このままでは、負けじゃあ。じゃが、この先も負けるかどうかは、小僧に任せるとしようかの」


 リリアが杖を掲げる。見据えるは、連合軍を飲み込まんと迫るオルシエラ軍。


「ここは、婆ちゃんがなんとかしてやるからの」


 そして彼女は静かに、別れでも告げるかのような声色で告げた。


「タイムストップ」


 魔力が世界に干渉し、そのルールを捻じ曲げる。不変のものを、変質させる。

 それまで全く速度を衰えさせることなく進み続けていたオルシエラ軍の足が止まった。否、足だけでなく、手も、呼吸も、心臓の鼓動さえも動きを止める。その身を支配する、時間が止まる。


「やはり、苦しいのう」


 オルシエラ軍は動けない。連合軍は動ける。この隙に距離を取ってしまえば、形勢は再び逆転し、先程までの優勢を取り戻した連合軍はオルシエラ軍を封殺できる。それを更に覆しうるリゼットは、これまた今とは逆転して悠斗が足止めする形になるだろう。


 リリアの魔力が、穴の開いた器の水のごとく流れ出ていく。当然の結果だった。オルシエラ軍は未だ10万近く残っている。それを第一期魔法士、暁のオリジンの娘だからといって1人で抑えきれるはずが無い。


「ちと、足りんか……」


 そもそも、全てのオルシエラ軍の時間を奪うには魔力の最大数以前の問題として無理があった。戦場はシンアルの町を囲う形で広がっているのだ。町を挟んだ反対側までは、完全に魔力で包み込むことは不可能だった。

 だがそれでも、魔力が届く範囲だけでもとリリアが杖を持つ手の力を強めた時、異変は起きた。


「な、なんじゃ? どういうことじゃ?」


 感覚的に理解した。魔力は、反対側にまで完全に行き渡っている。そんなことは反対側にも時属性の魔法士がもう1人いなければ不可能なはずなのに。

 分からない。理解できない。だからリリアは考えないことにした。魔力が届いているなら、それでいい。後は連合軍が退避するまで時間を止め続けることができれば、それ以外のことなんてどうでもいい、と。


「それすら、厳しいようじゃがのぅ」


 魔力が足りなかった。何万と言う人間が統率を取り戻して、さらにそこから移動するのだ。数秒では言うまでも無く、数分でも不可能。だが魔力は容赦無くリリアの中から溢れだしていく。


「すまねぇ、婆さん! もう少し、もう少しだけだ!!」


 遠くの方からケイツの激励が届いた。孫のように成長を見守ってきた子供の1人が応援してくれたことで、リリアの中に活力が戻った。それはただの錯覚だ。原理で言えば、魔力はそんなことでは回復もしないし増大もしない。それでもリリアは精神を持ち直した。


(そうかぇ。もう少しじゃな。もう、少し……)


 既に魔力など残っていない。それでもリリアは魔法を使い続けた。どこから力が生み出されているのか考える余裕も無く、ずっと見守ってきた子供達を守るために、彼女は命すら燃やし尽くす覚悟で力を籠め続ける。


 そして--


「婆ちゃんっ!!!」


 唐突に、糸を切られたマリオネットのように崩れ落ちたリリアの体を受け止め、抱え上げる腕。そのままケイツの騎獣に揺さぶられながら、リリアは懐かしさに包まれていた。


(そういえば、昔はワシのことを婆ちゃんと呼んでおったのう……。王がどこぞから拾ってきた子供が、立派になりおって)


 リリアを抱えて騎獣を走らせ、連合軍の中に飛び込んだ瞬間にケイツが叫ぶ。


「撃てええええええええええええええええええええ!!!」


 時間という牢獄から解放されたオルシエラ軍が、止まっていた一歩を踏み出すより早く、連合軍の引き金が一斉に引かれた。全ての音を塗りつぶす轟音。オルシエラ軍からの魔法は遠すぎて届かない。

 打つ手も無く次々と倒れていくオルシエラ兵を確認し、ケイツはリリアを抱え直した。少しでも負担がないように、その見た目が表す少女ではなく、自分達をずっと見守ってくれていた老女を支えるように。


「すまねぇ婆ちゃん。オレがふがいねぇばっかりに。だけど見てくれ、もう大丈夫だ」


 その言葉に応じて、リリアが戦場に目を向けることは、無かった。


「婆ちゃん?」


 やがて、銃声が止まる。その無数の銃口の先に、立っている人間は1人もいない。連合軍の歓声が上がる。

 だけどケイツは、喜ぶことなど出来なかった。

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