誓いの時は来てしまった
シンアルの町を囲み、ただ目の前の敵を殲滅するべく進み続けたオルシエラ軍の足が止まった。その異変に、連合軍からの銃撃も止まり、先ほどまでの騒がしさから一転、静寂の中で睨み合う形になった。
そしておもむろにオルシエラ軍が動き出した。
「なに!?」
その変化にケイツが声を上げる。その声は爆音によってかき消された。
地面が爆ぜる。場所は連合軍の前方。一見すれば魔法が届かなかっただけのようにも見えるが、そうでないことはさっきまでの魔法が届いていたことが証明している。なら、これは「わざと」だということだ。
地面に着弾したオルシエラ軍の魔法によって、もうもうとたちこめた煙が両軍を分断する。お互いに相手の様子が見えない状態で、その危険性にもっとも早く気づいたのは、やはりケイツだった。
「撃て、てめぇら! 撃ちまくれ!!」
「し、しかし閣下、前が……」
「狙えなくても構わねぇ!! とにかく撃て!」
明らかに慌てた様子のケイツに不安を感じたのか、改めて斉射の指示が伝達される。そしていざ引き金を引こうという時だった。
「ぎゃあ!?」
「ぐわっ!!」
「うわああああああ!!?」
次々と撃ちこまれる魔法に、連合軍は完全にパニック状態に陥ってしまった。
魔法と銃なら、銃の方が射程が長い。だからこそここまで優勢にことを運べていたのだが、煙で照準を定められず攻撃の手が止まっている隙に距離を詰められたのだろう。
「持ち直せ!! 冷静にやれば負ける戦いじゃねぇ!!」
ケイツの声は、届かない。理屈ではそうだろう。だけど今この瞬間にも魔法が飛んでくるかもしれない。それが煙によって確認できない不安と恐怖が兵士達の冷静さを奪っているのだ。
幾らか状況を把握して銃撃を再開している兵士もいるが、煙によってオルシエラ軍との距離が分からなくなった状況では、果たしてどれだけ当たっていることやら。
「ジル、風だ! 煙を吹き散らせ!!」
まさか煙1つでここまで追い詰められるなんて思いもしなかった。こっちの狙いを定めにくくし、敵の行動を隠し、さらには不安という精神への攻撃。「銃」という未知の兵器に、こんな短時間で完璧に対処されるなんて。
「ピィィィッ!!」
風が連合軍を、オルシエラ軍を包み込んでいたベールを吹き飛ばす。そして解放された視界に誰もが驚き、顔を引きつらせた。
「こ、こんな近くまで!!?」
「ちくしょう!! 最初は近づくことに専念してやがったのか!!」
魔法が飛んできた時が魔法が届く距離まで来た時なのだとばかり思っていた。だけど違う。魔法が届く距離まで近づいても、俺達が気づいて反撃してくるのを遅らせるためにギリギリまで魔法を撃たせなかったんだ。
それにオルシエラ軍の進む速度。何があっても一定のスピードだったことから、走ることは不可能なのだと思い込んでいた。いや、思い込まされていた。
「迎撃--!!」
気づいた時には手遅れだった。煙が晴れた時には既に、オルシエラ軍は連合軍に突撃する直前だった。魔法と銃で撃ちあう距離では不利だと分かっていたようだ。
超至近距離からのオリジン級魔法が連合軍を薙ぎ払う。
「このクソ野郎共が! 相討ちする気か!!」
ケイツの罵声に、俺はある意味で納得した。俺達は最後の決戦だけど、未来があると信じて戦っている。だけど向こうは世界を消滅させるつもりなんだ。命なんてものを温存する必要性は……全く無い。
大前提が崩壊した。
無色のオリジンは洗脳されている人形のような兵士だ。細かな命令はできず、ひとすら高魔力による高威力の魔法でゴリ押しするだけ。だから軍隊同士が衝突して混戦状態になれば、目の前の敵に放った自分の魔法で自分も巻き込まれて死んでしまう。なにせ手加減ができないのだから。
だから俺達はオルシエラ軍は魔法が届く距離以上は近づいてこないと思っていた。そして、足を止めて魔法と銃を撃ち合えば銃が勝つと確信して、勝負に挑んだんだ。
なんて致命的なミス。敵は、どうせ死ぬから自滅に忌避感なんて無い。混戦になれば銃の利点なんてほとんど無くなってしまうのに、向こうは変わらず全力で魔法を発動するのだ。敵も味方も巻き込んで。
こちらの兵力はほとんど失っていない、約20万。オルシエラ軍は半分以上失って、15万以下。十分だ。十分、相討ちでお互いに全滅する程度の兵力差だ。
「くそがぁ!! こんなもん戦略でもなんでもねぇ!! くそったれがああ!!!」
連合軍は薄く広く展開している。一回二回の自爆で、確実にその一帯の兵士は1人残らず巻き込まれるだろう。大雑把に計算して、オルシエラ軍15万の内1万でも連合軍の中心に辿り着いて自爆すればいい。それで、互いに壊滅して戦いは終わる。
無茶苦茶だ。最初から生き残る気の無い大軍勢なんて、まるで想定していなかった。こんなの、もはや戦争とも呼べるかどうか……。
だけど理に適っている。悔しいけど、テロスの目的を考えれば完璧な働きだ。
「だけど、むざむざそれを見ている気なんて無い!! 行くぞ、ジル、オル君。魔導兵装、CODE-|OriginalDragon!」
青いドラゴンの巨体を身に纏ったオル君の背に乗って、空へと舞い上がる。
「くそ、どこもギリギリか!」
上空から見た戦況は最悪だ。円形に広がった連合軍は、時に銃を、時に魔法を使ってなんとかオルシエラ軍を食い止めようとしている。だけど十分すぎる距離まで接近することに成功しているオルシエラ軍は、銃弾が飛んでこようと、当たろうと、まったく気にすることなく魔法を放ち、次々と連合軍を巻き込んで自爆していっている。
「世界が命じる、光!」
(ドラゴンブレス・光)
俺とOriginal、それぞれから放たれた2本レーザーがオルシエラ軍を焼き払う。だけどいくら数が減っているとはいえ15万だ。こんなペースじゃとても足りない。
連合軍との距離が近いために、オルシエラ軍の攻撃が俺に向くこともない。こっちに来てくれれば、多少の被弾を覚悟しなければいけないとはいえ、むしろジルが食って力を蓄えられるくらいなのにっ。
遠くの方でユリウスが奮戦しているのか、無数の餓獣がオルシエラ軍へと向かっていく姿が見える。この後でオリジンと戦うことが決まっているメンバーは、ここでは力を温存しておくように言われていただろうに、ガマンができなかったのか。俺も人の事は言えないな。
力を温存なんて、言ってられる状況じゃない。こっちはオリジン達と対等に戦えるだけの頭数は揃ってないんだ。銃を持たせた兵には、塔でオリジンを足止めする役目も果たしてもらう必要がある。
「もっとだ! 連合軍を援護--」
「そこまでだ、ユウト」
目の前が光に覆われる。急いで目を閉じるが、少し遅かったらしく視界が明滅した。……失明してないだけ幸運だったか。
原因は明らか。この落雷、この声……とうとう出て来てしまったんだな。
「リゼット」
「誓いの時は来てしまった。覚えているな?」
緑のウロコに漆黒の角。腕がそのまま翼になっている翼竜型のドラゴン「アインソフ」の背に跨り、竜騎士リーゼトロメイア・ルッケンベルンは現れた。
その竜は、俺達が力を合わせて登った迷宮塔で手に入れたアイテムで命を救われた竜だ。その槍は、俺達が集めた素材で俺達の友人、鍛冶師ガガンによって打たれた槍だ。その身は、共に命を預けて戦った身だ。その心は--
「私はオルシエラの騎士としてお前を討つ」
「俺は……今、お前を慮ってやる余裕は無い」
「ならばどうする。どうしても戦わなけらばならないなら、どうすると誓った」
どうしても戦いが避けられなかったその時は、俺は迷わない。そう誓った。できるならばリゼットのことは避けて行きたかった。彼女の出る幕もなく、銃による圧倒的な制圧ができればと思った。だけど、それは許されないらしい。
「琴音が食われた。智世も食われた。そして世界も食われようとしていて、今この下で仲間達も蹂躙されようとしている。俺は、この先に進まなければならないんだ。誰が、立ち塞がろうとも。たとえそれが……」
さっきの雷を思い出す。以前までのリゼットでは有り得ない威力だった。それが意味するところはつまり、洗脳こそされていないがリゼットもテロスの力を受けているということだ。理解しろ、彼女は敵だ。
その変わらない凛とした目を見ているとこみ上げてくる感情を、押し殺す。
「たとえそれが、初めて恋した相手でも」
声に詰まり、悲し気にうつむく姿に抱きしめたい衝動に駆られる。だけど俺の手は、彼女を倒すために使わなければならない。
「誓いの通りだ。俺は迷わない。さよなら、リゼット」