恐ろしい世界だな
この光景を見るのは、これで二度目になる。そして三度目は無い。
天を貫くようにそびえ立つ塔。その下に広がる町。それを守るべく展開される30万の大軍勢。それらに挑まんと進むセレフォルン・ガルディアス連合軍。
もう一度言おう。三度目は無い。
一度目の大敗。その差はあまりにも圧倒的だった。そこから立て直し、逆転の手を捜すために費やし時間は致命的なまでに大きい。遠い未来に歴史家達がこの戦の事を語る時、きっと信じられない早さだと賞賛するだろうが、俺達にとっては遅すぎるくらいだ。
テロスの準備……世界消去の儀式が完遂されるのに、あとどれだけの時間が残っているのだろう。もういつ発動されてもおかしくないように思える。逆に、まだまだ余裕がある可能性もある。あるいは、準備は終わっているけど、俺が絶望しきるのを待っている、という場合も考えられる。
なんにせよ、楽観的にはなれない。この戦いが最後のチャンスなのは間違いないだろう。
「結局、間に合わなかったのか」
時間はかけたものの、準備が万全だとは言いがたい。
一度目の敗戦は、無残なものだった。未だこの戦いの真相を知らない兵士達の中には、その時の恐怖を引きずっている者も多く、士気が高いとは言いがたい。
なにより、戦場にロンメルトの姿が無かった。逃げ出すような男じゃないことは知っている。何か不測の事態が起きたのか? 単純に遅れているだけなのか? 気にはなる。だけど一刻を争うこの時に、いつ来るのかわからない個人を待つことはできない。
遠くの方からケイツの声が聞こえてきた。その声をより遠くに伝達するべく、各部隊長も復唱する。
『全軍、前進』
20万の軍勢がゆっくりと動き出す。その陣形は不恰好なほどに細長い。シンアルの町を囲むように展開されたオルシエラ群を、更に囲みこむ形の連合軍。ただでさえ人数で劣っているものだから、その囲みはひどく薄っぺらだ。
だけどそれでいい。むしろ何列にも並ぶ陣形なんて、前の人間が邪魔になるだけだ。
俺達の存在を認識し、オルシエラ軍が顔を上げた。相変わらず無機質な、感情の無い目を向けてくる。その不気味さに心が逸る。だけどまだだ、まだこの距離なら奴らは魔法を撃って来ない。
まだ近づける。もっと、もっと……もう少しだけ…………。
「斉射--!!!!」
鼓膜が引き裂かれそうな轟音。断続的な音が連続に重なり、永続的な音になって脳を揺さぶり耳を麻痺させる。練習の時でさえクラクラする音の大きさに驚いたっていうのに、一斉にやるとここまで酷いとは。
いや、一番ヒドイ目にあってるのは兵士達だな。声が聞こえる程度の軽い耳栓をしているとはいえ、超至近距離からこれを聞かされるんだから堪ったものじゃないだろう。実際、何人かぶっ倒れそうになってギリギリで踏みとどまっていた。
「はっはははは! すげぇな、こりゃ! いける、いけるぜ!!」
ダチョウのような騎獣に乗ったケイツが興奮を露わにやって来た。ケイツの様子が示す通り、その効果は絶大だった。
オルシエラ軍の前列が血に染まっている。ほぼ撃ち漏らしは無い。前の方にいた者は、その無色の魔力で強化された最強の魔法を撃つ暇も無く、体のどこかしらに空いた数センチほどの穴によって命を失っている。
「ジュウって言ったか? 通用するぜ、これ」
そう、俺が用意した、対オルシエラ軍の切り札は「銃」だ。俺は日本に戻れるのだから、そこからあちこち回って掻き集めた。ちなみに魔力が減っていた為に必要な魔力がギリギリ足りず、慌てて近くの餓獣を狩り尽くして補充したのは内緒だ。
「今頃向こうは大騒ぎだろうけどな」
20万人全員には行き渡らなかったけど、その半分の10万丁の銃はなんとか確保した。そしてそんな数の近代兵器を買う資金などもちろんあるはずもなく、盗品だ。魔法って便利。
こんな俺にも一応は愛国心があったらしく、わざわざアメリカまで行って盗んできたのだ。使い方も最低限は教わる必要があったし。英語? 話せるわけないだろ。なに、同じ人間だ。身振り手振りで案外なんとかなった。その後で銃を奪うんだから、俺ってば外道。世界存続の為だ、許してください。
後で気づいたんだけど、使い方だけなら日本のオタクかヤクザに聞けば良かったんだよな。手段を選ばないなら誰にだって聞けたのに、無駄な苦労だった。ちょっとだけ英語は話せるようになったけど。
しかし思ったより威力にバラつきがあるもんなんだな。なにせ数が数だし、俺も銃には全然詳しくないから、とにかく片っ端から集めて回ったから種類がまったく統一されてない。ちっこい銃のちっこい弾丸じゃ、うまく当てないと死なないようだ。銃って当たれば死ぬものだと思ってたよ。
けどまあ、誤差の範囲内だな。威力の大小は練習の時点で確認しているから、バランスよく配置してある。他の人の強力な銃でカバーできる程度だ。
いける。唯一の懸念は魔法で防がれることだったけど、予想通り、操られているだけの奴らに応用を聞かせる知能は残っていない。無色のオリジンにできることは、ただ膨大な魔力にあかせた攻撃のみ。つまり防御に関してはごく普通の人間と変わらないということだ。
「人を殺すだけなら、派手な魔法は必要ねーか。恐ろしい世界だな、おめえの故郷は」
「俺の世界は魔法が無いからな。肉体を限界まで鍛えて、それでももっと強くなろうと思ったら武器を強くするしか無かったんじゃないかな?」
人類の歴史は戦いの歴史だと言うけど、それはどっちの世界でも同じことだ。それでも地球の方が兵器の開発が進んでいるのは、やっぱり魔法の有無が原因としか考えられない。必要は発明の母とも言うし、実際ケイツも魔法が無くなった後の時代に備えてバリスタみたいな兵器を開発させていた。
「この世界でも、魔法が無くなって何百年かすれば同じ物を作ってたんじゃないかな?」
「かもな。つか、これってオレのEXアーツと似てやがるよな? このEXアーツを元に、オレぁ兵器開発させてたんだがよ」
「弾丸を撃ちだす構造が違う以外は同じだろうな。俺も時代に合ってないなと思ってたし」
ただ、EXアーツの形状なんて滅茶苦茶だからな。水風船みたいなのだった兵士もいたし。こっちと向こう、二つの世界は俺達が思っている以上にしっかり繋がってるのかもな。
「おっと、さすがに距離が縮まりつつあるみてーだな。そろそろ魔法が飛んできやがるぜ」
さすが、死を恐れない兵士達だ。すぐ目の前の仲間の頭が吹き飛ぼうと、まるでお構い無しに進んできている。昔の火縄銃じゃないんだ。雨のような弾幕の中、そう簡単に近づけるものかと思っていたけど、迷いの無い前進は結果的に前方の味方を肉壁として彼らの進軍を助けていた。
そしてまばらにだが、無色のオリジンの魔法が届き始めた。
「怯むな、てめぇら!! 後退しながら撃ち続けろ! もう奴らは残り半分もいねぇ!!」
無色のオリジンの魔法は、一撃でこちらの兵士を数十人巻き込んで着弾する。だがその間にも、こっちは何十万、何百万という数の弾丸をばらまいているのだ。一撃で殺せるという点で同じなら、手数の多い方が勝つ。それにこっちも、銃しか用意してないわけじゃない。
「撃ち返せーー!!」
ほとんど水平に飛ぶ銃弾とは違い、放物線を描いて飛ぶ筒状の弾。それはオルシエラ軍の中に飛び込み、とんでもない音と共に爆発した。
名前はなんて言ったかな? よく覚えていないけど、ようするにミサイルだ。あれ、バズーカだったかな? だけどこれなら殲滅力でも負けてない。ならばこのまま続けた時にどうなるか、答えはもう出ているも同然だ。
さて、どうするリゼット? そこにいるのなら、この状況を黙って見ているお前じゃないだろう。そろそろ何か手を打ってくるはずだ。
そして案の定、オルシエラ軍の動きが変わった。