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正直に言うぜ

 空間が歪み、捻じれ、周囲の風景を削り取るように飲み込んでいく。その現象を、俺は知っている。


「テロスッ!!」


 その叫びに堪える声は無く、俺はその場に1人取り残されていた。

 さっきまで智世がいた場所はスプーンで抉り取ったように地面が無くなっていて、そこにはもう智世の姿も、少女の姿も無い。


 何が起こったのか一瞬理解できず呆然として、やがて徐々に思考が回転を再開する。そして弾きだされた答えを認められない、認めたくない俺がいる。


「小僧、お主の血は無事に坊やに渡ったのじゃ。すでに餓獣共の方に向かわせ……どうしたのじゃ?」

「お! さすがだな。この短時間で金色のオリジンを倒しちまったのか? おい、何だ? 何かあったのか?」


 血の譲渡はうまくいったらしく、リリアとケイツが砦から出て来た。ユリウスが向かったのなら、この騒動はじきに収まるだろう。いや、収まってくれ。俺はもう、しばらく動く気力が湧きそうにない。


「小僧……トモヨはどうしたのじゃ?」

「やられた」

「やられた、じゃと?」


 智世が消えた場所まで近づくが、だからといって新しく何かが見つかる訳でも無い。当たり前だ、彼女はもう……この世のどこにもいないのだから。


「甘かった……甘かったんだ! もっと徹底的に守るべきだった!! 誰とも接触することを許すべきじゃなかった!!! ああいう手でくることは、分かっていたはずなのに……」

「わっかんねーよ! どうしたってんだ! 智世ちゃんはどうしたっ!!」


 思わず地面に座り込みそうになった俺の体を、ケイツが胸倉をつかんで持ち上げた。だけどその真正面にあるケイツと目を合わせることができない。


「テロスに……食われた。智世が治療した怪我人が、あいつの分身だったんだ。あっという間で……俺は……」


 ケイツが手を離し、俺は地面に落とされた。ひどい扱いだと普段なら文句のひとつも言う所なんだろうけど、そんな気にもまるでなれない。悔しさと情けなさで目の前が真っ暗になった気分だ。守らなければいけなかったのに、こんなにも呆気なく。


「そうか。つまりテロスは4つの聖霊の力の内、3つを手に入れちまったんだな?」

「今……そんなことが重要かよ!? 智世が食われたっていうのに!」

「重要だ馬鹿野郎! ただでさえ無い勝ち目が、更に薄まったんだからな!」


 上から叩き付けられた怒鳴り声に、反論することはできなかった。その通りだよ。その通りだけど……。


「正直に言うぜ。オレは最初からトモヨちゃんを守り切れるなんざ思っちゃいなかった。相手はテロスだ。防げるのはユート、お前しかいねぇ。だがお前1人で四六時中守れるものかよ。ヤツはどこに潜んでやがってもおかしくねぇ怪物だ。風呂は、トイレは、寝てる時はどうする。交代しようにも交代相手が信用できねー。俺達だって、テロスにゃ勝てねぇ以上いつ殺されてすり替わっててもおかしくねぇ」


 土台無理な話だったんだよ、とケイツは悲し気に言って、去って行った。どこに行くのか、なんてことは聞くまでも無い。手に入れた力を一刻も早く使いこなすための訓練に向かったんだろう。勝つために。


 勝つ……ために。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 声の限り、叫んだ。溜まりに溜まったものを吐き出す気持ちで、声を、息を吐き出す。人生で最大の大声は喉を傷めつけたけど、それと引き換えにいくらかの黒く重いものを吐き出せたように思える。


「切り替えは、できたのかの?」

「どうだろう? だけど、まだ前には進み続けられそうだ」


 少なくとも、悩むのも後悔するのも、この戦いを終えてからだ。


 琴音を喰らい、智世を喰らい、テロスは「創造」以外の全ての力を手に入れた。肝心の能力が無いとはいえ、それ以外は完全体の創世の鳥と同じだ。さらには残り9人のオリジンに、無色のオリジン30万人。そして竜騎士、リーゼトロメイア・ルッケンベルン。


 対する連合軍は20万の軍に、およそ5万ほどのユリウス餓獣軍団。そして第一期魔法士のリリアに、m力を強化した千戦ケイツ。間に合うかどうかわからないけど、ロンメルトもきっと強くなって戻ってくるはずだ。あとは俺、深蒼のオリジン。


 数の上では、そこまで極端な差は無い。だけど質という面で見れば残念ながら足元にも及んでいない。軍勢同士の戦争はとにかく、オリジンと戦える人材が少なすぎる。だけどオリジンは塔の中で待ち構えているようだし、避けては通れない障害だ。

 オリジンの数は9。こっちで戦えそうなのか、リリアとケイツ、ユリウスとロンメルト……俺を含めてもたったの5人。まるで足りない。


 いや、待てよ……。


「サバ子。さっき金色のオリジンを喰って、ちょっとだけ魔力を補給できたんだけど、もう1人くらい魔力を分けられないか?」

「……むずかしいのぅ。経験の差を補うことを考えると、互角の魔力では足りんのじゃ。せめて元々の時点でまる程度の魔力があれば良いのじゃが、ケイツ元帥以上の魔力を持つ者など……あ」

「あ、ってまさか……」


 現代においてケイツの魔力量、第8期が最大とされていて、それ以上の魔法士は存在しない。ただしそれは一般人に限った話だ。


「そのまさかじゃよ。ワシは今からアルスティナ女王に会って来るのじゃ」


 やっぱりか。

 王族は例外だ。血の濃さが始祖であるオリジンに近しいことを証明するという点から、王族は少しでも濃い血を残すべく婚姻を操作してきている。そうして守られた当代のセレフォルン王国女王アルスティナの魔力は、実に第5期の魔法士に匹敵するとされている。驚くべきことに、1200年もの時間が経っていながら、未だにオリジンから5代目くらいの血を保っているのだ。


「それなら確かに少ない量で済むかもしれないけど、アルスティナだぞ?」


 あのぽけーっとした少女がオリジンと殺し合っている姿がまるで想像できない。そもそも戦えるのかどうかすら不安だ。なにせ女王様で、戦場に出ることなんて無かったのだからな。ガルディアス帝国はなぜか王族が大喜びで戦場に飛び出してくるけど。


「戦えんと? そうでもないと思うがのう」

「その根拠は?」


 アルスティナはセレフォルン王国の唯一の王族だ。王族だけが王になる資格を持っているとは言わないけど、存続した先の時代に彼女は必要だ。たぶん、なんて根拠で戦場に連れ出すのはさすがに抵抗がある。


「テロスはアンナとすり替わってセレフォルン王国の中枢に潜りこんでおったわけじゃが、ワシらもただ忠実なだけのメイドを王族の側近になど配属させんよ。どこで身に着けたのか、ありとあらゆる知識と技能に精通した優秀すぎるほど優秀なメイドだからこそ、王女を託したのじゃ」


 その正体がテロスだったと分かった今となっては不思議でも何でもない。あいつの中には1000年以上かけて集められた無数の魂が宿っているんだからな。


「そしてヤツの知識と技術にウソは無かったのじゃ。中枢に入り込むのに、偽ることなく爪をさらけ出しておったのじゃろう。そしてアルスティナにはその技術が伝えられておる」

「そうか! そういえば戦闘訓練もしていたな! まあアルスティナは嫌そうだったけど」

「好き嫌いは婆ちゃんが許さんのじゃ」


 問答無用か。かわいそうに。

 だけどなるほど、聖霊が長い時間の中で積み上げてきた技術を、全てとは言わないまでも受け継いでいるのなら、魔力さえ追いつけば互角以上に戦えそうだ。


「ではワシは行くのじゃまつりごとの引継ぎをさせて、連れて来ねばならんからの」


 その過程に「説得」という行程は無いんだな。


「なら俺も最後の仕上げを用意しないとな。それさえ用意できれば、少なくとも塔までは確実に辿り着ける」


 準備はちゃくちゃくと進んでいる。

 最後にもう一度、智世が食われてしまった場所を見る。切なさと悲しさ、そして口惜しさ。その中ではっきりと燃え上がる、怒り。


 待っていろ、テロス。すぐ、決着をつけに行ってやる。

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