まあ大丈夫じゃろ
「正気の沙汰ではない実験内容じゃな」
俺達が持ち帰ったマクリル先生の資料を読んだリリアの第一声がそれだった。
俺も隣で一緒み読んでいたけど、実験動物への投与、観察、結果、解剖。中々にキツイ内容を至極淡々と書いている文書は、そう言われても反論のしようのない代物だった。
途中からはフォカロルマーレに呑まれ始めていて微妙に正気じゃなかったんだろうけど、ちょっと愛ゆえにでは済まされない内容だよ、マクリル先生……。
「じゃがその狂気のおかげで世界は救われるのじゃな」
「……ってことは?」
「すぐにでも投与可能じゃ。血をもらうぞ、小僧」
リリアの言葉に、その場に詰め寄せていたケイツと智世の口から歓声が上がった。もちろん俺もだ。ユリウスもいたけど、声が出せないからな。でも尻尾が揺れていることからも喜んでいるのは明らかだ。
これで戦える。俺の血を仲間達に投与すれば、古代のオリジン達とも対等に戦えるんだ。
「じゃがまだ問題はあるのじゃ。血を抜けば、そこに込められた魔力は当然小僧の中から失われる。無色のオリジンのような中途半端ではなく、きっちりオリジン達と渡り合えるようにするには、連中も魔力を失っていることを考慮しても大量の魔力が必要じゃろう」
それに貸し与えたにすぎない魔力は、おそらくオルシエラ兵が死亡することで持ち主の下に戻るものと考えられる。塔に入るためにはまずオルシエラ軍を倒さねばならず、倒してしまうとオリジン達は力を取り戻す。だからこそオリジン達は余力を気にせず膨大な人数に魔力を分け与えることができたのだと予想できた。
けれど俺達はそうも行かない。智世の魔力は特殊すぎて他人に順応できないので、俺しか魔力を分けれらるオリジンがいないのだ。リリアも第1期の魔力を持っているけど、彼女は大事な戦力だ。弱体化されては困る。そして俺もまた、全ての力を分け与えるのはリスキーすぎてできない。
「小僧の魔力は異常に多いが、それでも十分な量を分けるとなると……せいぜい2人」
「はぁ!? 少なすぎんだろ! あっちは30万人だってのによ!!」
「あちらは正真正銘の聖霊じゃろう。人間に生まれ変わるためにほとんどの力を放棄してなお、小僧はオリジンとしては最上級なのじゃぞ? 純正の聖霊ならば、それだけの力もあるじゃろうて」
リリアが言った人数は、あくまで古代のオリジンと互角以上に戦うために必要な魔力を分けた場合の話だ。なにせ相手は太古の英雄。かたや魔力を増やしただけの、彼らの力の残滓でしかない末裔。魔力が互角では勝てるはずがない。2倍……いや3倍は欲しいか。
「それにあの軍勢。まともに魔力を与えられてあの力を得たわけではあるまい」
「アランの魔法、だろ?」
「じゃ」
暁のオリジン、アラン・ラーズバードの魔法は「強化」。そのEXアーツの能力がまたえげつないのだ。
EXアーツ「祝福の鐘」。その鐘の音色を聞いた者は、能力全体を大幅に強化される。一度聞けば一段階強化され、二度聞けば二段階強化される。つまり戦う前に軍の中心で限界まで鳴らしておけば、肉体も魔法も極限まで強化された無敵の軍団が完成するのだ。
テロスの魔力による洗脳と魔力増大。他のオリジン達による底上げ。そしてアランによる超絶強化。それが「無色のオリジン」オルシエラ軍の正体だ。
「軍と軍のぶつかりあいがお望みならば、小僧の魔力で1000人は「無色のオリジン」に魔法が通用するレベルまで引上げられるじゃろうが、その無意味さは言わんでもわかるじゃろう?」
それなら一点集中で個人の能力を可能な限り引上げたほうがいいな。1000と30万じゃ焼け石に水だ。ならオリジンと互角に戦える戦力を増やして、オルシエラ軍の方は別の手を講じた方がいい。
「オルシエラ軍のことは、俺にちょっと考えがある。どこまで通用するかは、ぶっつけ本番になるだろうけどね」
犯罪に手を染めることになるけど、仕方ない。世界の存続のためだ……まあ、逮捕される心配は無いし。
「ふむ……ならばそっちは小僧に任せるのじゃ。で、誰が小僧の魔力を受け取るかじゃが」
たったの2人なんだよな。敵のオリジンは10人だ。俺とリリアを含めて、対等に戦えるのが多くて5人。ロンメルトの修行が成功しても6人。まだまだ全然足りないな。
「1人は当然、このオレだぜ」
「ん? ありがたいが、軍の指揮はよいのかのぅ?」
「後進の将くれー育ててらぁ。ただ魔力が多けりゃ勝てる相手じゃねーんだ。セレフォルン最強のオレが出ないでどうすんだって話よ」
「色々と除外しての最強じゃがのう」
ありがたいのは事実だ。じゃあ1人はあそこでガックリしてる奴っと……。もう1人は実は決めてある。
「ユリウス。力を貸してくれるか?」
「ああ? この坊主にか? 確かにすげえ属性だけどよ、こりゃ魔力が多くなって変化する魔法じゃなくなーか?」
ケイツが反対なのは子供だから、というわけじゃないんだな。この状況で子供も何もないか。負ければ全部消えるんだからな。だけどその反対意見は聞けない。俺には確信があるのだ。
「ユリウスの獣属性は、たぶん琴音……聖霊シイルの力と同じものだ。一度目の転生で獣人の始祖になった彼らの、ユリウスは末裔なんだからな」
1200年前、中途半端に人間に転生した聖霊はそのままこの地に根ざそうとして、その結果として獣人という種族が生まれた。その子孫である現代の獣人達はつまり聖霊の子孫であり、ユリウスの魔法は明らかに「育みの聖霊」の力を強く受け継いだものだ。
魔力が増すということは、聖霊の力が増すということ。ユリウスの魔力は強化することで、より確実に、大量に獣を従わせることを可能にすると考えたのだ。
「もしSランクの餓獣を従わせてみろ。ユリウス1人でオリジン数人分の活躍を期待できるぞ?」
なにせ今でさえAランクのツヴァイリングヴォルフを従えているんだ。それは決して不可能なことじゃない。ケイツも納得したのか、ケツアゴに手を当てて考え込み始めた。きっとその餓獣達を運用した戦い方をシュミレーションしているんだろう。
「ふむ。なるほど、それならば戦力不足を多少は補えそうじゃな」
「頼めるか? ユリウス」
「……」
ユリウスは役目を与えられたのが嬉しいのか、二度三度と頷いて快諾してくれた。
「では小僧、血を貰うのじゃ」
「え? なにその注射器。針太くない?」
当たり前のように取り出された病院で使ってるような注射器だけど、見たことがないほど極太な針が付いていた。いや、文明レベルを考えれば注射器があるだけですごいのかもしれないけど、それはちょっと凶悪すぎやしないだろうか?
「人間用ではないが、まあ大丈夫じゃろ」
「お、おいちょっと待て! 今なんか言ったか!?」
しかもそれ、針はデカイのに本体はやたら小さいぞ。どれだけの血液が必要になるのかは知らないけど、絶対に1回や2回じゃ足りないだろ。あ、あれを刺すのか? 何度も何度も?
「剣で切った張ったしとるくせに、何をビビッとるんじゃ。なっさけないのぅ」
剣だってじっくりじわじわ体に刺さったら普通に怖いっての!! それにあれは防ぎたくて失敗してるだけで、断じて甘んじて受け入れてる訳じゃない。それにアドレナリンも出てるし。
それに俺が一番怖いのは、何度も繰り返しで刺されることだ。ほんの数回程度なら俺だって格好つけて平気なフリして我慢するさ。でも違うだろ? 結構な回数必要だろ?
「かっかっか! 世界の命運がかかっとるんじゃなかったかのぅ~?」
他人事だと思ってニヤニヤ笑うリリア。俺が逃げられないことが分かっているから、嬲るようにゆっくりと針を近づけてくる。くっ、覚悟を決めるしかないのか!?
「うお!?」
「のわーー!」
「ごふっ!?」
その時、砦が揺れた。地震? いや、そんな感じの揺れじゃない。
ちなみに最後の苦痛めいた悲鳴は、驚いてスッ転んだ智世のヒジが、偶然ケイツのみぞおちに突き刺さったことによるものだが、どうでもいい。
「なんじゃなんじゃ?」
部屋を飛び出して外に出ると、その原因はすぐにわかった。
地平線を埋め尽くすような、餓獣の群れ。そしてそれを率いる、燃えるような髪の男。つい最近見た顔だ。
金色のオリジン、マハムッド・ヤハン・ムバラク。いかにもエジプト人って感じの顔だちにファラオな服装。そして化粧。断言できる、あいつはエジプト人だ。誰でもわかるか。
「神に仇なす愚か者共に、裁きを与えん」
どうやら餓獣達はマハムッドに従っているようだ。一度はテロスの取り込まれ、テロスの魔力で蘇ったんだ。右翼の力を得たテロスの能力を多少引き継いでいてもおかしくはない。といっても完全ではないようで、餓獣達は見るからに不満たらたら、仕方なくって感じで従っている。
その光景に、俺は思わずお礼を言いそうになった。
これはありがたい。