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ドラゴンを見たんだ!

更新は2日おきで固定です

 轟く咆哮。

 その音の衝撃だけで空気が震え、石畳の破片が舞い上がる。


 絶対強者。

 圧倒的な存在感が、歯向かっていい相手ではないことを本能に訴えかけてくる。


 小山のような見上げる巨体。わずかな動きで擦れ合う鱗は漆器のように黒く輝き、太く長い尾は揺れる度に地響きを引き起こす。背にはその巨体に見合った翼を生やし、口の隙間からは恐ろし気な牙が覗いている。そしてその真紅の眼はジロリと獲物を……俺達を見下ろしていた。


 ドラゴン。


 全てが白一色の空間に石畳の道だけがどこまでも伸びる中、空想上にのみ語られる存在はその時、確かに俺達の前に在った。


 剣を携え、勇敢に立ち向かえば勇者と讃えられることだろうが、今ここにはたった四人の子供のみ。うち、おれを含めた三人が7才程度で、最年長のもう1人でさえ中学生くらいとくれば、逃亡する以外の選択肢なんて無い。


 だが俺にその逃亡劇の記憶は無い。

 何故なら飛んで来た石畳の破片を額に食らい、頭をかち割られて早々に気絶したからだ。


 その時の最後の記憶は、真っ赤に染まった視界の中で、魔法使いのような恰好の中学生くらいのお姉さんが寂しそうな顔で抱きかかえてくれた所だった。




 気が付いた時、俺は父さんの運転する車の中で寝転がっていた。


 母さんが俺を叱る。勝手にどこかに行ったと思ったら、車で寝ていたらしい。旅行中で右も左もわからない中、息子が消えたのだから怒られての仕方ない。

 そして俺は全て夢だったんだと思った。ドラゴンかっこよかったなぁ、とだけ思っていたのだ。だが数週間後、散髪に行った時にそうじゃなかったと知ることになる。


 額に大きな傷跡があったのだ。


 もちろん、そんなモノ以前は無かった。両親にも確認したから確かだ。すぐに気付いた。あの時の出来事は、夢じゃなかったんだ、と。


 あの時迷子になって神社に辿り着いたのも、そこで着物を着た青っぽい黒髪の女の子と、日傘をさして白いワンピースを着た白髪赤目の女の子と、魔法使いみたいな恰好をした紫の髪の中学生の女の子が遊んでいる所に混ぜてもらった事も、神社の中の森を探検した事も、黒い鳥居を見つけたことも…………その先にドラゴンがいたことも。

 全部、本当の出来事だったんだ。


 しかし戻って確かめようにも、旅行中はかなりアチコチ行っていたらしく、俺が居なくなった時の場所を両親は覚えていなかった。やがて記憶は薄れていき、俺はあの日を共有した少女達の顔も、薄っすらとしか思い出せなくなっていた。

 でも、あれから10年経った今、なおも鮮明に残っている記憶もあった。


 ドラゴンが超かっこよかった事だ。



「ドラゴンさいこーーー!!」


 俺は立ち上がって叫んだ。

 海並高校2年D組の教室。授業中のそのド真ん中で。


伊海いかい 悠斗ゆうとくん。転校初日に楽しそうな夢を見ていたみたいだね」


 初老の男性教諭が隣に立って、丸めた教科書を振りかぶっていた。黒板の問題の答えは分からないけど、その教科書の行き先は分かる。

 体罰はんた--ぶふっ。


「みぎゃ?」


 叩かれた衝撃に驚いたのか、制服の胸ポケットから俺の相棒、サンドアーマードラゴンのオル君が顔を出した。心配してくれてありがとう。でも君が出てきたおかげで先生戻ってきちゃったよ。


「伊海くん。そのかっこかわいい爬虫類は何かな?」

「サンドアーマードラゴンのオル君です」

「アルマジロトカゲだろう? 餌は何かな?」

「あ、このミルワームていう幼虫を」


 ビニール袋入ったミルワームを出した途端、教室内で悲鳴が上がり、近くの席の女子が逃げ出した。だが先生は平然とビニール袋を手に取り、さらに手を出してきた。もう無いよ?


「じゃあ放課後まで預かるから、職員室まで取りに来るように。もう連れてこないようにな」


 オルくぅぅぅぅぅんッ!!?


****


 迎えに行った時、サンドアーマードラゴン(※アルマジロトカゲ)のオル君は職員室のアイドルになっていた。かわいかろう?

 職員室を出て、悩む。


「バレないようにするには、どうすれば……」

「また連れてくる気かよ!!」


 すかさず突っ込んできたのは、何故かクラスメイトに気味悪がられてしまった俺を下校に誘ってくれた男子生徒。金髪に色黒の肌と、海でナンパして撃退されそうな見た目だが、少し話した感じでは良い奴だ。ちなみに俺は茶髪のフツメン。撃退する側になりたいドラゴンスキーな男の子である。


「何かいいアイデア、一緒に考えてくれるよな親友」

「過ごした時間の長さは関係ないってゆーけど、お前に話しかけてから10分しか経ってねーよ」

「10分もあれば十分さ」

「はったおすぞ」


 上手いこと言えたと思ったのに……。

 オル君が胸ポケットから顔を出して慰めてくれた。


「オル君、田中が冷たいんだ……」

「中田だ!! おま、名前すら覚えてねーのに、よく親友とか言えたな!?」


 いや、だって会って10分だし。


「ったく、変な奴だな。まあだから話かけたんだけどよ」

「む、失礼な奴だな。田中は」

「中田だっつてんだろ!? おまえのが失礼だよ!」

「ぎゃう」


 怒鳴る田中を敵と認識したのか、オル君が威嚇の声をあげ、ビックリした田中が俺の胸(ポケット)を凝視してきた。いやん。


「おお、教室じゃ良く見えなかったけど、かっこいいなコイツ。アルマジロトカゲって言ってたっけ」

「サンドアーマードラゴンだ」

「いや、トカゲだろ。ドラゴンが好きなのか?」


 好きなんてもんじゃないね。俺にとってドラゴンとは……人生かな。そこのドラゴンがいるから登るのです。


 10年前の……あの日から、俺のドラゴンを追い求める日々が始まったのだ。

 図書館を見つければ過去の文献を読み漁り、ドラゴンと聞けば小遣いを使い果たして探しに行く。さすがに海外までは行った事ないけど、行く計画は練ってある。


 ちなみに今までで一番の成果は、相棒・サンドアーマードラゴン(※アルマジロトカゲ)のオル君--23万円--との運命の出会いだ。あと2年はお小遣い貰えそうにないけど、後悔はない。

 だがオル君は小さいし、羽も生えてない。背中に乗せて飛んで貰えないんだ。だからオル君に不満は全くこれっぽちも無いが、俺のドラゴンへの想いはまだまだ満たされていないのだ!


 そう、10年探しても満足できない位、ドラゴンというものはレアだ。スーパー……いや、ウルトラレアだ。田中が信じられないのも無理はない。だって田中は可哀想に、ドラゴン見たことないんだから。


「なあ田中」

「中田」


 前髪を持ち上げて、栄光の傷痕を見せつけてやりながら、俺は言った。教えてやろう、ドラゴンの素晴らしさを。




「俺がドラゴンを見たことあるって言ったら信じるか?」

「信じねーよ」


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