余は、いらぬ
オリジナルドラゴンに変化したオル君の背に乗って城砦都市フォールを飛び出し1時間。俺とロンメルト、それと護衛するために連れて来た智世はガルディアス帝国の帝都へとやってきていた。
風圧やGでぺしゃんこにならないように防御の魔法を重ねに重ね、光速はさすがにヤバイからやめておいたけど、音を平然と置き去りにする速度で急行した。あまり悠長に空の旅をしている時間は無いからな。
城に着くまでも速かったが、城に着いてからも早かった。
「我が養父マクリルの研究資料をここへ」
帝都の中心にそびえる砦のような城でロンメルトが一言告げれば、何人かの臣下が渋々といった様子で作業に向かった。どうやら本人も言っていたように、まだまだ王様としては認められていないようだ。まあ着任したばかりだし、異例のノーナンバーの王だ。なにかしらの偉業でも成さない限り、なかなか認めさせるのは難しいだろうな。
帝都に来たのはこれが2回目か。智世はゲンサイに捕まった捕虜として。俺はそれを助けにきた時以来だ。あの時はあまり景色を見ている余裕が無かった(今も無いけど)が、こうしてみると流石に立派な都市だ。なんといっても、オリジン以降の時代で最初の国家が原点だからな。
空から見た限り、徹底的に戦争に備えた作りになっていた。頑強な城壁も、複雑に入り組んだ町並も、餓獣対策というよりは人間に対するものに感じられる。おっかない国だ。
「待たせたのである。資料が無事に見つかったぞ」
「見せてくれ」
丁寧に纏められた羊皮紙のような紙の資料をパラパラとめくってみる。間違いない。しばらく研究の手伝いをしていたから分かる。この書き方と筆跡はマクリル先生のものだ。
「妙な真似をすればたたっ斬ると剣で脅しておいた。おそらくは欠損もない、完全な資料である」
「新国王も大変だな」
「ふははは! 望むところである! だからこそ、この世界には消えてもらう訳にはいかん」
ああ、そうだ。長年の悲願を叶えて王様になった瞬間に全部おしまいなんて、あんまりだよな。
「さすが先生、わかりやすく纏めてくれてる。一度に注入できる血液の量、拒絶反応の検査方法、血液の精製も必要なのか。この資料が無ければ死人が出てたな」
「役に立つならば、何よりである」
あとはこれをリリアに渡さないと。さすがは魔女、さすがは年の功。変な薬品を作ってそうなイメージ通り、長すぎる人生の間に何度かそういう知識をかじったことがあるらしい。この資料があれば、きっとすぐにでも利用可能な段階まで持って行ってくれるはずだ。
一抹の不安があるとすれば、おばあちゃんは最新の設備に弱いのがお約束だということだけど、ぱっと見た限りではそんなに複雑な技術は使っていなさそうだったから、きっと大丈夫。だってここまで事細かに記載されているんだから。その細かさに、絶対に失敗できないというマクリル先生の想いを感じる。
本来ならこの研究はロンメルトの為に行われていたんだよな。……よし。
「これで王様も魔力を手に入れて魔法士になれるってわけだ」
「ふおおお! そして魔法と剣術を極めた伝説の魔法剣士になり、魔剣レーヴァテインに選ばれし覇王として--」
なにやら刺激を受けたのか智世の厨二が暴走していたけど、無視。やっぱりこの研究の恩恵を最初に受けるのは、ロンメルトであるべきだと思う。
そしてロンメルトは、一瞬たりとも迷うことなく答えた。
「余は、いらぬ」
智世はハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしたけど、俺はやっぱりかと思った。
「余が剣を振るうは、余自身のためだけではない。世界中にいる、そしてこれから増えていくノーナンバー達に「魔力など無くとも戦える」と。悲観することも、卑下することもないのだと信じさせるためでもあるのだ」
「ここで魔法に頼れば、やっぱり魔法の方が凄いって認めるようなものだもんな」
「うむ。それは余の10年を否定することにもなろう」
それはもちろん分かっているつもりだ。だけどこの戦いは、こういう言い方をするとチープにしか聞こえないけど真実、世界の命運を賭けた戦いだ。そこに個人の感傷が割り込む隙なんて無い。たとえそれが、王としての意義であったとしても。
もしロンメルトが魔法を身につければ、智世の妄想の通り、最高の剣技と魔法を駆使する比肩無き戦力になってくれることだろう。
そんな考えが顔に出ていたらしい。
「お主の言わんとすること、理解しておるつもりである。だが余とて、なんの当てもなく我侭を申しておるわけではない。信じてほしい、友よ。余は必ず、己の道で皆に追いついてみせる」
「……わかったよ」
俺があっさり諦めたのが意外だったのか、ロンメルトが拍子抜けした顔で俺を見てくる。やれやれ、俺のことをどう思っていたんだか。これでも夢やロマンに対しては人並み以上の理解があるつもりなんだけどな。
「王様は自分の信念で強くなった男だ。そんな男に信念を曲げさせて力を与えたって、きっと中途半端にしかならないだろ?」
「ふは、ふはははははははは!! そうだ、そうだとも! 迷いのある剣など、なまくらにも劣るわ! ふはははは!!」
断ることへの後ろめたさからか少し弱まっていた覇気が戻った。これならきっと大丈夫だ。迷わない、曲がらない、その意思の固さこそがロンメルト強さなんだから。
でもまあ、念の為もう1つだけ発破をかけておこうか。
「まあでも、さすがにオリジンを超えるまでは無理だろうけど」
「なんだと! 聞き捨てならんなユート!! 見ておれ、我が剣にかかれば無色の魔力など、ただの透明であるわぁ!! ふーっはははははは!!」
それ、意味一緒じゃないか? まあいいや、気合満タンのようで何よりだ。無理だ無理だと言われ続けて強くなったロンメルトには、これが一番効く応援だと思う……たぶん。
「であるならば余はやらねばならんことがある故、ここで別れるとしよう。兵のことは引き続きケイツ元帥にお任せすると伝えてもらいたい」
「ああ、万全の準備を整えて待ってる。早く来いよ」
「ふはははは! 追い抜いてしまうかもしれんがな!!」
軽く拳をぶつけ合って、別れを告げた。
もしロンメルトが求める強さを手に入れられなかった時、今回の戦いからは外すことになるかもしれない。だけどきっと、そうはならない。根拠なんて無いけどな。
オル君の背に飛び乗る。マクリル先生の資料を持ち忘れるなんてマヌケまもちろん無い。智世もしっかり背中に掴まったことを確認して、オル君は助走をつけて高々と飛び上がった。
空から見下ろすと、ロンメルトは既にこちらに背を向けて歩き出してした。その迷いの無い足取りは、見ているだけで安心感を与えてくれる。王様として認められるのは、そう遠い未来でもないかもな。
「さあ、帰りもかっとばすぞ。しっかり掴まってろよ智世!!」
「安心してほしい。ボクの握力は箸で大豆を掴めるほどにパワーアップしている」
昔は小豆までしか掴めなかったのかな?