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本当に、すまない

「て、たいだ……」


 誰もが呆然自失となる中、ケイツの零れ落ちるような小さな声が聞こえてきた。


「撤退しろ!! 引け、引けぇっ!! 全軍撤退だっ!!! 死にもの狂いで逃げやがれぇぇぇぇ!!!」


 その声に俺達はようやく気づかされた。

 そうだ、逃げなければ。こんな状況じゃ、どう足掻いても巻き返しなんてできない。作戦は実行に移すことすらできず、やけくその突撃すら無謀でしかない。ここにとどまっていても、ただ命が散っていくのを待つばかりだ。


 そうと気づけば、もう止まらない。思い出したように湧き上がる生存本能が体を突き動かし、もはや軍隊の規律も何もなく、一人一人ががむしゃらに逃走を始めた。


 そして追撃をかけてくるオルシエラ軍。急ぎ追いかけて来ることはなく、ゆっくりとした歩調のまま進軍を続け、その片手間のように魔法を撃ってくる。だけどそんな適当に放たれた魔法でも、防ぐことも避けることもできずに兵士達が蹴散らされていく。


 ふざけてる。あの人数に魔力を分け与えて、ここまで強化するなんて。

 そうだった。オリジンは、聖霊の力の残滓が宿った存在だ。そしてテロスもまた、聖霊の人柱。その力を分け与えられたなら、それは正しく人々がオリジンと呼ぶ者と同じ存在だ。


 戦いになんて、なるはずがない。こっちの兵士は1200年もの時間をかけて聖霊の力のほとんどを失った世代なんだ。こんなもの、神々の軍勢に普通の人間が歯向かうに等しい。

 現にこうしている間にも、オルシエラ軍からの攻撃は確実に逃げる連合軍を、あまりにも一方的に、理不尽に削り続けている。


 このままではダメだ。向こうは走っていないからいつかは逃げ切れるだろうえけど、その時には連合軍は半壊してしまっている。


「ジル!!」


 甲高い鳴き声と共に舞い上がったジルが、オルシエラ軍の魔法を喰い散らかす。

 ダメだ、ジルだけでこの範囲はカバーしきれない。100の魔法を喰らい100人を無力化したところで、30万という数の前には無意味に等しい。


 比喩でもなんでもなく、空を埋め尽くす魔法の嵐。

 軍の一部を切り離して囮にしても、きっと一瞬の時間も稼げない。できるとすれば、それは俺だけだ。だけどこの数は、俺もさすがに生還できる気がしない。こんなところで死ぬことはできない。もし、万が一にも俺が死ぬとすれば、それは最悪でもテロスとの相討ちでなければならないんだ。


 無駄だと思いつつも、ジルを飛ばして魔法を食わせる。現状、俺にはこれ以上のことはできない。

 だがそんな抵抗が思わぬ成果を見せた。魔法を喰われ、無力化された味方をオルシエラ軍が「敵」と判断したのだ。


 そうか、魔法と一緒に食らった「無色」の魔力。その有無で敵味方の判別をしているのかもしれない。そうでなければ、あの人数をテロス1人で支配できるわけがない。無色の魔力を持たない人間だけを自動的に攻撃するように指示を与えられた、彼らはプログラムによって動く機械のような状態にされているんだろう。


 突如味方の真っただ中に現れた「敵」に、オルシエラ軍の標的がそっちに移った。すぐ隣に敵が現れたのだから、当然の反応だ。それにより、連合軍への攻撃が弱まった。

 おお、おまけに至近距離で魔法を集中砲火したおかげで同士討ちまでしてくれている。テロスの魔力で強化されまくっているおかげで、同士討ちすらもド派手だ。


「なあケイツ。あれを上手く利用できれば倒せるんじゃないか?」

「……いや、無理だな。あいつを見な」


 ほんの数十秒前mまで仲間だった人間をバラバラに吹き飛ばし、オルシエラ軍は何の感慨も無く連合軍への追撃を再開していた。その中には余波と流れ弾で腕が千切れ欠けているような兵士もいたが、なんら気にすることはなく動いている。あ、千切れた。

 何が起こっても、躊躇も警戒も、怯みもしない。目的はただひたすらに、敵の殲滅。


「一瞬だけ的が変わるだけだ。そこからの発展なんぞ欠片もねぇ。だが、その一瞬も繰り返しゃ時間稼ぎになる。もう一度だ、ユート」

「あ、ああ」


 ジルが魔法を喰らう。魔法を失ったオルシエラ兵が殺されている間に逃げる。これを繰り返せば、とりあえずこの場を脱することはできそうだ。

 ただ、敵を殺すことには慣れてきていたけど、哀れにも操られている人達を、その操られていることを利用して囮に使っていることには流石にクるものがある。……これは余計な考えだったな。




「ふぅ、なんとか逃げられそうじゃな」

「であるな。だがあの火力……どうしたものか」


 オルシエラ軍との距離は、ずいぶん離れた。かなりの被害を被ったが、それでも時間稼ぎができたおかげで、全体から見れば軽微。だけど先行していたセレフォルン軍20万を考慮すれば、半数近い人数が死亡したこれ以上無いってほどの大敗北だ。

 それでも、全滅だけは免れた。だからこそ、どうすればあの悪夢の軍勢と戦うことができるのかを考えることだってできる。



 彼女が来たのは、そんなわずかばかりの余裕が生まれた瞬間だった。


 兵士がざわめく。その視線の向く先は、空だ。

 一瞬遅れて突風が吹き荒れた。敵の魔法かと思ったけど、この断続的な風を俺は知っている。これは、羽ばたきによる風だ。


「リ、リゼット……」


 上空から舞い降り、地上付近でホバリングするように浮かんでいる薄緑のウロコに包まれたドラゴン。そしてそこに跨った、金色の鎧と槍を装備した騎士。


 竜騎士、リーゼトロメイア・ルッケンベルン。


 わかっていた。この戦場に、オルシエラ軍最強と呼び声高い彼女が来ていないわけがないことくらい。だけど、あわよくばと願っていた。異変に気付いて、相棒のアインソフと共にオルシエラを脱出してくれているのでは、と。だけどここにいるということは、彼女は今もオルシエラ共和国の騎士なのだ。

 共に迷宮に挑み、共に戦争を戦い抜いた。けれど今は敵国となった、その彼女がここにいる理由は--


 リゼットの口元がかすかに動く。

 怖い。彼女の声を聞くことが怖いと、そんな風に感じる日が来るなんて夢にも思わなかったことだ。怖くて怖くて仕方ない。

 その声を聞けば、わかってしまうんだ。リゼットが、俺の恋した女の子が、果たして正気なのかどうかが。もしもテロスに洗脳されてしまっていたら、俺は……。


「すまない、ユウト。こんなことになってしまって」


 思わず倒れそうになった。安堵が、緊張していた心の弛緩が身体の力まで緩んでしまったみたいだ。


 リゼットだ。間違いなく、リゼットだ。

 責任感の強そうな、凛とした表情も。俺を気遣うような声色も。この事態に悩む様も。ああ、間違いない。リゼットはテロスに染まっていない。俺が知っているリゼットのままだ。


 良かった。本当に良かった。体だけ操られているってことも無いはずだ。竜に乗るのは案外に難しいからな。テロスなんかが操っている状態でなんて無理に決まってる。それに飛龍アインソフが主人の異常に気付かないはずもない。

 うん、アインソフも元気そうだ。元気に飛んで……疲れるだろうに、なんで降りてこないんだろ?


 そしてリゼットは申し訳なさそうに、俺に槍の矛先を向けた。


「え--」

「本当に、すまない」

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