あれじゃあ、まるで
10日。
それがシンアル奪還戦の準備にかかった時間だ。
世界を消滅させる儀式が一体どれくらいの時間で実行されるのか不明な状況では、かかりすぎと言われても仕方ない、長い時間。だけど50万を超える軍勢が集結するには異例すぎる速さと言えるだろう。
オル君に乗ってロンメルトをガルディアス帝国の帝都に送り届け、集められるだけの兵力を集めて浮遊船でシンアルを目指す。セレフォルンはその間にシンアルの近くにあった対オルシエラ共和国用の城砦都市フォールにて、いつでも戦線を開けるよう準備を進めた。
それら全てが完遂されるのに、10日だ。
「随分早かったじゃねーか、皇帝。もう10日かかってもおかしくないと読んでたんだがな」
「ふははは! で、あろうな。女王の後ろ盾があるとはいえ、ノーナンバーの王では、やはり簡単には従ってくれん」
といいつつも、ロンメルトが浮遊船に乗せてつれてきた軍勢、その総数は実に30万強。なんで戦後間もないのに、あの決戦の時より人数が多いんだよ。
「この戦でもっとも活躍した帝国兵に王位をくれてやると言ったのである!! ふははははは!!」
な、なんて思い切ったことを……。
「いいのか? やっと王様になれたのに」
「ふは、ふっははははは!! 馬鹿を言うでないユート! もっとも活躍するガルディアスの兵は、このロンメルト・アレクサンドル=F=ガルディアスに決まっておろうが!! ふーっははははははははは!!」
お前、この戦いが終わった後にどうなっても知らないぞ。
まあ、でも、この戦いが終わった後に世界が存続していなきゃ意味がないんだもんな。事情を馬鹿正直に話しても信じてはもらえないだろうし、そんな手段を使ってでも兵を集めてくれたんだ。感謝感謝。
しかし、しっかりと「ガルディアス兵」に限定しているところが抜け目無い。そもそも王様の命令で戦うんだから、手柄は最終的に全部ロンメルトのものじゃないか。俺やリリアやケイツはガルディアス兵じゃないもの。
「はっはっ。そうきやがったか。んじゃ、オレ達もそろそろ行くかね。先行した軍はもうオルシエラ軍とぶつかる頃だぜ」
そう、ガルディアス軍が到着した時点で、セレフォルンは既に軍を進めていた。
作戦はこうだ。まず先にセレフォルン軍20万がオルシエラ軍と衝突する。少しすれば混戦となるだろうが、そのタイミングで俺達本軍が到着する。その戦場の動きを見れば、オリジンがどの辺りに布陣しているのかは断定できる、とはケイツが自信満々で語った内容だ。
そして合流した全軍でオリジン達の注意を引き付け、その間に俺と智世でテロスがいるであろう塔へと突入する。
「ボクも残った方がいいんじゃないかな? ほら、兵士の治療が必要だし」
「お前がいるとテロスが狙ってくるかもしれないだろ。俺が塔に入ってから狙われたら、もぬけの空の上に智世は食われてパワーアップされるんだぞ?」
「お尻に噛り付いてでもついてくよ」
別の手段でついてきてくれ。
「行くぞ、全軍前進!! 道を踏み外したオルシエラの糞共に、その報いを受けさせてやれ!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
セレフォルン軍を含む、誰も知らない。これが世界の命運を決めるかもしれない一戦だと。彼らは不可侵を破って聖地を踏みにじった怒りで動いている。
少し、不安だ。慢心がある。オルシエラ一国だけで連合軍が負けるわけがないと。一方的に、圧倒的に蹂躙し、天誅を与える戦いだと思っている。言葉で説明して信じてもらえる内容ではないとはいえ、そんな状態で想定外と遭遇して、果たしてどこまで戦えるのか。
いや、今更それを気にしても仕方ない。オリジンと互角に戦ってもらう必要は無いんだ。気を引いてさえくれれば、あとは彼らがどうなろうと、俺は全て見殺しにしてテロスを討ちに行かなければならない。それが最終的に、全てを救うことに繋がるのだから。
そう言い聞かせている内に、30万の軍勢は迷宮都市シンアルの前に広がる高原へと足を踏み入れていた。
……おかしい。
「静か、じゃの」
「どうなってやがる。これは、静かすぎんぜ?」
そう、静かだ。先に向かった20万の軍勢は、とっくにオルシエラ軍とぶつかっているはずだ。そしてその激戦は、この高原地帯で行われているはずだというのに……戦いどころか虫の声ひとつ聞こえてこない。あるのは異常に気付いた兵士達のざわめきばかりだ。
「もうやっつけた、とか」
智世が楽観的な予想をしたけど、それは有りえない。偵察でここに推定30万ほどのオルシエラ軍が待ち構えていることは確認済みなのだ。数で負けている先行軍が、負けることはあっても勝ってることは残念ながらありえない。そして負けるにしても、オリジンの存在を考慮したとしても、こんな短時間では不可能だ。ゲンサイですら不可能だと断言できる。20万という数字はそれほど軽くはない。
「おいおい、オルシエラ軍が見えやがったぜ? まるで無傷じゃねーか」
「逃げた、ということもあるまいが……。セレフォルン軍の勇敢さは余もよく知っておる」
だけど戦わずに逃げたとしか思えない状況だ。もちろんそれは有り得ない。これは聖戦であり、先行した彼らも怒りに燃えていた。それにオリジンや聖霊なんて化け物が控えていることを知らせていないのだ。逃げる理由が無い。それで逃げるような人間なら、ガルディアスとの戦いの時に逃げている。
「ちっ、薄気味わりぃ。嫌な予感がしやがるぜ」
ケイツが薄気味悪いと評したのは、先行軍が姿を消したことばかりではない。前方に広がるオルシエラ軍だ。30万という、何故かオルシエラ共和国の全軍より多い人数でありながら、同等の数を誇る連合軍を前に1人として動揺する気配が無い。まるで機械のように、ただ静かに整列している。
なるほど、不気味だ。
人数が妙に多いのは民間人も加わってのことだろうが、なんだこの静けさは。近づくにつれ、その辺の民家で主婦でもやっていそうなオバサンまで加わっているのが確認できた。その人も、その近くに立つ女子供も、誰1人として身動ぎ1つしない。
「オリジンの姿は……ここからじゃ分からないな」
「ああ。仕方ねぇ、囮の数が心もとなくなるが、10万ばかしぶつけて様子を見るとするか」
ケイツがすばやく指示を飛ばし、先行軍がするはずだった役目を果たすための部隊が編制される。
「オリジンの所在が分かり次第、各人予定通りに行くぞ? ユート。お前は何があっても振り返ることなく、テロスを目指せ。いいな?」
「わかってる」
雄叫びを上げ、10万の軍勢が丘を駆け下りてオルシエラ軍に突撃した。
対するオルシエラ軍は……動かない? ど、どういうことだ。敵が目前まで迫ってきてもなお、なんの反応も無いなんて--
「--は?」
何の、冗談だろう。
今の今まで猛然と駆けていた連合軍10万に、オルシエラ軍の前列にいた者達の手が向けられた。そして無動作に放たれた魔法の嵐。
悲鳴を上げる暇すら与えず、およそ2万ほどの兵士が飲み込まれた。
「な、なんじゃあの威力は!!?」
リリアが声を上げるのも無理はない。魔力によるゴリ押し。稚拙な魔法に無理矢理膨大な魔力を押し込んで威力を上げたような、乱雑な魔法。
だけどそこに込められた魔力は、到底現代の魔法士のソレじゃない。それどころか--
「ふざけんじゃねーぞ! ありゃあ……あれじゃあ、まるでオリジンじゃねぇか!!!」
技術は稚拙、応用もできていない、下手くそな力任せな魔法。だけど込められた魔力だけ見れば、その1つ1つがオリジンにすら匹敵している。
「テロスは、他人に魔力を分けられる。まさか……」
「お、おい、そりゃあ……」
思わずオルシエラ軍を見る。ずらりと並ぶ、30万の大軍勢。ウソだろ? まさか、これ全員が?
突撃していた連合軍の兵が、あまりのできごとに敗走を始める。それを追い、今まで動く様子の無かったオルシエラ軍が遂に、その一歩を踏み出した。
そこから先は、地獄絵図だった。一撃一撃が命を蹴散らし大地を抉る。それがなんの制約も無く、30万の軍勢から放たれるのだ。生き残った8万の兵が逃げ惑い、やがて死体すら残さず消し飛ばされるのに数分もかからなかった。
テロスの、何者にも染まり適応する「無色」の魔力でオリジンに匹敵するまでに強化され、その意志さえも無に染まった、死を恐れることもなく敵を駆逐する悪夢の軍勢がそこにいた。
体が動かない、心が凍り付く。
俺達は1人残らず、30万人の「無色のオリジン」達に恐怖した。