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気づいてやりたかったぜ

「そうか……オレは、まるで気づいてやれてなかったのか。はっ、笑っちまうなぁ」


 言葉とは裏腹に、ケイツは今にも消えてしまいそうなほどに消沈していた。当たり前だ。ずっと昔から見てきた人が、とっくの昔に食い殺されてすり替わっていたっていうんだから。


「気づかんかったのは、ワシらも同じじゃ。そもそも別人になった訳ではなかったのじゃ、気づくほうが難しいじゃろう」


 テロスに食われ、テロスの中の1人となったアンナさんは、しかしアンナさん自身だ。記憶も、性格も変わらない。ただ考え方や行動がテロスに汚染された、本人そのままなんだ。

 だけど、そんな言葉で納得できるわけがないよな。


「気に病むな、とは言わぬが割り切るのであるな。事態は故人を悼む時間すら許さぬのだ」

「勘違いすんじゃねーよ、ロンメルト王。こんな世界だ、身内の死になんざいちいち気にしてられるかよ。けどよ、それでもよぉ……気づいてやりたかったぜ、アンナ……」


 そうだな、ケイツ。完全にわかるとは言えないけど、その気持ちは俺にもあるよ。

 気づくことは、本当に不可能だったのか。アンナさんのことではなく、琴音のことだ。俺と背中を合わせて戦えなくなっていくことを、テロスの力なんかに頼るほど気にしていたなんて、まるで気づいていなかった。最初はどんな困難も、みんなで頑張れば乗り越えられると考えていた筈なのに、自分の力量が増すにつれて、もっと強くもっと強くと、仲間を守るために俺自身が強くなることしか考えなくなっていた。自分さえ強くなれば、どんな敵からも守れるくらい強くなればと。

 違うよな、琴音。そんなのは仲間じゃない。お前は「助け合おう」っていう最初の約束をずっと守ろうと悩んでくれていたっていうのに、俺はその苦悩に気づいてすらやれていなかった。


 友だ仲間だと言いながら、その絆の隙をまんまと突かれて--こんな無様なことが他にあっただろうか。


「すまねぇ、もう大丈夫だ。事態のヤバさも理解したぜ。ああ、後悔なんざしてるヒマはねぇ。迷宮都市を占拠したオルシエラ軍をぶちのめして、塔の中にいる伝説と神話のバケモンを止めねーと世界そのものが消えちまうんだろ? へっ、いいじゃねーか。どんなに絶望しても、絶望してるヒマがねぇ戦いってのは嫌いじゃねーぜ」


 ごめんな。大切な人の死を悲しんでる時間すら無く、その上でさらに死が蔓延する場所に行ってもらわなきゃいけない。だけど俺には兵士の指揮なんてできないし、軍略なんて考えたこともない。お前にしか頼めない。


「頼りにしてるよ、元帥様。それで、どれくらいの戦力があればテロスの所まで辿り着ける?」

「……難しいな。わりーが、現状思い付く限り、この世界のあらゆる戦力、兵器を集めても、果たしてオリジン10人にどこまで通用するか。女子供老人まで、全人類に武器を持たせて戦わせても全滅する可能性はかけーな」


 そこまでか。いや、妥当なところなのかもしれないな。オルシエラ共和国とセレフォルン王国の戦力は、ややセレフォルン王国が上、といったくらいだったはずだ。戦争直後で疲弊していること、物資が不足していることを考慮すると、セレフォルン・ガルディアスの連合軍でようやくオルシエラ軍を確実に抑えられる目算がつく。だけど、それはつまりオリジン達に兵力を回す余裕はほとんど無いということだ。

 あとこの世界で使える戦力となると討伐者ぐらいだけど、彼らは結局のところ兵士にはなれなかったあぶれ者が大半。何人集まったところで、オリジンの力の前には塵芥も同然だ。


「塵も積もれば山となる。なんて言うけれど、塵でできた山なんて、強い風が吹けば端から飛んでってしまうもの」


 智世が妙に賢し気にそんなことを言ったけど、まあそういうことだな。塵ではなく砂粒、所々に岩。そういった風に最低限の質が無ければ、圧倒的な暴風には意味をなさない。

 正直、俺も軍隊相手ならまだしも、大した訓練も受けていない人間なら何十万人……それこそこの王都の全住民が襲いかかってきても余裕で鎮圧できる自信がある。


「つっても厄介なのはオリジンだけだ。オルシエラ軍の方はどうにでもならぁな」

「ふはは、流石は千戦ケイツであるな。頼もしいではないか!!」

「へっ。こんなもん、200の隊で3000のガルディアス軍を叩きのめした時に比べりゃ、なんてこたぁなーよ。おっと、皇帝の前でする話じゃなかったな」

「構わん。ノースベルト渓谷の戦いであろう。あれはガルディアス帝国においても讃えずにはいられなかったものだ」


 なんかすごい戦いをやってのけていたらしい。同等以上の作戦を立ててくれるなら、少しはオリジンに向ける兵を割けるのかな?


「けどな、どんだけ兵士に余裕ができてもオリジン10人には通用しねーよ。別々にいるならまだしも、連中は一カ所に固まってんだ。団結されりゃ、何百万人いようが勝てやしねぇ」


 俺はガルディアス軍10万と1人で戦って、全滅させることはできなかったけど壊滅状態にまではもっていけた。魔導兵装状態の俺は、並のオリジンよりは確実に強い。これは思い上がりとかではないはずだ。

 それを基準に考えるなら、オリジン1人辺りにつき5万の軍で戦えると思っていたけど……そうか、1人ずつ戦うわけじゃないもんな。互いにフォローできるなら、現代の第9期前後の魔法なんてオリジンにはまず届かない。


「だから、戦わねぇ」

「え?」

「世界消滅ってのはテロスの野郎にしかできねーんだ。この戦いの目的は敵の全滅じゃねぇ、テロスの討伐だ。なら無理にオリジンと戦う必要があるか?」

「じゃな。どういう形でオリジンが戦場に出て来るかはわからんが、小僧がテロスを仕留めるまで足止めするだけならば不可能ではないじゃろう」

「いや、だけどそれじゃ……」


 確かにオリジンの気を引いてテロスから引き離すことはできるかもしれない。だけどその囮になった人はどうなる。

 生半可な敵じゃ、オリジンは釣れない。リリアやケイツ、ロンメルト、それに餓獣を率いるユリウスは確実に気を引けるから、囮役からは外せないだろう。残りのオリジンにも、それぞれ何万という兵を差し向ける必要がある。

 そして囮には十分な戦力だろうけど、オリジンを倒すとなるとリリア以外にはほとんど不可能だ。それはつまり、死--


「だがやらねば、世界そのものが消えるのである。民の明日のためならば、この命、惜しくはない。余は、王であるからな」

「そういうこった。戦って死ぬ覚悟なんざ、兵士になった時からできてらぁ。たまたま生き長らえちまっただけでな」

「ワシはもう十分生きたのじゃ。ここいらで礎になるのが潔かろう」


 結局、俺は仲間を犠牲にしなければテロスの下にすら辿り着けないのか。

 俺にもっと力があれば……と考えるのは傲慢だ。俺1人がいくら強くなったところで、たかが知れている。それはもう身に染みて分かってることだ。


「無いのか? 他に、他に手段は無いのか?」

「時間があるなら、他の手もあったろうがな。だが何をするにしても、年単位の時間が必要だ。その時間が、オレ達にはねーだろう?」


 誰も死なせたくないと思うのはワガママなのか? 犠牲が出るとしても、希望があるだけマシだと思うしかないのか?

 どう足掻いても不可能に思えたテロスへの道を、可能性を、ケイツが示してくれた。その為に死んでやると、リリアとロンメルトが言ってくれた。みんなが居て、初めて作り上げられる道だ。琴音の復讐のためなんかじゃない。この世界の未来のためにと。



「……わかった。みんなの作る道を、俺は行く」

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