だけど僕は、右翼の力を手に入れた
お盆休みで帰郷します。パソコンは持っていけないので、一週間ほど更新できません。
さらさらと、砂状の光になって崩れていく。創世の聖霊に食われ、世界に存在する権利を奪われた証明。
徐々に消えていく琴音に手を伸ばした。琴音もまた、それに応じて手を伸ばす。だけどその手が触れ合うことは無い。今の彼女は消滅した「琴音」の残滓にすぎないのだから。
「ごめん、琴音。救ってあげられなくて、ごめんっ」
あんなに悲しんで、苦しんでいた仲間を、俺は助けてあげられなかった。殺すことで救われることがあるなんてことは認めない。死にたいと願う心も含めて、救ってあげたかったのに……。
『……』
琴音が首を横に振りながら何かを言おうとしていたけど、声を出す権利すら失っている。だけど、読唇術なんてできないけど、それでも分かった。
『ありがとう』と、そう言ったのだ。思わず、怒ってしまいそうになった。お礼を言われる資格なんて、俺には無い。テロスを生んだのも、奴を追い詰めたのも俺の前世で、琴音を救うだけの力が無かったのは、この俺なんだから。
そして琴音は、父親の方へと視線を向けた。その表情はお互いに、寂しそうで、悲しそうだ。
せっかく帰ってこれたのに。せっかく元の暮らしに戻れるはずだったのに。せっかく親と再会できたのに……こんなにも早くに破滅がやってくるなんて。
琴音のお父さんが無意識に呼びかけようと口を開いた。
そこで限界がおとずれる。父親との最期の会話を交わすことなく、琴音の体が光の粒子になって弾けてしまった。そこには一人の人間がいた痕跡なんて全く残っておらず、代わりに鳥の翼の形をした、青い光の紋様がブローチのような状態で結晶化して浮かんでいた。
紋様が動く。元の持ち主の下に戻るために、俺に向かってゆっくりと。
「え? まっ……!」
だけどそれは途中で軌道を変え、無理矢理吸い込まれていくかのように、テロスの方へと引き寄せられてしまった。
「悪いけど、これはもう僕の物なんだよ?」
琴音の魔力に混ざったテロスの魔力の影響だろう。と、考えた所までが俺の限界だった。
「テ、ロォォォォォォォスッ!!!!」
「世界」を砕き、飲み込み、融合した七色の光と、テロスの「無」がぶつかった。
もはや冷静でなんていられない。いられるわけがない。今この瞬間にでもアイツを殺さなければ、この感情は収まらない!
「あっはははは、無駄無駄。世界を壊す「無」の力に、世界をぶつけて勝てるわけないじゃないか」
それが、どうしたっ!! 正論ごときでこの憎悪が収まると思うか!?
世界よ、お前らも何していやがる! アイツはお前らの母親を殺したんだぞ!!
「え? う、うそ?」
じりじりと、テロスの「無」と俺の「世界」の接触地点が、テロス側にズレ始めた。やがて、まるで割れ物に亀裂が入るような音がして、その隙間から流れ込んだエネルギーがテロスの頬を掠める。
「なんで!? これは障壁なんかじゃない、受け止めてるわけじゃないのに! 触れたもの全てを、ただ消滅させるだけなのに、質量なんて関係ないのに!!」
知るか、そんな理屈。そもそも、その「無」だって、もともとは創世の聖霊の物だったんだろう? 分け与えられただけの力で、一体どうしてオリジナルに勝てると思った。
亀裂が広がる。
テロス。お前の境遇には同情する。確かに誰が悪かと聞かれれば、俺ですら「俺だ」と答えるだろう。
だけど、それでも、俺はお前を殺す! 俺のことを許す必要は無い。俺もまた、お前を絶対に許さないからな!!
「ヒッ--!!?」
そしてついに、ガラスの割れるような音と共に、テロスが光の奔流に飲まれていった。
けど、俺の心はまったくと行っていいほど晴れていない。晴れるわけが無いんだ。
琴音との思い出が蘇る。もう二度と、あののんびりした笑顔を見ることはできないんだ。嬉しそうに植物に水をあげている姿を眺めることもできないし、一緒に冒険することも、餓獣と戦うこともない。言葉を交わすことさえできない。
「う…………」
やっとの想いで異世界での目標を果たして帰還したのに、もう誰とも触れ合うことはできないんだ。クラスメイトと再会することもなく、家族で笑いあうこともない。やがて大人になり、恋をして、結婚して、子供ができて……そんな未来も、全て失われてしまった。
「うぅぅぅ、ぅぅ」
また会おうって約束したのに。今度はみんな連れて遊びに来るって約束したのに。
--俺がこの手で。
「うああああああああああ!! あああああああああああああああああああああああああ!!!」
どうしてだ! どうしてこんなことに!!
前世が身勝手な真似をしたからって、どうして俺達がこんな目に合わなければいけないんだ!! ああ、やっぱり復讐なんてくだらない。晴れることのなかった感情が行き場を失っただけじゃないか。
「は……は。い、今のは危なかったね」
憎悪がむくりと鎌首を持ち上げた。
「あと一瞬、姉さんの力を取り込むのが遅れていれば、間違いなくこの世から消し飛ばされていたところだったよ」
濃霧のように空中に漂っていた魔力の残滓を吹き払い、テロスが青ざめた様子で姿を現した。
さっきまでと姿が違う。全身を覆う真っ黒なローブと、その隙間からのぞく金色の鳥足はそのままだが、その背中には青く輝く鳥の翼--さっきテロスに奪われた紋様をそのまま巨大化させた形の翼が備わっていた。その位置は、右翼。琴音の起源、育みの聖霊シイルがジルから授かった、創世の鳥の右翼だ。
「所詮僕達は魔法士でいうところの第一期ということなんだね。相性だけでは埋められない、オリジナルとのどうしようもない差。だけど僕は、右翼の力を手に入れた」
テロスが誇らしげに、見せびらかすように翼を広げる。それによって巻き起こった風は、まるでテロスに忠誠を誓うかのようにテロスの周りで揺らめいた。
「さすがに姉さんのようにはいかないか。ま、僕は生みの親でも育ての親でもないから当たり前だよね」
だが兄として従わせることは多少なり可能なようだ。
面白い。面白いじゃないかテロス。お前、琴音の力で俺の攻撃を防いだのか。よりにもよって、琴音の力で、俺と戦おうって言う気か!!
「--殺す」
虹色の光をテロスに叩きこむ。だけど琴音の力でいくらかの力が離反していく状態では、テロスの「無」を突破できない。
「無駄だよ。四等分されてた聖霊の力の半分が今の僕には宿っているんだ。オリジナルとはいえ1つ分だけで突破なんてできるもんか」
視界が歪む。涙が止まらない。ずっと側にあった琴音の魔法が、テロスの物になって俺に牙を剥いている。そのことが悲しくて、悔しくて……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「無駄だって言ってるだろ!」
光が弾ける。完全に無効化された。そしてテロスには……傷1つ付いていない。それでも、諦めるなんて選択肢は無いんだ。
「ジル! もっとだ--」
「よすのじゃ、小僧!!」
リリア? なんで止める。こいつを殺して琴音の仇を討たないと--
「ちぇ、気づいちゃった。このまま面白いものが見れると思ったのになぁ」
ここは、どこだ?
枯れ果てた地面。そこに降り積もった、枯葉。干からびた木々。そして地面に倒れて息苦しそうに呻いている、みんな。
「あと数十秒も世界を削って攻撃し続けていれば、そこの人間達の生命力も奪い殺してたトコだったのに」
そんな風に、テロスが残念そうに呟いた。
そうだ。俺の力は「材料」あってこそ。無作為にエネルギーをかき集めて放出する、さっきまでの攻撃では、俺の近くにいるものが真っ先に搾取の対象になるんだ。
俺は、感情のままに暴走して、あと一歩でみんなの存在すら食い散らかすところだったのか。
「さて、父さん。まだ僕に攻撃を加える覚悟があるのかな?」
愚問だ。仲間の敵討ちのために、仲間を殺す。本末転倒も甚だしい。
「あは、あっはははは! 逃げるよ? 僕、逃げちゃうよ? 攻撃しないの? ねぇねぇ?」