思うじゃん
魔法の訓練は午後からということになった。
太陽の位置からして、朝の10時頃か。ボーっとしていたら、部屋に琴音がやって来た。
琴音は、例の魔女の予見で見たという俺達の姿に合わせて用意していた、と昨日渡された服を身に着けている。緑色のワンピース型の服の上に白地に緑のラインが入ったベストを重ね、二の腕まで包む手袋をはめている。あの長靴にしか見えないブーツさえ無ければ、こんな農作業用みたいな雰囲気にはならなかったろうに。完全に雑草と関連付けられている。
首から下げている革袋には、植物の種でも入っているんだろうか。
「行きたい所があるの。そこで話したいこともあるし……付き合ってもらえないかな?」
「いいぞ。ちょっと待ってて」
一旦部屋を出てもらって、俺も着替える。
魔力の色に合わせた青い服だ。ややジャージっぽいデザインだが、左肩に防具の肩当があり、右半身は白のマントで覆われている。このマント、すごく邪魔だ。グルグル腕を回して巻きつけると、鳥を乗せても痛くないよと説明されたが、そもそもジルはそんな凶悪な鉤爪をしていない。茶色い皮のブーツは少し硬いけど、その内なじむだろう。
準備を終えて、部屋を出る。
黙って歩き出した琴音の行き先は、多分あそこだ。
城の敷地の片隅。一般にも開放されたその場所には、無数の石碑が立ち並んでいる。
ここは国に殉じた者達の眠る場所。それは革新的な政治を行った者であり、国敵の強者を打ち取った英雄であり、民衆に奉じた聖人であり、命を賭して人を護った男達であった。
そして昨夜の騒動の中、琴音を庇って亡くなった兵士達もまた、埋葬されている。
「葬儀、あっさりしたもんだったな」
琴音を救出に突入した5人の内、最初の攻撃で倒れた3人は一命を取りとめたが、最後に琴音を脱出させようと尽力した二人は助からなかった。
国賓を守って殉死した彼らは国葬として丁重に埋葬されたが、こちらでは土葬が主らしく、朝の数時間足らずで終わってしまった。
俺達は遺族と顔を合わせるべきじゃないと、遠くの窓からそれを見送った。
「奥さんだったのかな? 泣いてたね……」
遺族には詳細は伏せられた。理由は教えてもらえなかったけど、想像はつく。彼ら、あるいは彼女らには、城に攻め込んだ奸賊から高貴な方を守り抜いたと伝えられたらしい。
だが琴音の目を見ていると、その気遣いは無駄に終わるだろうなと予想できる。
そして彼らの眠る慰霊碑の前に立ち、琴音は言った。
「私……戦争に行くかもしれない」
それはやっぱり、予想通りの言葉だった。
「もちろん、戦争が起こらないなら行かないよ? でも、起こったら……この国が攻め込まれて、あの遺族の人達が危なくなったら、知らない顔なんてできないよ」
俺達の事が遺族に伏せられたのは、多分恨みを買わないようにするためと……こうならないようにする為だ。アナタの大切な人は、オリジンを庇って亡くなりました。そう聞かされたら、責任を求めてくる。じゃあもちろん、私達を救ってくれるよねと。命がけで報いてくれるよね、と。
面と向かってそれを言われて、無視するのは難しい。だから伏せられ、葬儀への参加も止められたんだろう。
だけど結局、琴音は自分で同じ答えに至ってしまった。
「お前に人は殺せない」
だけどそれは無茶ってもんだ。
琴音の魔法は強い。風の魔法で空から水を撒けば、周囲一体全てを味方にできる。個人で軍隊とだって戦えるだろう。だが、その全てを殺さずに無力化するのか。そして全員を捕虜にして、世話をして食わせていくのか。
「捕まえたって、処刑されるだけじゃないのか? それを捕まえた本人のお前は、自分が殺した訳じゃないって言って割り切れるのか?」
「…………」
琴音が無言でうつむく。だが俺は止まらない。
「殺せたとしても、今度はそっちに責任を感じるだろ、琴音は。一生帰れないぞ、それじゃ」
琴音の性格で、戦争なんて無理だ。
戦争。命の奪い合い。俺達はそれがどれほどの地獄なのか、まるで知らない。学校で散々聞かされた戦争の話なんて、所詮又聞きの又聞き。何が起き、どんな風景だったのかは知っていても、舞い上がる煙の苦しさを、炎の熱さを、死体の臭いを、恐怖を、俺達は知らない。
知らないのに怖い。だからこそ、怖い。そんな所に、こんな大人しい普通の女の子を行かせられる訳がないじゃないか。
「だって! じゃああの人達は何の為に私を守ったの!? 友達でもない、国民でもない、ただやって来て、帰っていくだけの人の為に死んだの!? 命をかけられるだけの意味がある人間にならなきゃって……そう思うじゃん!!」
戦争以外で貢献すればいい、とは言えなかった。
琴音の魔法は、あらゆる場面で活用できる。真っ先に思い浮かぶのは、作物を成長させることで食料を生み出したり、土壌を豊かにしたりといった事。平時戦時問わず、それは大勢の人に感謝されるだろう。だが、敵国に負ければ全て奪われ、失われる。
戦う力を持ちながら、敵を無視して「頑張ったよ」なんて誰が認めるものか。
琴音はきっと止まらない。そして壊れていく気がする。そんな彼女に、俺はどうすればいいんだろうか。
黙って見送るのは論外として、止められないなら、そもそも戦争が起こらないようにする? 有り得ないな。戦争を回避するなんて、政治の知識もなく、権力もない高校生にできるとは思えない。なら……。
昨日のケイツの言葉が蘇った。
一緒に行って、互いに守り合って、護り抜け。
「俺のドラゴン探しに付き合ってもらって、俺は琴音の目的に付き合わない……なんて話はないよな」
琴音が顔を上げた。複雑そうな表情しやがって。俺を巻き込めないと思いつつ、期待してしまってたって感じかな?
「俺だって人を殺す覚悟なんか無いぞ? 俺の魔法なら、琴音の望み通りの結末に持っていけるかもしれない」
「悠斗君の魔法……あ」
俺の魔法は、相手の魔法を食って奪う魔法だ。食われた魔法は吐き出されるまで持ち主の元には戻らない。攻め込んで来る奴らの魔法を全部食ってしまえば、戦いたくても戦えないだろ。餓獣から町を守る戦力も確保しなくてはならない世界で、送り込んだ兵士が次々と無能にされて帰ってくるのは大問題になるはずだ。
もちろん、希望的観測で、そんなに上手くいくとは思ってない。だけど戦争回避以外で最も平和的解決はこれくらいしか、今は思い付かない。魔法を奪われる兵士は気の毒だけど、死ぬよりはマシと思ってもらおう。
「琴音の魔法は守るために使え。暴れる奴らは、俺が武器を取り上げて黙らせる」
「……ありがとう」
ドラゴン探しに付き合わせる代わりだってば。
「っていうか戦争起きなかったら何にも無しだからな? ドラゴンだけ見て帰るからな?」
「帰る方法見つかったら、だけどね」
しかしこの国の王様、幼女だからなぁ。戦争回避できるか不安だ。
アルスティナの姿を思い浮かべる。……どの道ほっとけなかったかもな。
「ま、帰り方も戦争回避も国に任せて、俺達は何があってもいいように魔法の使い方を覚えよう。何をするにも、まずそこからだろ」
「うん! 訓練、頑張ろうね!!」
「その前に飯だな」
この世界のことなんて何にも分かってない俺達が下手に考えたって意味は無い。
セレフォルン王国がピンチになったらできる限り助ける。それだけ胸に留めて、あとは目一杯この世界を楽しもうじゃないか。
魔法も、ドラゴンも、ここには楽しそうなことが沢山あるんだから。