敵に背を向けるなんて
「僕の目的? もう、ほとんど言ってるようなものだと思ってたんだけどなぁ」
ダメな子供を見るような目で見られたけど、知ったことか。
もちろん予想はついているし、当たってもいるだろう。けどこれは「たぶん」のまま進めていいものじゃない。本人の口から、はっきりと聞きたいのだ。
「僕は終焉の聖霊。この世界を終わらせる為だけに生まれた存在。父さんから託されたその使命だけが僕の存在理由」
「お前の父親は、この世界が滅びを望めばって言ったんじゃなかったのか?」
「知った事じゃないんだよ、そんなこと!」
憎悪の篭った視線を受けて、思わず後ずさっていた。
「僕が生まれてから最初の転生まで何年かかったと思う!? 1000年だよ! 果たせもしない使命を与えられたまま1000年も放置されたんだ!! そして餓獣共が人間を襲い始め、恐怖が蔓延し、ようやく使命を果たせる時が来たと思えば……父さん達の力を持ったオリジン達が救ってしまった! ならばいっそ、オリジン達を争わせて再び世界を恐怖で満たそうとすれば、今度は父さん本人に邪魔をされた!! 気付いていたよ。あの時、僕が原初の塔にいるとアラン・ラーズバードに情報を漏らしたのは父さんの仕業だろう!?」
こんな得体の知れない奴の居場所なんてよく掴んだなとは思っていたけど、そういうことだったのか。まあ、もう一度転生を試みようとしていたってことは、当時の聖霊はまだ人間になることを諦めていなかったのだろうから、そりゃあ世界を滅ぼされちゃ堪らないよな。
「自由に夢を追いかけてばかりの父さんには分からない! 使命に縛られ、囚われ、何千年もの間を虚無に漂った僕の苦しみを!! 僕の目的? 決まってる! こんな世界、消してやるのさ!! そして父さんもだ!! 力が戻った今、徐々に記憶も戻ってくるだろう! 自分の罪深さと愚かさを思い知ってから消えろ! これは使命と、復讐だ!!!」
琴音がテロスから聞いたっていう「テロスの行動は俺達の力を引き出すためだった」っていうのは、そういう理由か。復讐の相手が何もかも忘れてのほほんと暮らしているのがガマンならないから、全部思い出した上で殺すために、聖霊の力を目覚めさせ、思い出させようとした。
だけど悪いなテロス。そんな記憶、これっぽっちも湧いてくる気配が無い。隣に「ジル」という名の小鳥がいる以上、まったくの見当外れだったっていうことも無いのだろうけど、ひょっとすると記憶とやらは全部ジルの中にあるんじゃないか?
きっと琴音と智世もだろうと思った。しかし……。
「あ……」
琴音が涙を流していた。本人もその理由がわかっていないらしく、頬を伝う雫を手でふき取って、不思議そうに首を傾げている。
「なに、これ? 罪悪……感?」
「やっぱりシイル姉さんが一番早かったみたいだね」
琴音は本人の言葉通り、罪悪感に押しつぶされそうになっているような様子で、とてつもなく悲しそうに涙を流し続けていた。
どうして琴音だけ? それが聖霊の記憶によるものだと言うのなら、何度もジルと同化している俺の方が影響が強いものと思っていたけど。
「悲しんでくれるってことは、姉さんは分かってくれたんだよね? 助けてよ姉さん。父さんが僕を苦しめるんだ。手を、貸してくれるよね?」
それはまるで悪魔の囁きだった。心の隙間に入り込もうと企むように、優し気に、しかし責めるように言葉を投げかける。その声を拒むために、琴音は両手で耳を塞いで首を左右に振った。
「やだ……嫌だよ。そんなこと、できないよぉ」
「いいや、手を貸してもらう。嫌でもだ」
魔力を練る。語りかけるのは、光。油断しきったヤツの脳天を、光速の一撃をもって狙い撃つ。
「もう十分だ。黙れ」
「邪魔になれば、もういらないかい? 父さんのそういうところが、僕は嫌いだよ」
光が霧散した。いや、これは……無くなったのか。
「父さんは、自分勝手だよ。自分の夢ばっかり優先して、自分の意志ばっかり押し付けて。それがただの人間なら、それでも良かったかもね。でも父さんは聖霊なんだ。夢を見れば世界が創られ、淋しければ同族が生まれ、生まれ変わろうとすれば世界が歪み、おせっかいで世界が終わるんだ。そんな力を持った存在が、個人の感情で自由気ままに動く、その恐ろしさが分からないのかい?」
わかる。知能があれば、どんな馬鹿にだってわかる。だけどそんな前世の話で責められたって、そんなの俺にはもうどうしようもない。
俺にとって問題なのは、そんな終わった話じゃなく、お前が琴音を苦しめようとしているということ。世界を終わらせるというお前が、俺達の敵だということだ。
「本当にその危険性を理解できるなら、夢も見ず、願いも持たず、憧れも抱かず……無限の虚無へと消えてしまうべきだったんだ」
テロスの怒気が膨れ上がった。
な、なんだこれ? あのゲンサイですら、ここまでの気配は感じなかったぞ!? 近くにいるだけで命を削られていきそうな、何千年という年月をかけて凝縮された凄まじいまでの怒りか。
背後で誰かの倒れる音がした。おそらくは智世の母親や、琴音の父親、中田だろう。この気迫の中では常人が気絶したとしても、なにもおかしくない。
真っ先に武器を構えたのは、リリアだった。見た目そのままな行動を取ることはままあるが、こういう時の対応の早さには、やはり年の功を感じさせられる。
その次に反応したのは、ロンメルト。精神の強さでは頭一つ抜きんでているからな。だけど目立たないよう鎧を装備せずに来ていたせいで剣を持とうにも持てず、歯噛みしていた。
そして俺もまた、魔導兵装を身に纏ってテロスの攻撃に備えた。
以前までのように行くと思うなよ、テロス。お前と最後に戦った時から、俺はずっと強くなった。ゲンサイに勝ったことによる自信もある。お前が本当に本物の聖霊だったとしても、あの規格外と隔絶するほど強いということはないだろう。
「さすが父さん、大した余裕だね。敵に背を向けるなんて」
「なにを……?」
敵なら目の前にいる。増援を呼んでいるようなそぶりも無かった。なら何のことだと思った瞬間、背後からの衝撃に吹き飛ばされて地面に転がっていた。
仲間がいたのか!? それともまだ俺の知らない能力があったのか!?
「……え?」
慌てて体勢を立て直し、振り返る。だけどそこには敵の姿なんて無かった。
血を流して倒れる、智世の母と中田。そして信じられないものを見た様子で震える琴音の父。その隣には、倒れた2人の返り血を浴びて真っ赤に染まった……琴音。
「え?」
風がうねる。琴音の魔法でコントロールされた時と同じ動きだ。それらが殺意を込めて刃を形作り、俺に向かって放たれた。