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影話・鳥と人(後編)

 青年が伴侶として連れてきた女性はお世辞にも美しいとは言えない容貌だったが、青年にとっては世界で一番の女性だったらしく、誇らしげだ。

 それは女性も同じようで、不便な山小屋での暮らしでありながら、2人は幸せそうな毎日を送っていた。


 3羽の存在に初めは驚いた女性だったが、今では大変な可愛がりようだ。3羽も「かわいい」とはどういう意味だろうと思いながらも、青年とはまた違う方向でのちやほやを面白がっている。


 それから1年近くをかけて、青年は新しい家を作った。

 本業ではないため町の大工達の手も借りながら完成した家は、こんな山のふもとには不釣り合いなくらい立派なもので、巣が大きくなったことに鳥達も満足げだった。


 そしてその家の中に、生命力に満ちた泣き声が響く。女の子だった。家を新築したのは結婚を機としたことと、新しい家族を迎えるためだったようだ。


 青年と妻が、幼い無垢な命を胸に抱いて微笑みあう。とても、幸せそうな光景だった。






 そして遂に、3羽の鳥と青年の家族との暮らしが終わる時がやってくる。



「なんて、ことだ……」


 苦しげに呻き、青年が窓から外に広がる森の奥を睨んでいる。そこには同じように家を睨み返す、薄汚れた複数人の男達の姿があった。

 その男達の目を、雰囲気を、青年は知っていた。数年前に身をもって覚えたものだ。


「急いで隠れるんだ。絶対に見つかっちゃいけない」

「あなた……」

「隠れるんだ!」


 木を切る為の……事実それ以外の用途で使ったことの無かった斧を掴む。その手は小刻みに震えていた。

 切る、という動作はそれこそ料理人の次くらいに経験してきた木こりの青年だったが、人を切った経験は皆無。反面、外にいる男達はソレに関してはベテランの域に違いない。


 手の震えはやがて体全体へと伝播していき、青年は無意識に3羽の鳥へと顔を向けていた。それはもう、無様という他ないくらい情けない顔で。


 だけどジルも、シイルも、メルも、どうかしたのかい? と尋ねるように男を見つめ返した。もちろん状況は理解している。だけど3羽の目的は観察であって、救済ではないのだ。最初に青年を助けたのだった、その後の様子を見てみたかったからに過ぎない。


「っ--オレは馬鹿か」


 あきらかに無関心な様子の鳥達に、青年は自分を叱責した。

 もし本当にあの鳥達が神霊の類だったとして、どうして助けてくれなどと言えるのかと。既に一度は命を救われているのだ。その恩が身の回りの世話程度で返せるはずもなく、何度も何度も無条件に救ってくれる神など、どんな神話にも居はしない。




 一方でジル達は、どうして早く逃げないんだろうと思っていた。

 状況は絶望的だ。斧という立派な牙を持っている青年だが、こんなへっぴり腰では以前と同じように屍をさらすだけだろう。ならば1人でも生き残る可能性に賭けて、妻とバラバラに逃げるべきだ。まだ走れない赤ん坊は体力のある青年が抱え、今すぐにでも逃げなくては。

 だというのに逃げ足の遅そうな女性の方に子供を預け、あまつさえ戦う能力も備わっていないくせに立ち向かうなど、みすみす生存できる可能性を減らしているとしか思えないのだった。


 何年かばかり人間を観察した3羽だったが、いまだにその心理は理解できなかった。




 そして家の扉が侵入者の手によってゆっくりと開かれた。



「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ぎゃぁっ!?」


 先走った青年の斧が扉に突き刺さる。だがさすがは斧、さすがは木こり。斧は木の扉を軽々と砕き、その奥にいる盗賊の胸を深々と切り裂いていた。その深さと出血から見て、ほとんど即死だったことがわかる。

 斧を振りかぶった時からずっと目をつむったままだった青年がその瞼を開き、血まみれになって倒れた盗賊を確認して喜んだ。


「や、やった…」

「おお、やってくれやがったな」


 うかつにも扉に近づいた青年の肩に、粗い作りの矢が突き刺さった。そして壊れた扉から、錆だらけの剣を担いだ大男が怒りを露わに家の中へと足を踏み入れた。続いて何十人という男達がなだれ込む。やはり最初から勝負にもならない戦力差だったのだ。


「うう……い、痛い。肩がぁ……うううぅぅ」

「くそが、食われるだけの獲物の分際で歯向かいやがって。簡単に死ねると思うんじゃねぇぞ?」

「お頭、女だ! 女がやしたぜ!!」


 家の中を荒らしていた盗賊の1人が、物置に隠れていた青年の妻と子供を引きずって連れて来た。鳥達は、やっぱりこうなったかと様子を見守る。


「けっ、大した女じゃねぇが、まあ穴がありゃなんでも構わねぇか。ひひ……よし、てめぇの目の前で犯してやるよ」

「や、やめ……やめてくれぇぇぇぇ!!」

「がっははははは。おい、コイツを縛っとけ! よぉーく見える場所になあ」


 ボスの命令で配下の男数人が青年の両手を荒縄で縛りあげ、家の柱にくくり付けた。それでもなお妻と子のもとへ行こうともがく青年の手首は既に血が滲んでいる。


「ガキはどうしやすか?」

「ああ? そこまでちいせぇと売ることもできねぇな。殺せ殺せ、邪魔なだけだ」


 もう興味は無いとばかりに、大男が青年の妻に覆いかぶさる。そして配下の男も早く仕事を片づけて見物しようと赤ん坊に剣を向けた。


「やぁぁめろおおおおおおおおおおおおお!!」

「うおっ!?」


 子供に剣を向けていた盗賊に、青年が飛びかかった。その両手首は荒縄に縛られていたのを無理矢理引っ張ったせいで肉が削がれ骨が見えている。左手など、右手よりきつめに縛られていたのか骨が露出して手首が千切れかけている。

 その状態に、さしもの盗賊達も怖気づいたのか後ずさった。


 ぐちゃぐちゃになった手で我が子を抱え、なおも妻を捕まえている大男を睨む青年。大男もまた、その様相に気後れしているようだ。


 それは、3羽の鳥達も同じだった。

 子供を守るために親が自分を危険にさらすという動物は、いる。だが自分の手足を引きちぎってまで助けようとする動物など、聞いたことがなかったのだ。


 そして鳥達はついに理解した。自分達が興味を持った、人間という生き物の秘密を。人間だけが持つものを。


 心だ。

 理屈を無視し、本能をねじ伏せる。それは他の生物達とは一線を画す、明確な心、精神があってこそ可能なのだ。

 ただ知性だけでは手に入らない、それを鳥達は身をもって知っている。彼らもまた、最終的には知性よりも本能を優先する。人間ほど激しく輝くような心は持っていない。


「あ? なんだ、この鳥--」


 ジルが飛び立ち、盗賊達を消し去った。

 この世界を作り上げた創世の鳥にとって、作り上げた世界の一部を消去することなど動作も無い。

 メルが青年の傷を癒す。そしてシイルが青年の肉体を進化させる。どんな外敵からも家族を守れるようにと。


「ジル、シイル、メル……やっぱり君達は。いや、貴方様方は」


 引き起こされた奇跡に平伏し、青年が鳥達を--創世の聖霊たちを仰ぎ見る。

 「心」を教えてくれた礼を果たした3羽は一声「ピィ」と鳴き、それを別れの言葉として大空へと舞い上がった。


 3羽の頭を占める思いは同じだ。

 欲しい。自分達も心が欲しい。それを手に入れれば、もう退屈することはない。何気ない日々に幸せを感じ、ささやかな出来事に一喜一憂できるのだ。愛を育み、子を産み、小さな世界のあまねく全てが幸福に感じられるようになるのだ。時には苦難も来るだろう。だけどそれすら、聖霊達にとっては羨ましい。



 人間になろう。



 世界を創った力を使えば、人間に生まれ変わる秘術を創ることも難しいことではない。

 生まれ変わるのだ。1人の人間として生きるのだ。


 新しい夢を描いた3羽の目は、爛々と輝いていた。

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