表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/223

影話・鳥と人(前編)

 3羽の鳥が空を飛んでいた。


 1羽は青い、小さな羽の鳥だ。その両翼は力が弱いのか、時々羽ばたかないと失速してしまうようだった。

 1羽は緑色の羽毛。右の翼だけがやや大きくバランスが悪そうだが、慣れているのか上手に飛んでいる。

 1羽は真っ赤な羽。緑の鳥とは反対に左の羽が大きいが、同じく器用に飛んでいた。


 彼らは少し、退屈していた。

 青い鳥は退屈には慣れっこなはずだったのに、しばらく楽しい時間が続いたせいか、今更退屈な日々に戻ることが嫌で仕方が無い。

 緑の鳥と赤い鳥は、青い鳥に生み出されて以来ずっと忙しくしていたせいで、自分たちの仕事が終わって以降はやることも、やりたいことも無くて困っていた。


 その日もまた、特に理由があったわけでもなく、ただただ退屈を紛らわせるために自分達が作り上げた世界を眺めていたのだった。



「ピィ?」


 それに気付いたのは偶然だった。

 木々の隙間からわずかに見えた、人間という動物の体。その体が血に染まっていたことから、他の獣にでも襲われたのだろうと思ったのだが、その体に突き刺さっている物に気付いた瞬間、好奇心が3羽を引き止めた。


 血を吸って赤くなった地面に倒れ伏す20年も生きていなさそうなオスの個体。その胸には1本の細い棒……人間達が槍と呼ぶ武器が突き立てられていたのだ。


 人間が人間を殺したようだ。だが人間は共食いはしない種だったはず。そしてこの周囲に人間の巣は無いのだから、縄張り争いということもない。では何故この人間は殺されているのだろう。そんな興味だった。


 理由を知ったからとて何があるわけでもないのだが、退屈だった3羽はたわむれに人間を生き返らせることにした。そういえば最近(ここ数万年ほど)は人間の生息数が飛躍的に伸びているようだし、その理由を探るためにもたまには1つの種を観察してみるのも面白そうだと考えたのだ。


 まず青い鳥がピィと鳴いた。するとすでに消滅していた人間の魂が再構築された。おそらく内容は変わっていないはずだと青い鳥は自分の完璧な仕事に満足気だ。

 次に赤い鳥がピーと鳴いた。すると破損していた肉体がみるみる再生し、生命の輝きを取り戻した。

 最後に緑の鳥がピッと鳴き、血を失い弱っていた肉体に活力を与えた。


 そうして人間は蘇る。

 ううっ、と少し苦しそうな声を出しながらも、ゆっくりと体を起こした。


「ごほっ--」


 人間が血を吐いた。はて、失敗したのか? と一瞬首を傾げた3羽だったが、どうやら死因となった傷の血が食道に溜まっていただけだったようだと一安心。


「お、オレは……死んだのではなかったのか?」


 槍が刺さっていた場所を触りながら、青年は困惑の声を上げる。だが失った血は補完したものの、血に染まった衣類や地面はそのままだ。自分が確かに死んだことを確信した青年は、ではなぜ生きているのか、そのヒントが無いかと無意識に周囲に目を向ける。


 自然と、青年と3羽の視線が交差した。


「な、なんだこの小鳥達は……こんな色の鳥は見たことが無い」


 部分的に青や赤、緑の鳥ならば珍しくはない。だけどこの3羽は、原色そのままと言っても過言ではない色合いだった。自然溢れる時代、多種多様な動物と触れ合う機会に恵まれた環境で育ってきた青年だからこその驚きだったと言える。詳しくない者なら「珍しい鳥」程度にしか思わなかったはずだ。


「なんて不思議な……。この身に起きた奇跡といい、神霊の類かその御使いに違いない」


 理解できない不思議な現象が起きた時、代償行為として自分が納得できる言い訳を考えて信じ込むのは人間として自然な行動だ。そして史上稀なことに、その妄想は的中していた。そして青年の妄想は続く。


「むむ! 羽の動きがおかしい! ケガ……をしている様子は無いな。まさかオレを助けるために!?」


 偶然は二度は続かなかった。どうやら3羽がそれぞれ翼にぎこちなさを抱えているのを、自分を救うために身を削って奇跡を引き起こしたのだと考えたようだった。


「なんということだ。いいえ、ご安心ください。不自由のないよう、この人生を捧げさせていただきます!」






 青年は木こりだった。人間達が生活で使うための木材……家を建てる木材のような大規模なものではなく、生活で使う釜戸の薪を集めたり、木製の小道具などを作っては近くの町に売りに行く。普段は山の麓の小さな家で1人で過ごすという、つつましい暮らしをしている。


 3羽の小鳥を連れ帰った青年は甲斐甲斐しく世話をした。

 念のため家畜の医師を呼んで翼を診てもらい、薪を拾うかたわらで木の実などを探して献上する。小鳥達は最初は喜んでいたのだが、次第に退屈し始めていた。翼が悪いからと家から出してももらえないのだから当然だ。


 そろそろ出て行こうか。


 退屈しのぎに青年についてきたのに、より退屈になっては意味が無い。青年が死んでいた理由も、ただ盗賊に襲われただけという謎も何もないものだということも、出会ったその日の内に青年本人から聞かされている。

 あるいは本物の神霊を囲ったと現存の宗教のトップに立つなり、新しい宗教を始めるなりするかと想像していた3羽だったが、根が真面目なのか、木こりの青年はかれこれ1年たっても木こりのままだった。


 何も言わずに行くのも悪い。きっと心配し、そして何か粗相があったのではと自分を責めるはずだ。言葉は話せないが、それと分かるように青年が帰り次第ここを去ろうと3羽は決めた。


「ジル! シイル! メル! 聞いてくれ、ああ今日はなんて素晴らしい日なんだろう!!」


 家に飛び込むように帰ってきた青年は有頂天だった。なにかと表現が大げさな人間だったが、これほどまでに浮かれている様子は3羽の記憶に無かった。

 だがどうせ大したことではない。なにせ1年間、おそろしいまでに変わり映えしない日々を送っていた人間だ。育てていた花が咲いたとか、そんなことだろう。と思いつつも3羽は黙って聞くことにした。やけに嬉しそうにしているのが気にならないでもないし、「名前」をくれた恩もある。最後に話くらいは聞いてやろう、と。本来なら恩があるのは逆なのだろうが、そう思ってしまうほどには名前という概念に驚かされたのだ。


「好きな人が出来たんだ! 初恋だよ! こんな感情があったなんて、知らなかった! 今日ほど人間に生まれて良かったと思った日は無いよ!!」


 3羽は首を傾げた。好き? 恋? 感情?

 好き、は分かる。昨日食べた木の実はおいしいから好きだが、今日の朝に食べたのは苦くて嫌いだったからだ。感情というのは3羽には希薄にしか持ち合わせていなかったが、人間と1年暮らしたことで多少の理解はある。

 だけど「恋」だけは想像もできなかった。


「はは、わからないよな。きっとこれは人間にだけ与えられたものなんだ。君達ならもしかしてと思ったんだけど」


 神霊の類だと思っているにしては失礼な言い方だが、もはや青年は3羽を普通の鳥のように扱っている。なにせあの日以降一度として、3羽は聖霊の力を振るっていないのだから。半年ほどで、もしかして自分の勘違いで普通の鳥なのではと考え始め、今ではコレだ。だからといって3羽を放り出さないのは、一人暮らしの青年にとってかけがえのない家族になっていたからなのだが、3羽はお人好しなのだとしか思っていなかった。

 だがそのお人好しっぷりを不思議には思っていた。だから今回の話に3羽は興味を引かれた。


 人間にしか無いモノ。ただの鳥だと思っているのに世話をしていたのは、そこに理由があったのかもしれない。

 ようやく面白くなりそうだと、3羽は青年の家を去ることをやめた。



 それからまた時間が過ぎていく。だけど以前とは違い、淡々とした変わり映えのない日々ではない。

 青年は以前よりこまめに、頻繁に町へと下りるようになった。今まではある程度まとまってから売りに行っていたのに、今では一回で使い切ってしまうような薪でも町へと売りに行っている。それはもう、毎日毎日。

 そして帰ってきては語り聞かせた。あの子が笑ってくれた。話しかけてくれた。長めの会話ができた。手が当たってしまった。よく目が合う気がする。家まで送っていった。手作りのスープをごちそうになった。



 その次の春。青年の家に家族が増えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ