信じられんのじゃ
「カラアゲおいしかったね!」
「ワシはピザというものが好みじゃったのう。あのチーズの濃厚さは何じゃ。セレフォルンの牧場には改革が必要じゃな!」
「最高はスシであろう! 生の魚は食ったことがあるが、淡白なものだった。だがあの黒い汁をつけるとどうだ! ううむ、うまく表現する言葉が思いつかぬが、あれこそが至高である! あの米とかいう白い粒も、最初は不気味だったが今では美しくさえ見える!」
うっとりとした表情のまま、3人はチラチラと俺の顔を窺ってきた。
「それは遠回しな催促か? なんで昼飯前に突然昨日の夕飯の話を始めた?」
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昨日の夜に騒ぎすぎ、食べ過ぎ、お腹を痛めすぎ、翌朝目覚めたのはもう日も真上になろうかという時間だった。
琴音達には夕方の4時に帰ると伝えてあったものだから、このままでは出かける時間が無くなると大慌てで身支度を整えて飛び出した。というか引っ張り出された。主に昨日母さんが勝ってきてくれた服に着替えていたリリアとアルスティナの2人に。
母さんから4人分の小遣いを受け取り、ひとまず近場にあるショッピングモールへとやってきた。というのも俺だって引っ越したばかりで近隣を把握できていなかったから、ここくらいしか思いつかなかったのだ。
到着して異世界組がはしゃぎだす。溢れんばかりの人混みに慌て、光り輝く天井や壁に心躍らせ、エスカレータで驚いていた。大きくで高い建物にもっと驚くかと思ったけど、よく考えたらアルスティナはよっぽど凄いお城に住んでいるし、迷宮塔に比べると大したものでもなかったようだ。
だけどそれ以外には一喜一憂する一同。ただ、事前に大声だけは勘弁してくれとお願いしてあったことが功を奏したのか、バカみたいな大声で騒がれることは無かった。特別小声というわけでもないけど、ちょっとテンションが高いくらいの声だ。そのおかげで日本が大好きな外国人に見えなくもない。
もっとも、俺達の会話をしっかりと聞かれてしまうと不可解な内容だとバレてしまうが。等身大パネルや薄型テレビを見て「に、人間が薄っぺらに!! なんとむごい!」とか「ここにも薄っぺらが! いや、まだいきておるぞ! トモヨを呼べ!!」とか。
そんな風にいちいち謎の盛り上がりを見せながら、しかしどこかそわそわしていた理由を俺は知ることとなった。
「なあ小僧、そろそろ昼食の時間じゃろう? ほれ、ワシら朝を食わずに飛び出したしのぅ。腹が減ったのじゃぁ。飯はまだかのう?」
時計を気にしていたリリアが、満を持してといった様子でそう言った。他2人もハッと気付いたようにリリアを見て、俺を見た。そして唐突に昨日の夕飯の話を始めたのだ。俺の顔色を窺いながら。
いや、わかったけど昼にピザはちょっと苦しい。しかもこれ朝飯と兼用だし。寿司もやめておいた方がいいだろう。昨日の寿司はわざわざ出前で頼んだものだ。すぐ近くにある回転寿司を食べさせると「昨日のがおいしかった」となることは目に見えている。あと回転寿司のルールを教えるのが面倒臭いしうるさそうだから嫌だ。カラアゲは……別にいいけど折角だし違うものを食べさせてあげたい。
さて、昨日のプチパーティで出てこなかったメニューで万人受けし、かつ異世界ではなかった物というと何があるだろう。
そんな風に悩んでいる俺の鼻に、とてもいい匂いが届いた。なるほど、少しギャンブルかもしれないけど、世界的にも人気があるし、日本人の国民食といっても過言ではない料理だ。
「変わった匂いじゃのう。なんという料理なのじゃ?」
「カレーライスだ」
一体誰がいつキャンプの定番をカレーにしたのか。どうして夏はカレーなのか。なぜ夕飯がカレーだと子供のテンションが上がるのか。それらの答えを俺は持ち合わせてはいないけど、日本人がカレーを愛していることはスーパーで売っているカレーの種類からも明らかだ。軍人さんがサバイバルにカレー粉を持っていきたがるという話も聞いたことがあるから、カレー味が鉄板なのは世界共通だと思う。
家庭で作れるからか意外とカレーの専門店というのは少なかったりするけど、幸いにしてこのショッピングモールのフードコートには有名チェーンのカレー屋が入っていた。
よくわからないだろうから、俺が代表して注文する。アルスティナは甘口のチキンカレー。ロンメルトは無難に中辛のビーフカレー。そしてリリアアルスティナと同じ甘口チキンカレーで、チーズが好きなようだからトッピングを頼んでおいた。
「おいしーい! 不思議な味だねー」
「そうじゃのう。最初はうまいのかまずいのかよく分からんかったが……うむ、これは「うまい」じゃ! チーズもたまらん」
「あ、いーなー。ティナもチーズ欲しかったかも」
「かかか、よしておくのじゃな。太った女王では格好がつかんじゃろう?」
「ふ、太らないもん! でも、やめとく。やっぱりいらない」
一口食べるたびに「ふはは」とうるさいロンメルトの横で、アルスティナがしゅんとなってしまった。せっかくの楽しい食事を台無しにするババアにはお仕置きが必要だとは思わないだろうか?
「おいサバ子、これもうまいから食ってみろ」
俺のカレーをズイと近づけて勧めると、リリアの興味がそっちに移った。アルスティナも興味ありげだったが、さっきの「太る」が響いて欲しいとは言い出せない様子だ。
「太るよ? そんなに食べたら太るよオババ様」
「かかっ、ワシが太らんことは1200年かけて証明済みじゃよ」
すごい自信だ。ポテチを毎日与えてみたくなるな。だがまずはカレーを与えるのだ。
「何が違うのかのう? もぐもぐ……も……ぐっ!? むぎゃああーーー!! 口の中が痛いのじゃあーーー!!?」
俺、結構辛いの好きなんだよね。きっかけは辛い物を食べてドラゴンみたく火を吐きたいって願望からだったような気がするけど。とはいえ何でもかんでも辛ければいいわけじゃなく、辛い料理は辛いほどいいって感じかな? 辛いカラアゲは別に求めてないし。
「ひはぁーーー!! ひへいひあーーー!!」
何を言っているのか分からないし、何も言っていない無意味な悲鳴なのかもしれないが、どっちにしろ「辛い」という感情だけはきちんと伝わっている。
そしてガボガボと水を飲み始めたけど、辛さは水では解消されない。むしろ口の中がスッキリして余計に明確に感じられてしまう。ミルクを飲むのがいいと聞いたことがあるな。試したことないけど。
「小僧ー! さも無関係な顔をしおって、なんちゅーものを食わせるんじゃあーー!!」
「いや、俺はおいしいって言っただけだぞ? 慣れれば癖になるんだ、これが」
「なるかーーー!!!」
一口食べただけで、そんなことは有り得ないと言い切るくらいには衝撃的だったようだ。だけど興味を持ったロンメルトが追加で激辛を注文して普通に食べている姿を見て、黙った。
「ふはははは! なんだコレは! 熱いぞ、そして痛い! だがこの体の奥から何かが燃え上がるような感覚……滾る!!!」
なんだか辛さとは違う所で楽しんでいるような気もするけど、わりと平気な顔で食べている。その姿にリリアは唖然としていたけど、それよりも俺はロンメルトの顔と唇がどんどん赤くなっていくことに驚いた。こいつ髪と服だけじゃなく、とうとう体まで赤くなりやがった。
「信じられんのじゃ……」
「いや、俺もさっきから普通に食ってたろ」