それも今日でおしまいなんだよね
「ここまででいいよ」
琴音がそう言ったのは、琴音の実家である神社へと繋がる階段の前まで来た時だった。実際に暮らしている家はさすがに境内ではないらしいが、この時間なら両親共にこっちにいるはずとのことだ。
琴音が改まった様子で俺達に向き直る。
「ここまで、ありがとう。今日まで、ありがとう。みんなのおかげで無事にこうして帰って来れたし、みんながいたから異世界でも寂しくなかったです」
「こっちこそ、俺1人ならあそこまで頑張れなかったよ」
「そう、かな?」
「ああ。琴音がいなければアガレスロックの時点で死んでたし、ゲンサイにも殺されてた。ありがとうは俺のセリフだよ」
「お、お前らそんな危ないことしてたのか……」
アガレスロックのくだりは中田にも話してた筈だけど、こいつ話半分に聞いてやがったな。
「うん。危ないことばっかりだったよねぇ。最初の森からトラさんに追いかけられたり、攫われそうになったり」
「迷宮は危なかったな。琴音は次々トラップに引っかかるし」
「う……」
痛いところを突かれたって感じで琴音が声を詰まらせた。雪だるま地獄は本気で命の危機だったしな。
「後半はオル君のおかげで大丈夫だったもんねー?」
「みぎゃあ……」
やれやれ世話を焼かせやがって、と言うようにオル君が鳴いた。俺の魔力に触れ続けることでプチ進化したオル君は、元々賢い子だったけど更に賢くなったように思える。
「でも、それも今日でおしまいなんだよね」
琴音は安心したように言いながらも、どこか淋しそうにしていた。その気持ちは分かる。俺も冒険を終えて家に帰った時は、ホッと一息つきながらも日常に戻ることを惜しむ気持ちを感じたものだ。
だけどドキドキワクワクの冒険なんてものは、時々くらいがちょうどいいのだ。よほどそういうのが好きでもない限り、ずっとは精神が続かない。琴音の冒険は、ここで一旦の終了を見る。次があるかは、琴音次第だな。琴音は智世と違って戦う手段があるから、いつでも回廊を通って異世界に来れる。
「きっと、また行くから」
「来なくていいのじゃ」
なにを言い出すんだ、このババアは。
「ワシらが来るのじゃ。そしてまた「ぶらんこ」に乗るのじゃ。コトネも乗ると良い。新感覚じゃぞ?」
なに言ってんだ、このババアは。
「えと、私にとっては別に新感覚じゃないんだけど……」
「まあ、そういうことらしいから、また連れてくるよ。今度はちゃんとまとまった休みを確保してからな」
「えへへ、うん。みんなは明日帰っちゃうんだよね?」
アルスティナとロンメルトが忙しいのは事実だからな。特にロンメルトはあの大国の皇帝になったんだから、それはもう想像もつかないくらい忙しいはずだ。……なんでコイツついてきたんだ? バカじゃないのか?
とにかく2日だけとケイツにも約束したことだし、明日の夜までには帰るつもりだ。日本にはまた来ればいいんだ。観光はまたその時ってことで。
「じゃあ見送りに行くから。そうだ、お父さんとお母さんも連れて行くよ。それなら挨拶の手間も省けるでしょ?」
「ええ!? 驚かないかな?」
「大丈夫だよ、私が説明しておくし。智世ちゃんにもそう連絡しておくね。だからそれまでみんなに日本を見せてあげて」
ああ、そういうことか。時間のかかる観光は「また今度」としても、近所を見て回るくらいはさせてあげてくれってことか。その言葉にリリアの目が輝いた。1200年も生きてるものだから、見る物全てが目新しいのが楽しくて仕方ないんだろう。
「わかったよ」
「やったのじゃー! ぶらんこじゃー!!」
「それは今日やっただろ。もっと違うトコ行くぞ」
「なんでじゃー!?」
どんだけ気に入ってるんだ。中身が見た目通りになってるぞ。っていうかブランコなんて難しい構造でもないんだから作ってしまえばいいだろうに。なんだったら公園を作ってもいい。そういうの、あっちには無かったからな。
階段を登っていく琴音を見送り、駄々っ子のように抵抗するリリアを引きずって帰路につく。
「じゃ、俺も帰るわ。見送りには行くからよ」
「勇気があったらついてきてもいいぞ? 生きて辿り着けるかどうかわからないけど」
「怖えーよ!? 誰が行くんだよ、その話聞かされて!!」
リリアは覚悟して飛び込んできたし、ロンメルトもしれっと来てたけどな。こいつらは「死ぬ時は死ぬ」みたいな考え方だからできたのかもだけど。そもそも冗談なんだから、そんな逃げるように帰らなくてもいいだろうに。
「あやつがもし本当に行きたいと言ったら連れていったのかのぅ?」
「え? ヤダよ。俺が面倒見ないといけなくなるだろ。ましてやオリジンでもないし」
「うむ、奴には武の才能もまったく無かったのである。おそらく放り出せば1日で死ぬであろうな、ふははは」
笑いながら言う内容でもないけど、おおよそ同感だ。普通に町で暮らしている人ですら、最低限の自衛手段くらいは確保している世界だからな。
「心配しなくても、あんな得体のしれない空間に突然飛び込む人なんていな--普通はいないよ」
「? どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
キョロキョロと周りを興味深そうに見ながら歩いていたアルスティナが、俺の視線に気づいて振り返った。アホって怖いな。怖いものが無いのが怖い。
「ふうん? もう帰るんだよね? 晩御飯なにかなー? どんな料理が出てくるのか楽しみだねー」
「何が出るだろうな? 俺はカラアゲしか頼んでないし」
「それっておいしいの?」
そういえば異世界で揚げ物って見たこと無いな。そもそも鉄板の上で食べ物を焼くっていう発想がまだ無いのかもしれない。直火で焼いた肉とか魚しか見た覚えがない。そうなると油の出番もあまり無さそうだ。みんなにとっては未知の味になるだろうな。
「おいしいぞ。俺はカラアゲが嫌いだって人を見たことも聞いたことも無いね」
「そんなに!? うわぁ、すごいすごい! 楽しみだね、おばば様!」
「そうじゃのう。ブランコの衝撃を超えられるじゃろうか」
そのハードルはそんなに高くないと思うぞ。カラアゲが超えられるかどうかは知らないけど。でも揚げ物が苦手って人はいるから、あんまりカラアゲを持ち上げるのはやめておこう。俺は好きなんだけどさ、すぐ思いつくくらいには。
「まがりなりにも異文化交流なんだし、好き嫌いも考慮していろいろ作ってくれるんじゃないかな?」
「ふはははは、楽しみであるな! 時に、ユウトの母上は料理が得意なのか?」
「特別得意ってわけでも無かったと思うけど」
怒らせると料理する気を失ってカップ麺を渡される程度には、絶対的なこだわりとかは無さそうだ。セレフォルン王国は香辛料とか普通に手に入るから、そっち方面では驚かないだろうし……思ったより母さんには難しい問題が投げかけられているのかもしれない。頑張れ母さん、俺はカラアゲがあれば文句は言わないよ。