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赤巻家よボクは帰って来た

「よっ」


 そんな、なんてことないように声をかけられたのは、全員で家を出て智世の家を目指して歩き出してすぐだった。待ち構えていた訳ではなく、まったくの偶然のようだった。格好をつけているつもりなのか平然を装っているけど、明らかに驚いていた気配が残っている。

 ちょうどいい、こいつには聞いておかなければいけないことがあったんだ。


「お前って田中と中田、どっちが正解だったっけ?」

「てめ、マジでふざけんなよ!? ずっと続けるからそういうことになるんだよ!!」

「わりと本気でゴメン……田中」

「中田だぁぁぁぁぁぁ!! 二分の一の確率に賭けてんじゃねぇぇぇぇ!!」


 外れたか。まあ正解がわかったことだし、これから気を付ければいいだろう。


「紹介するよ、みんな。田中だ」

「まだ続ける気かコノヤロウーー!!」


 相変わらずだな。いや、これは俺のセリフじゃないのかもしれないけど。一年近く経っているのに、まるであの日の続きのようだ。本当に、俺が引っ越してたかだか数日の付き合いだとは思えない。


「ったく、俺がどれだけ心配してたと思ってんだ」

「おうふ、なんというツンデレ」

「最後に見たのが死にかけの女の子背負って走っていく姿だぞ!? つーかお前だよ!! 誰がツンデレだボケェ!! しれっと元気になって面倒くさい返ししてんじゃねぇぞ!」


 お前の方がよっぽど元気そうだけどな。元気すぎてついにはゼエゼエと息を荒らげだした。そこまで必死になられると本当にツンデレなのかと思ってしまう。

 息を整え、田中はゴホンと気持ちを切り替えるように咳をした。


「本当に治ったんだな。柊も、おかえり」

「うん、ただいま田中くん」

「……うっかり、だよな? わざとじゃないよな?」

「え? --あっ!」

「どちくしょおおおおおおおおおおおおおおお」


 おいなんだよ、なんで俺に掴みかかってくるんだよ。間違えたのは琴音だろ。そんな親の仇を見るような目で俺を見るな。ほら、落ち着け。深呼吸だ。もう一回切り替えるんだ。


「ぐぐぅ……いや、いい。無事に帰ってこれたんだ。祝うべきことなんだ。怒るな、俺」

「ごめんねぇ中田くん。わざとじゃないんだよぉ?」

「むしろわざとだった方が傷は浅かった気もするが、いいんだ。気にしないでくれ」


 まあわざとじゃないってことは、本気で名前を忘れられていたってことになるからな。俺が記憶を上書きしてしまった可能性もあるけど、忘れたことには変わりない。俺と違ってもともとクラスメートだったのにだ。……悪いことしちゃったなぁ。


「なんかごめんな、た…………中田」

「かなり葛藤したな、おい。お前絶対明日になったら田中に戻ってるだろ」

「俺が田中みたいな言い方だな。大丈夫だって、田中」

「3秒!?」


 話が進まないから中田をいじるのはこの辺にしておこう。


「で、今から智世の家に送っていくんだけど、ついてくるか? お前も一応関係者だしさ」

「ん? おお、そうだな。警察に俺達のこと言わないでくれたんだし、お礼言っとかないとな」


 おおう、思っていたより人生ピンチだったんだな、こいつ。あと一歩で前科が付くところだったのか。巻き込んだ身としては全く笑えないな。俺もお礼言っといた方がいいかな。娘さん助けるのを邪魔しないでくれてありがとうって言うのも変な話だけど、いきなり魔法とか言い出して連れ去ったんだから、信用してくれてありがとうってところか。


 こうしてキビ団子を与えてもいないのに仲間を増やし、俺達は智世の実家へとやって来た。


「ふと思ったんだけど、このメンバーで突撃するとややこしいことになりそうじゃないか?」


 娘が元気になって帰ってきたけど、自称異世界人を何人も引き連れて現れるっていうのは親としてはどんな気持ちになるんだろう。母さんに感想を聞いておけばよかった。俺のイメージでは精神面で再入院になりそうなんだけど。


「類友ってことで納得すんじゃね?」

「ふっふっふ、さすがのボクもママとパパの前では割と大人しくしているのだ」

「お前……自覚あったのか」


 ここにきて意外な事実が発覚した。まさか自分がアホだと気づいていたなんて。じゃあ俺達の前でも大人しくしておけよ。と言うのはもう今更なんだろうか。


「じゃ、面識のある3人だけで行くか。琴音、悪いけどこっちの面倒見ててやって。遠くに行かなければ適当に動いてくれてていいから」

「うん、任せて。あっちに公園があるから、そこにいるね」

「悪いな」


 これなら服を買いに行くって言ってた母さんと行動してもらった方が良かったかもしれないな。いや、それはそれで怖いか。なにせこっちの常識なんて知らないんだからな。万が一アルスティナに怪しい人物なんかが近寄ろうものなら、止める間もなく切り捨ててしまいかねない。

 別々に行動するのが少し不安になってきたけど、そこはも琴音を信じよう。一番危なっかしいロンメルトは琴音には逆らわないし。


「ふっふっふ、赤巻家よボクは帰って来た!」


 口ではふざけながらも緊張した様子で智世が玄関のノブを掴んだ。そして--









「あれぇ? 早かったね?」

「留守でした」


 可能性はそりゃあるだろうけど想像してなかった。いやだってシュチュエーション的には有り得ないだろ?

 しかも結局智世は植木鉢の下から見つけた合鍵で家に入り、親の帰りを待ってるからもういいって言うのだ。確かに親が帰るまで外で時間を潰して、何度もチャレンジするというのも締まらない話だとは思うけど。どっちにしろ締まりのない終わりには違いなかった。


「いいんじゃないかなぁ。帰ってきて、驚いて、喜んで。事情の説明なんてその後で十分だと思うよ?」

「そう、かもな。じゃあ琴音はどうする?」

「えへへ、私も1人の方がいいかも。恥ずかしいし」


 そういうものか。俺としては巻き込んだ手前、心配させてすいませんでしたと頭の一つも下げるべきだと思っているんだけどな。異世界への道に迷い込んだ時、引き返すという選択肢を奪ったのは紛れも無く俺なんだから。智世にいたっては俺が連れて行ったんだし、やっぱり明日にでも一言挨拶に行くべきだろう。

 だけど今日は、確かに親子水入らずの方が良さそうだ。よこから異世界がどうのこうのと口を挟むのは野暮ってものだろう。


「なら行こうか。琴音の家に。階段の所までは見送るよ」

「うん!」

「あっちの人らはどーすんだ? 結構エンジョイしてっけど」


 中田に言われて見てみると、異世界人達が異文化を満喫していた。

 ロンメルトは滑り台を逆走しようとしてすっ転び、アルスティナは近所の子供らしき少女とシーソーを楽しみ、リリアは一心不乱にブランコを漕いでいた。


「おーい、行くぞー! 公園なんていつでも連れて来てやるから!」


 空間属性さえあればいつでも来れるんだからな。それこそ、ちょっとした執務の息抜きにでもだ。

 そう伝えるとアルスティナとロンメルトはすぐに集まってきた。


「ふはははは! ユウトよ、なんだあの不可解な坂は! しっかり踏ん張っているというのに全く進まんぞ! ふははははははは!!」


 まあ異世界には摩擦係数の低い物ってあんまり無いもんな。研磨とか刃物ぐらいにしか使わないし、気候的に氷とかも全然無い。しかし20歳の男が滑り台でテンションを上げているというのも変な光景だ。

 そしてテンションが高い子がもう1人。


「すごいの! ティナは何もしてないのに、体がフワッてなるの。飛んでいきそうになるの!」


 そうだね。でも君は精神年齢はともかく、体は一応中学生くらいあるから反対側に乗っていた子は結構大変そうだったよ。次からは同じくらいの体格の子と乗るように教えよう。アルスティナは痩せているくらいだけど、いくらなんでも小学生とでは差がありすぎて可哀想だった。


 そして呼んでも来ずにブランコで揺れ続ける、この中で一番年齢が高いはずのババア。


「むひょー! なんじゃこの下腹部がヒュッとなる感覚は! 変な感じじゃが、嫌ではない。むしろ……むひょー!!」


 ババアが変な世界の扉を開いていた。

 琴音が伝授したのか、スカートを足で挟んでめくえないようにしているが、そのうちそれも放棄してしまいそうなくらいスピードを求めてしまっている。これが快楽堕ちというやつか?


「この国ではそれをタマヒュンと呼ぶ」

「タマヒュンじゃあー!」

「お前にタマは無い。いいからブランコ止めろ、叩き落すぞ」


 それからリリアを引きずり降ろして琴音を送り届けるまでに、実に1時間を費やしたのだった。

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