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ガーデニング対決

「ちょ、ちょっと待った。お前洞窟ではそんな強そうな素振り見せなかっただろ!? もっと噛ませ犬臭がしてたぞ!」


 俺達を縛り上げている間は強気で、縄を解いたら慌てて、魔法が使えないと分かったらまた調子に乗って、最後は命乞いだ。それで数日後に実はオリジンでしたは、無い。どんなにパワーインフレの激しい少年漫画でもそれは無いぞ。


「言いたい放題言ってくれる……。確かにあの時は無様を晒したが、私は力を手に入れたのだ。先日のようにはいかないと思え!」

「だったらこっち来いやー!」


 お前の魔法は食えるって分かってるんだよ。かわいい小鳥に餌をあげろ。そしてぶっ飛ばされろ。


「……適材適所という奴だ」


 ウソつけ。普通やられた敵がパワーアップしたらリベンジだろ。ビビって琴音の方狙いやがって。

 くそ、俺なら余裕で勝てるのに、黒マントが邪魔で助けに行けない。俺が余裕なのは魔法の相性がいいからで、向こう側で戦える残り二人になった兵士じゃ勝ち目が無いのに。


「ユート。あいつは本物のオリジンじゃあないのか?」

「それは間違いない。前に会った時は、ただのゲスだった。今は強いゲスになってるでゲスけど」

「どうせ無駄だから挑発すんな。オリジンの保護を優先し、撤退しろ!!」


 ケイツの指示で、残った二人の兵士が素早く行動に移る。


「させるか」


 アンゴルの周囲で風が渦巻く。だが琴音を連れて窓の近くまで来ていた兵士はさっきの攻撃のダメージからか、明らかに動きが重い。そして黒マントの警戒を任されていた兵士は、その役割上部屋の奥にいたせいで窓からは遠く、こちらもアンゴルの攻撃より先に脱出するのは難しそうだ。

 先に琴音達を抑え、その後もう1人の兵士を攻撃すればアンゴルの勝ちは決まる。


 だがそうはならなかった。

 部屋の奥にいた方の兵士が、窓ではなくアンゴルを目指していたからだ。窓からの脱出には間に合わなくとも、もっと近くにいるアンゴルへ攻撃を加えるのには十分な時間があった。


「ち……」


 仕方なく迎撃の態勢を取るアンゴルを見ながら、俺はさっきのケイツの指示内容を思い出した。優先するのは琴音の保護だ、と。

 アンゴルの風を受け、首があらぬ方向に曲がった兵士を見ながら、俺は理解した。彼は命令通り、自分の命よりも琴音の保護を優先したんだ、と。


 一つの命を代償に作られた時間に、最後の1人が琴音を抱えて窓から飛び出す。


「無駄死にだ、まぬけめ!」


 一瞬遅かった。アンゴルの風が二人を襲う。

 だが琴音は無事だった……また、一人の兵士の犠牲の上に。身を挺して全ての風を受けた兵士が、琴音を手放し夜闇に消える。


 だがその時既に琴音の体は窓の外だ。風の魔法がなければ、もちろん空なんて飛べない。


「琴音ぇーーーーーーー!!!」

「馬鹿野郎、部屋に入れないことを忘れたのか!? 外にも兵は配備している、大丈夫だ!」


 ケイツの言葉に動きを止めた時、いつの間にか入口のギリギリまで近づいていた。あと少しで消えてた……もっと早く教えといてくれよぉ。


「英断感謝いたしますぞ、千戦の。そして失態ですなアンゴル氏、死なせていたら、私があなたを殺していた所ですな」

「すま……ない。す、すぐに捕まえてくる!」


 こっちからは見えないが、黒マントの睨みにアンゴルが怯えている。そして慌てて琴音を追いかけようと窓に駆け寄った。

 って、外に出たなら助けに行けるじゃん。


「むおっ!!?」


 走り出そうとした俺の足を、アンゴルの叫び声が止めた。

 部屋の中を見ると、アンゴルが窓辺で腰を抜かしたように座り込んでおり、窓からは巨大な木の枝が伸びて、天井に突き刺さっている。

 なんだ、あの木。


「な、なんだこの木は……」


 アンゴルと心が一つになってしまった。


「なるほど、成長させる魔法ですな」


 黒マントが訳知り顔で言うと同時に、木の枝がもう一本伸びて窓から入って来る。その枝の上には琴音が乗っていた。なぜか蔦の絡まった銀のジョウロを持っている。そうジョウロだ、あの草木に水をあげるジョウロ。

 あと、ジョウロにひらがなで「しいる」って書いてるんだが、どこの子供から奪ってきた。


「EXアーツ〈恵みの雨レーゲンフリューゲル〉って言うらしいよ」


 何語だ。オリジンは10人いたらしいけど、この世界には大なり小なり10か国語混ざってるのかもしれないな。とにかく無事でよかった。

 どうやら落下中に自分で指を噛んで血を飲んだらしく、右の親指が痛々しく赤に染まっている。だがそうして今、琴音はオリジンとして目覚めたのだ。


 琴音は倒れている兵士達を見て小さく「ごめんなさい」と呟いて、部屋の観葉植物にジョウロで水をかけた。


「ぐおっ……が!?」


 観葉植物が膨れ上がるように急成長し、アンゴルを壁に叩き付けて拘束した。

 そうか、そのジョウロで水をやると成長させられるのか。さすが雑草と呼ばれた女。明らかに不自然な方向に成長していたから、操る事もできるのかもしれない。


「く……木属性、といった所か? だが覚醒したならコイツを使わせてもらう!」


 アンゴルの手に40センチほどの鎌が出現する。あれが奴のEXアーツ……しかしなんだこのガーデニング対決。


 しかし雑草娘と草刈鎌の戦いは、文字通り鎌の勝利となった。アンゴルを拘束していた植物がバラバラに切り刻まれる。また生えてくるんだろうけど、相性は悪そうだ。


「ううん。属性は、あ……愛、属性。だから別に木じゃなくていいの」


 恥ずかしそうに属性を告げ、琴音が床の石材に水をかける。今度は大きさは変わらないが、色が変わっていった。やや黒ずんで、なにより固そうだ。果たして固くなることが石的に成長というのかは疑問だが、それは石にしかわからない問題だろう。


 そして変異した石がアンゴル目がけて飛んだ。待て、どうやって石が飛んだ? 原理はわからないけど、とにかく飛んだ。が、アンゴルの風に削られて消えてしまった。

 これは心の痛む魔法だな、仲間がどんどん生まれて死んでいくような……石は生きてないけど、動かれると情が湧くというか。昔そんなゲームのCM見た覚えがあるな。ピクなんとか。


「無駄だ! 風化……形あるものは風の前には無力!!」

「ごめんね、みんな! 力を貸して!!」


 琴音がアンゴルに向かってジョウロを投げつける。物理攻撃もできるのかと思ったら、風の壁であっさり弾かれた。そしてそのまま風に乗って、ジョウロの水が部屋中に撒き散らされる。

 部屋に置かれた全ての物が、力を宿してアンゴルに襲いかかった。なんという数の暴力。


「おおおおおおおおおおお」


 アンゴルも負けじとドーム型に展開した風で、それらを受け、砕き、切り裂く。

 足場確保のため、床の石材は動かされていないが、それ以外の物体が次々とアンゴルに飛びかかり、消えていく。天井も無くなり、上の部屋まで見えるようになり、とうとう琴音の攻撃が止める。


「はあはあ……は、ははは。どうだ! これが今の私の力だ!!」


 床だけを残して全て無くなった部屋で、アンゴルの勝鬨が響く。


「洞窟でも言ったが、死にさえしなければいい。手足を切り飛ばし、首を掴んで持ち帰ってやろう!」


 アンゴルが鎌を振りかぶる。凡百の魔法士にすぎなかった男が力に目覚め、最強種オリジンに勝利する。中学生なんかがしそうな妄想を現実にしたアンゴルは、どんなに興奮していることだろう。

 それゆえに狭まった視野が最大の敗因だ。




「喰え、理を喰らう鳥ルールイーター


 アンゴルと琴音の間に飛び込む。

 気づかなかったのか、アンゴル。壁なんか、とっくに無くなっているんだよ。


「ぃやめてくれぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!」


 絶叫。だがやめてなんかやらない。


「吐き出せ」


 目を開けていられない、こんな狭い場所で起こっていい量じゃない風が吹き荒れる。


 風が収まると、体をズタズタに引き裂かれたアンゴルが倒れていた。辛うじて生きてはいるみたいだが、散々自分で言っていたように手足が千切れてしまっている。


「殺してない、な。よし、コイツにはどうやって魔力を増やしたのか聞き出さないといかんからな」


 ケイツがアンゴルの様子を見ていた。その後ろで槍兵達が黒マントを囲んでいる。あいつは壁が無くなった後、俺が部屋に入ろうとするのを今度は止めようともしなかった。

 ふらつく琴音を支えながら黒マントを睨む。


「やれやれ、魔力だけ与えてもこんなものでしょうな」

「ひゅー、ひゅー……助け、ひゅー……」


 黒マントがアンゴルに向かって歩き出した。 

 止めようと突き出された槍の穂先が消え去り、槍兵が慌てて距離を取る。あの能力をなんとかしない限り、手の付けようがない。ケイツもそれがわかっているのか、大人しくアンゴルから離れた。


 そしてアンゴルの前まで辿り着いた黒マントは、彼を見下ろし告げた。


「いただきます」


 マントの下から伸びた闇を押し固めたような触手がアンゴルの体を、悲鳴をあげる暇もなくマントの下に引きずり込んだ。そして租借音。見えていたら、間違いなく吐いていた。

 アンゴルは死んだ。黒マントに、喰われた。


「バケモンが!!」


 我慢しきれず、ケイツが発砲する。予想を裏切り、弾丸は消えずにマントの頭部を貫いた。が、ぬか喜び。屈んで避けたのか、黒マントの身長が低くなっている。


「ぷぅ、ごちそうさまー」

「は?」


 違う、屈んだんじゃない。この声は、雑木林で……そして洞窟で聞いた声だ。


「こんばんは、深蒼のオリジン。三日ぶりくらいかな? ごめんね、食べる時はこの体の方が都合いいんだ」

「いつ、入れ替わった」


「入れ替わってないよ? 僕は」

「ワシは」

「アタシは」

「俺は」

「……私は、こういうモノなのだから」


 次々と声が、年齢や性別ごと変わっていく。まるでマントの中に何人もの人間が入っているかのように。もちろん体は一人分で、マント越しだが、どう見ても体の大きさ、形も違う。いくら異世界だからって、こんな化け物ありなのかよ。

 そして最後の声は、さっきまで散々聞いていた声。アンゴルのものだった。


「一体化してようやく理解できた。私の目的、そして私がそのための捨て駒だったということ」

「あは、ややこしいから交代! って言っても、もう別に話すことなんて無いけどねー」

「食った人間と一体化……まさか俺達を狙ったのは、食うためなのか?」


 殺すなと言っていたのは、生きている状態で食べる必要があるから、とか。想像して寒気に襲われた。


「うーん、とりあえず深蒼さんは食べる気無いかな」


 達、って言って欲しかった。もし琴音が連れ去られてたら、コイツに食われてたのかよ……。


「じゃ、僕はそろそろ行くね」

「待った。名前くらい言ってけよ」

「そうだね、これから長い付き合いになるもんね」


 え、だったら名前聞きたくない。長い付き合いしたくないです。


「僕の個人の名前より、全体の名前のがいいよね? そうだなー……テロスにしよう。テロス・ニヒ。そう呼んでおくれ」


 テロス。

 フッと姿さえも消して見せた黒マントはそう名乗り、ようやく全ての危険がセレフォルン城から立ち去った。


 日付は既に変わり、異世界4日目の事である。

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