私は誰をいびればいいの?
「母さんは悪くないわよ?」
「息子に包丁振り下ろしておいて、悪くないってことはないだろ。泥棒相手にいきなり刺殺って時点で凶悪極まりないし」
異世界で散々殺し合いを演じた俺達ですら、ここまで即殺はしないぞ。いやまあ相手も刃物を持っている可能性を考えると備えたい気持ちは分からないでもないけど、自分の母親が防衛手段として最初に選ぶのが刃物っていうのは……かなり怖い。
そもそもそんなことより、実の母親が包丁掲げて飛びかかってきた光景こそトラウマものだったぞ。
「でも防いだじゃない。頼もしい息子で誇らしい限りだわ」
「防げなかったら、その息子が死んでたんだけど」
「終わったことをグチグチと。女々しい息子で恥ずかしい限りだわ」
えええ!? 俺が悪いの!? 世の中の男達はそんなに切り替え早いものなの!?
「女の子を何人も家に連れ込んでるわりに男らしくないのよ。それともそっちの金属製の彼の女なのかしら?」
琴音達をぐるっと見まわした後、ロンメルトに目を止めてそんなことを言った。金属製って、ターミネーターか何かみたいな言われ方だな。
自分のことを言われていると少し遅れて気づいたロンメルトは、一応俺の母親ということを考慮したのか丁寧に返答した。
「御母堂、彼女達は苦楽を共にした対等な仲間。そこに性別などというものは何の関係もないのである。申し遅れた。余の名はロンメルト。以後よしなに」
「あら、そう? よしなにってどういう意味かしら? まあいいわ。じゃあどの子が悠斗の嫁なのかしら。私は誰をいびればいいの?」
「いびるの前提かよ!! っていうか仲間だって今言ってたろ!?」
「……嫁の紹介に来たんじゃなかったの?」
そんなこと一言も言ってないし、そうだったとしても何人も連れて来てる上に男が混ざってるのはどう考えてもおかしいだろ!!
「そう、良かったのかしら? こっちの小さい子達だったら、ママはもう一度愛する息子にこの包丁を向けなきゃいけなかったものね」
「常識的なのか非常識なのかわからない!!」
ああ、くそ。一年ぶりの再会なのに突っ込みどころが多すぎて全然そんな雰囲気にならない。なんで俺はこんなことをしているんだろう。母さんもテンション上がってるのかもしれないけど、明らかに琴音達に引かれている。見た目以上の距離が広がっていくのを感じるよ。
「あれも違うこれも違う、じゃあわからないでしょ? 二度と帰れないとか言ってたのに帰ってきて、知らない人達連れて来て。ちゃんと説明しなさい、悠斗」
「う、ごめんなさい」
俺が説明しなきゃ手探りで想像しながら話すしかないもんな。これは俺が悪かった。いきなりの包丁で俺も冷静じゃなかったみたいだ。あれ? 本当に俺が悪いのか?
「女の子の大きい方2人は前に来た時に話した琴音と智世だよ。小さい方2人は異世界の女王さまアルスティナと魔女っ子リリア」
「その説明もどうかと思われ」
「わかりにくいわ悠斗。大きい方というのは身長の話なの? それともおっぱいの話なの?」
「母親だからって調子にのるなよ!!?」
この状況でなんで俺がおっぱいの話をするんだよ!? しかも本人と母親の前で!!
もう嫌だ、今日の母さんはテンションがおかしい。
「はいはい、ごめんなさいね。つまり……ちゃんと連れて帰ってきたのね。偉いわ」
「……う」
そんな急に優しい顔をして褒めてくるのはズルい。なんだか途端に気恥ずかしくなってしまった。しかもその顔を見られてしまったらしく、リリアと智世がニヤニヤしながらこっちを見ている。くそ。
「なんとなく、流れはわかったわ。琴音ちゃんと智世ちゃんだったかしら? その服だと外だと目立っちゃうから私のを貸してあげる。すぐに御両親に顔を見せてあげなさい」
同じ「親」という立場からの言葉だからだろうか、冗談でもNOとは言えない説得力がある。もちろん断る理由もなく、琴音と智世は頷いて母さんについて行った。
「ワシらはどうすればよいのかのぅ?」
残されたリリアとアルスティナが小首を傾げる。連れて行かなかったってことは、やっぱり子供サイズの服は無いんだろうな。この2人の服はローブやら装飾品やらを外せばそこまで不自然な格好でもないから何も言わなかった可能性もある、か?
「2人は待機。王様はこっち来て、俺の服を貸すよ」
「うむ? このままではいかんのか?」
「うん、まあ……たぶん目的地に着く前に逮捕されるんじゃないかな?」
きっと五分ともたずに通報される。五分どころか最初に他人の目に触れた瞬間にゲームオーバーだ。たとえ大剣を隠させても鎧だけで十分。十分すぎるほどに不審者、いや危険人物だ。俺だって見つけたら通報するもの。
「ううむ、やむを得ん。まあよい、この世界の王の装いを頼むのである。ふはははは」
「そんなもの、俺が持ってるわけないだろ」
そもそもそんな格好したら結局コスプレになるし。ライオンの着ぐるみでも着せればいいのか? それはそれで通報されそうだな。まあ大きめの服じゃないと着れないだろうし、もうすぐ冬だからパーカーとかでいいだろ。
途中、ある理由からズボンが履けないというハプニングが起こったが、逆転の発想でハーフパンツとして履かせることで解決した。もうすぐ冬だという情報は忘れておいてもらいたい。アイツが履くとどのズボンも膝下7分くらいになってしまうんだ。
「ふははは、この世界の衣服は良いな。軽く、手触りも良い。そうでありながら丈夫そうである」
食レポのようなことを言うくらいには満足そうだ。面倒なのはその感想を聞いてアルスティナとリリアが興味を持ってしまったことか。せっかくそのままの服でいけそうだったのに、やっぱり琴音か智世のお下がりを入手する必要がありそうだ。
少しして、琴音と智世も着替えを終えてやって来た。いかんせんオバサンの服なので若い2人が着ていることに微妙な違和感を感じてしまうが、変というほどでもない。そんな考えを見抜かれたのか、母さんの眼光が光った。くわばらくわばら。
「その子達には新しい服を買ってきてあげるわ。勝手に選んじゃうけど我慢してね」
「え? いえ、私達の子供の頃のをあげるから大丈夫ですよ」
「いいのいいの、なんだったら明日にでも改めて買い物に行ってもいいのよ。なにせバカ息子が高校を中退してお金が浮いたからね」
「……そういえば見たこと無いブランド品がある」
文句を言う資格なんて無いけど、この釈然としない気持ちはなんだろう。ちょっと切り替えが早すぎやしませんかね?
「じゃあ買って来るわね。あと晩御飯の材料も。がんばって御馳走作るからねー」
「ああ、うん。あ、唐揚げ食べたい」
「はいはい。ママより早く帰ってきたら、鍵はポストの裏のポケットに入ってるわ」
「了解」
エコバッグを手に出かける母さんを見送る。「いいお母さんじゃないか」と言いたげな視線を背中に感じてこどばゆい。
「こほん。さて、どっちの家から行こうか?」