私達は必要無いんだよね
実家に帰っていて、更新遅れました。すいません。
「あっははははは! 似合ってるぞ、王様!」
「うぬぬ……なぜ鎧の上に着てはいかんのだ……」
ガルディアス王ウルスラグナが羽織っていたという真紅の立派なマントに身を包み、ロンメルトがうめいた。正装した子供に対して「服に着られる」なんて表現をすることがあるけど、ロンメルトは「服を着れている」という感じだな。アシストアーマーの上から着るのは不格好だということで現在ロンメルトは素の身体能力なのだけど、まさかマントの重さにすら耐えられないとは。最近はずっとアシストアーマを装着していたから、久々の貧弱ロンメルト状態だ。
前かがみになってどうにか倒れまいとこらえる姿は、なまじ身なりが豪華なせいで滑稽さが際立っている。これで笑うなというのは無茶な話だ。
「おのれ父め。装備を軽くする魔法だったという話だが、なにも衣服まで重くすることはなかったであろうにっ」
あの日以来、ロンメルトはウルスラグナのことを「父」と表現するようになった。もう本人に聞かせてやることはできないが、今のロンメルトは心からそう呼べるようになったみたいだ。
事の顛末はロンメルト自身から聞かされている。決して立派な父親だったとは言えない、本人がそう言ったように、愚かな王だったのだろう。だけど最期は父親であろうとした。それだけでロンメルトには十分だったんだと思う。
ズルズルとマントを引きずりながら、どうにかこうにか式典の会場にたどり着く。
琴音と智世は、こう言ってはなんだがあまり日本人には似合わない煌びやかなドレスを身に纏っていた。ユリウスは外国版の七五三って雰囲気だな。ケイツはいつも通りの軍服だ。元帥なだけあって豪奢な軍服だったから、そのまま正装なんだろう。リリアは……背伸びしたいお年頃って感じだな。ロリが露出してんじゃねーぞ。
「何か、言いたげじゃな?」
「いいや? よく似合ってるよ、10年後なら」
腹パンされながら、10年後も成長していないことに気付いた。
あーあ、リゼットのドレス姿も見たかったなぁ。なんて思っていると、いつもと同じエプロンドレスを着たアンナさんに連れられてアルスティナがやってきた。
光を受けて輝く純白のドレス。普段つけているカチューシャは王冠に換わり、凛とした表情を相まって年齢以上に大人びて見えた。
「ねーホントにやるの? やだよ、怖いよ、キンチョーするよ」
口を開けば年齢以下だが。
「もっと堂々としてくださいまし。陛下は初代様ですら決着をつけられなかったガルディアス帝国との戦争に終止符を打った、歴史に刻まれる偉大な女王となったのですよ」
「ティナ、何もしてないよ?」
「働きアリ共の功績は全て陛下の功績です。それが女王というものです」
おい、いいのかあの教育で。側近の選択を間違えてるんじゃないのか? だけど否定するには、確かにアルスティナは戦争に関しては実際何もしていない。だけど女王だから……だめだ、反論できない。そうか、俺は働きアリだったのか。
「全員お揃いでしょうか。それでは素晴らしい式典でありますよう」
アンナさんが退室すると、厳かな演奏が流れ始めた。それを合図に、式典の場へと足を踏み入れた。
○
琴音に成長魔法をかけてもらったロンメルトが威風堂々と、アルスティナがおっかなびっくりに舞台へと上がる。そして告げられたのは、双方の国の今後のことだった。
ガルディアス帝国はセレフォルン王国に侵略戦争をしかけ、これに敗れた。それは帝国がセレフォルンに吸収されても誰にも文句を言えないということなのだが、そこにリリアとケイツが待ったをかけた。
それをすると、次はオルシエラと戦争になるというのだ。
今回の戦争はセレフォルン王国とガルディアス帝国のものだけど、オルシエラ共和国も合計で5万超の援軍に加え、切り札のリゼットまで出しているのだ。当然、ガルディアス帝国を解体するならオルシエラと分け合うことになるのだが……直接攻められ多大な被害を出したのはセレフォルン王国だ。援軍だけのオルシエラと対等に公平に平等に領土を分け合うことはできない。
すると、セレフォルン王国の領土はただでさえオルシエラ共和国よりも大きいのに、その差が致命的なまでに広がってしまうのだ。
そして世界は強い国と弱い国の二つだけになってしまう。
攻められることを恐れたオルシエラ共和国が暗躍するかもしれないし、それでなくとも次代、次々代のセレフォルン王が世界統一の野望を抱く可能性は高い。なにせ戦えば十中八九勝てる上に、黄昏のオリジン・フジワラノタケツナ以来の統一王になれるのだから。
そこでケイツが目をつけたのは、ガルディアス皇帝ウルスラグナを討ったのはロンメルトだということだった。というよりも、最初からそのつもりだったようだ。てっきり因縁の相手だからロンメルトを行かせることを許可したのだとばかり思っていた。
つまりこれは暴走した皇帝を、第一王位継承者が討って戦争を止めたのだと。王座交代によって戦争は止まったのであって、連合軍が勝利したのではないということにしたのだ。
もちろんガルディアス帝国はセレフォルン王国とオルシエラ共和国に莫大な賠償金を支払うことになるのだが、国はそのまま存続する。
そう、ロンメルトは今日この式典をもってセレフォルン王国の王族からも認められ、正真正銘のガルディアス帝国皇帝に就任することになるのだ。
もっと緊張して面白いことになるかと期待していたのに、元々王族たらんと日頃から大仰な態度を取っていたおかげか、誰にも王としての素質を疑わせることなく、ロンメルトは粛々とガルディアス帝国の皇帝を名乗ってみせた。
その堂々とした姿に、最後まで不満そうだったオルシエラ共和国の外交官も黙らざるをえなかった。もともと彼らもセレフォルンとガルディアスが統一されることを恐れていたから、表だって文句を言う気はなかったようだったが、それでもイマイチ納得しかねている雰囲気があったのだが、それはもうきれいさっぱり無くなっている。
余談だが、実はロンメルトとアルスティナが結婚するという案もあったのだとか。そっちは正々堂々、世界統一へと進む道だったようだ。結局廃案になったけど。
そしてもう1つ決定事項があった。それはゲンサイによって真っ平らにされたヴァーリデル山脈に関わることだ。
平らにされたとはいえ、普通の山くらいの標高はあるその地は新たに「ヴァーリデル大盆地」と名付けられたそこは、セレフォルン王国とガルディアス帝国の国境であり、どちらの国も物でも無い場所だった。あるいは戦果としてセレフォルン王国が手に入れれば、ガルディアス帝国に対して圧倒的に有利な天然の要塞として絶大な効果を発揮しただろう。
だけどそれは、今後も争うと言っているようなもの。戦争のためではなく、平和のためのものを作りたい。その想いは一致した。
新しい町が生まれる。
名前すら決まっていない、想像の中にしか存在しない町だ。それはヴァーリデル大盆地に、セレフォルン王国ガルディアス帝国双方の協力の下に作られる。手を取り合い、作るのだ。戦争になれば真っ先に狙われる場所に、お互いの平和の象徴を。人類最後の地にして再生の町、迷宮都市シンアルのような不可侵でありながら共有する聖地を。
○
式典は全て滞りなく行われた。
来る平和に安堵する人々と、王してそれらをまとめるロンメルトとアルスティナの姿を見届け、俺の隣にいた智世と琴音が満足そうに頷いた。
「平和になったんだよね」
「そうだな」
「ロン様が本物の王様になる所も見れたしね」
「ああ。これからはそれぞれの道で頑張っていくことになるだろうな」
リゼットはオルシエラで騎士として生き、ロンメルトは新たな皇帝としてガルディアスを導く。ケイツとリリアは、アンナさんと共にアルスティナを支えていくだろう。ユリウスももう戦う必要が無いのだから、普通の子供のように笑顔に囲まれて育っていくのだ。
「もう、私達は必要無いんだよね」
「必要無いってことは無いだろうけど、もう自分達の力だけでやっていけるはずだ」
「うん、じゃあ……」
そろそろ帰ろっか、と。少し寂しそうに言うのだった。