大英雄様ですからね
変な切り方になったかもですが、第3部……最終部です。そんなに長くはならない予定なので、ラストスパートです。ここまで読めた頑張り屋さんな読者様、どうかもう少し頑張ってください。
「ゲンサイが逃げたぁ!?」
早朝、いきなりケイツにたたき起こされたかと思うと、とんでもないニュースを告げられた。まんまと逃げられたケイツはバツが悪そうに視線を逸らせる。
「ウソだろ!? だってあの人の牢屋は俺が……」
「ああ、お前が作った全面鋼鉄で空気穴だけの窓すらないアレだがな、ぶっ壊されてたぜ。見張りの兵の報告によると、空気穴の部分をパンチで突き破ったらしい」
「もうやだ、あいつ」
普通に人間やめてるじゃん。空気穴って言ったって、あの牢獄の壁はそんなに薄いものじゃないぞ。鉄板というよりむしろ、鉄塊の中にちょっと空間があるって感じだったのに。
くそぉ、魔眼が使えないから弱体化してるはずなのに、思っていたより余力があったのか。それでも破壊されないだろう想定の厚さの二倍で作ってあったのに、こっちの予想を悠々超えて行きやがった。
「で、どこに逃げたか分かってるのか?」
戦後すぐだ、兵士はまだ多くが王都に残っているし、気も抜いていない。誰にも見つからずに脱出ってのは不可能なはず。ましてや相手はつい先日失明したばかりの、文字通り右も左も分からない状態なんだからな。
「それなんだがな。例の鍛冶師……ガガンっつったか? お前のダチの」
「ああ。ガガンがどうかしたのか」
「さっき城に来てな。なんでもゲンサイが鍛冶場に来てやがったとか」
脱獄して最初にすることが、聖剣の製作者探しかよ。しかも目が見えないはずなのにバッチリ発見してるし……何してんだか。
するとノックの後、ガガンが部屋の中に入ってきた。案内してたのならタイミングなんて計らなくていいから一緒に入ってこいよ。
「おはようございます、同志ユート」
「おはよう。聖剣のことは悪かったな」
「いえ、限界以上の力を引き出してもらったのです。むしろ感謝しているくらいですよ」
そうはいうけど、ミスリルを台無しにしちゃったからなぁ。本当に貴重なんだぞ、ミスリル。ゲンサイと戦うために、予備もあればと国をあげて探してもらったにも関わらず、結局見つからなかったくらいだからな。
「話を戻しますね。ええと、鐵のオリジンですけど、夜中に突然来たんですよ。いやあ、びっくりしました」
だろうな。今のゲンサイに昔の狂気めいた雰囲気が無いから心配はしていなかったけど、昔のゲンサイだったら殺されていてもおかしくない。ひょっとするとゲンサイ自身も、悪属性の影響を受けていたのかもしれないな。だって魔眼を破壊して以降、あまりにも雰囲気が変わりすぎているし。
「それでいきなり言うんですよ。聖剣を作れって。材料が無いから無理だというと、当たり前のようにミスリルを取り出して」
「なんでちゃっかり荷物も取り返されてるんだよ……」
脱出したら目の前に自分の荷物が置いてあったのかってくらいの手際の良さだ。っていうか置いてあっただろ。だって目が見えないんだから探しようが無い。もしくは兵士を脅して持ってこさせたか。
どっちにしろ軍の……つまりは元帥であるケイツの失態だ。横眼に見ると、口笛を吹いてごまかしていた。俺はそれでごかますことに成功した人を見たことが無いよ。
「でもボクの製法には、ボク独自のEXアーツが必須ですからね。そうと知るとガッカリした様子で、逆に僕に聞いたこともない技術を教えて、去って行きました」
「自分の興味最優先な所はまったく変わってないな、あの人」
ガガンの技術を自分の刀に組み込もうとして失敗したから、自分の技術をガガンに伝えて新しい剣を作らせようってわけだ。多分放っておいてもガガンが技術を自分の物ににして剣を打ち上げる頃に、勝手に帰ってくるんじゃないかな。
「結局そこから足取りが掴めてねーんだ。まだ王都にいんのか、もうとっくに出てっちまったのかもな。いや、情けねー話だが」
「ま、あの檻を素手で壊して交流会を開きに行く人だからな。常識に当て嵌めない方がいいんだろうさ」
ケイツが焦る理由はよく分かる。戦争の元凶で、かつそんな怪物めいた男が、守るべき国民が暮らす場所を自由に歩いているんだからな。たとえその男が、結局罪に問われなかったとしてもだ。
ゲンサイはオリジンだ。そしてオリジンは、現代の人々にとっては神に等しい。「創世の聖霊」か「オリジン」かで宗教が二分されているくらい神聖視されているのだ。処刑なんて決断は、なにをどう足掻いても不可能なのだそうだ。
ということで戦争で俺と戦って死んだことにして、鋼鉄の牢獄に一生閉じ込めることになったのだけど……この事態、というわけだ。
「無理に追いかける必要は無いよ。そりゃ、居場所が分かれば俺が捕まえに行くけど、変に追い詰めない方がいい」
「けどよぉ」
「あの人の行動原理は結局のところ、すごい刀を作ることと、鍛えた刀と剣技を試すことだ。俺と戦って思う存分試した直後だし、自分でも計りきれないくらい強くなりでもしないかぎり大人しくしてるはずさ」
そしてあそこから更に強くなるなんてことは……さすがに無いと信じたいけど、殻が破れたとか限界を超えたとか言って平然と実現しそうで怖いな。まあでも、その時はやっぱり、まず俺の所に来そうだから放っておいても平気だろう。
「へぃへぃ、城のもんにはそう伝えておくぜ? なあに、曖昧な理由だが文句なんざ出ねえよ。今のお前の意見に異を唱える奴なんざ居やしねえんだ」
「大英雄様ですからね」
「嬉しいっていうよりは恥ずかしいんだけどな」
もともとオリジンというだけでちやほやされていたけど、ゲンサイを倒して名実共に最強と呼ばれるようになったものだから大変だ。建国の英雄アランと肩を並べる救国の英雄なんて呼ぶ人まで現れて……めちゃくちゃ背中がかゆい。
もうあれだな。一通りのことが片付いたら、姿をくらませてしまってもいいかもしれない。この青い髪を隠して、名前も変えてしまえば、そう簡単にはバレないだろう。なんだったら魔法は極力使わず、剣で戦ってもいい。今の俺ならスペック頼みのゴリ押しでも、Bランクの餓獣くらいなら確実に勝てる。Aランク以上はさすがに厳しいかな。ロンメルトやリゼットでどうにかってレベルの怪物だし。
ううむ、考えていたら楽しそうな気がしてきた。
「ほれ、大英雄様。さっさと身支度を整えな。せっかく起きたんだ、竜騎士殿と話してきたらどーだ。昼前には出るって話だろ」
そうだな。そうするか。
援軍に来てくれていたオルシエラ軍の役割は終わった。ここからは外交官の仕事だ。そうでなくともオルシエラの最大戦力であるリゼットが国防を離れているのだから、終わったのならすぐにでも帰らなければならないらしい。
聞けばリゼットがいなけれればガルディアス兵に王城を攻められていたかもしれないという話だし、感謝してもしきれない。
それに、リゼットの別れを嫌がる心が俺の中には確かにあった。