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何も、見えん

「はあ……はあ…………」


 聖剣の光が収まった後、そこに激闘の痕跡は無かった。

 俺が溶岩に変えた地面には草花が青々と生い茂り、ゲンサイの剣撃で切り裂かれた亀裂は細長い池になっている。聖剣に集め、放出した「世界」が満ち満ちていた。


 戦いの気配なんてまるで感じない、平和を象徴するような風景。

 そんな中に異質な黒が一点。邪気は霧散してしまっているが、自慢の刀は相変わらず刃こぼれ1つ無く、本人にも傷らしい傷は見当たらない。どうやらほとんどは相殺されてしまっていたようだ。


「ぐ……ぬ」


 だけど俺の剣は確かに届いた。

 ゲンサイの右目。EXアーツ「魔王ゲヘナ」でもある真紅に輝く眼球に、ピシッと小さな亀裂が走った。


「ぐっ、おお……おおおお……!」


 魔眼はなんとか修復しようと健在だった左目を養分に修復を図っているらしく、怪しく輝くたびに左目から輝きが消えていっていた。だが亀裂はどんどん広がって、ついに左目が完全に光を失ってもなお完全な修復は成し遂げられていなかった。

 そしてバキンッという音を立てて、魔王の核が砕け散る。


「お、お……」


 目を押さえ、ゲンサイが呻いた。


「何も、見えん……。何も」


 魔力はまだ残っているだろうに、ゲンサイのEXアーツが再構築される気配は無い。理を喰らう鳥でも食らうことができなかった「悪」属性だが、どうやら破壊は可能だったようだ。圧縮された小世界を作り上げるほどのエネルギーが、その根幹にいたるまでを破壊し尽くしたのか。

 EXアーツが無ければ、あの理不尽な性能を誇った魔王にはなれない。魔力が万全まで回復すれば、悪意を束ねて自分のエネルギーにする程度なら可能かもしれないが、それだけならば脅威ではない。俺にとってはな。普通の人からすれば「呂、呂布だー!」って言いたくなるぐらいの豪傑だ。その辺りはもうゲンサイの地力だからどうしようもないな。


 そして俺にもまた、代償を支払う時が来た。聖剣が崩れていく。砂のように、サラサラと。それはもう琴音にもガガンにも元には戻せない。そんな予感があった。

 聖剣が完全に崩れ去り、風に乗って飛んでいく。剣を持っていた手が空いたので、それをゲンサイに差し出した。


「手を、貸そうか?」

「今の今まで殺し合っていた者に? 私を倒した男が甘ったれだとは思いたくないのだがな」

「戦いの最中に殺すのならともかく、もう抵抗する気は無いんだろ? なら、処遇はこの国の人に任せるよ。俺よりよっぽどお前を恨んでるだろうからな」


 俺にとってゲンサイは、散々苦労させられた相手であり、この世で最も恐ろしい敵であり、そしてスフィーダとチェルカの仇だ。だけどあの2人はやるかやられるかの戦争で戦って死んだのだ。その事で誰かを恨むつもりは無い。恨むとすれば、それは守れなかった自分自身に他ならない。何のわだかまりも無いといえばウソになるが、それを表に出す気は無い。

 だけどセレフォルンの人は別だ。ゲンサイがいなければ、ここまで戦争が激化することは無かった。この魔王を味方につけたからこそ、ガルディアスは打って出たのだから。


「そうか……では案内を頼もう。何も見えんのだ。ううむ、見えんというのかこういう風景か。興味深い」

「え? 真っ暗になるんじゃないのか?」

「いいや、それは瞼の裏側を見ているだけ。まったく見えんというのは……ふむ、うまい言葉が見つからんが「無」としか言いようがない」


 へ、へぇ、そうなのか。何も見えないんじゃなくて、何も無い。どんな感覚なんだろ……って。


「なんで雑談してるんだよ! さっきまで殺し合ってたのに」

「終わった後ならばいいだろうに」

「そんな簡単に割り切れるか!」


 満足いく戦いができたからなのか、視力を失ったからなのか、張り詰めた糸が切れたような雰囲気になっている。こうもあっけらかんとされてしまうと、どうにも毒気が抜かれる思いだ。

 それは初めて出会った時のようだ。こんなにもオンオフの差が激しい人は見たことが無い。だけどもし、ありえない事だけど、俺が攻撃しようとすれば、きっとこの人はさっきまでと同じように見えない両目を爛々と輝かせて殴りかかってくるんだろうな。


「戦ってなければ、そんな悪い人でもないのになぁ」

「笑止。戦うために生まれ、戦うために生きてきた男に何を期待するか」


 いや、戦うためには生まれてきてないだろ。アンタの親は戦国武将か何かか。……絶対ありえないと言い切れないのが怖いな。


「これからの課題は目が見えん状態でどう戦うか、だな」

「処刑されなければな」


 そもそも失明しているのに、まだ戦おうと考えていたのか。死の間際までマンガを描いたという漫画の神様だって、失明すればさすがに自分で描くのは諦めるだろうに。

 だけどそんな男だから、ロンメルトは師と仰ぎ、俺もまた尊敬の念を抱いてしまっているのかもしれない。




「悠斗くーーーーん!!」


 琴音が手を振りながらこっちに走ってきた。


「良かったよぉー! 勝ったんだね……ぴゃあああああ!!? ゲンサイさん!!?」


 どうやら手を引かれているせいで俺の後ろを歩いていたゲンサイの姿が見えていなかったらしい。今にも泡を吹いてぶっ倒れそうな勢いで驚いていた。


「大丈夫だよ。目が見えなくなったんだ。魔法も、前みたいには使えない。たぶん今なら琴音にも倒せるぞ」

「くっふふ、試してみるか?」

「ヤダよぉ、やらないよぉ!! こっち見ないでよぉ!!」


 見てないよ。見えてないもん。ゲンサイは声を頼りに顔を向けただけだ。それでも琴音の慌てっぷりは相当なものだった。よっぽど怖いんだろうけど、さっきはよく立ち向かえたもんだ。……それだけ俺との約束を守ろうとしてくれたってことだな。


 なら、俺も俺の誓いを果たそう。


 ゲンサイを誘導し、琴音と一緒に城壁を目指す。その先ではみんなが俺達を待ってくれていた。手を振り返し、後ろにゲンサイを連れていることに気付いて慌てふためいているみんなの下へと向かう。


 終わったんだ。

 餓獣や、犯罪者によって世界には危険が付きまとうけど、それでもずっと平和になるだろう。日本のようにはいかなくても、それでもある日突然死んでしまう可能性は半分以下にはなったはずだ。

 もう、琴音や智世が気兼ねすることもないだろう。


 落ち着いたら、送り返そう。日本へ。

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