がんばれ
流れ込んでくる。
世界が消え、消えた分だけ俺の中にエネルギーとなって流れ込む。それを実行するジルはまさしく、理を喰らう鳥。際限無く世界を削り、己の血肉に変えていく。
やってることはゲンサイと大差無いな。これじゃあ世界の一部を生贄に捧げているようなものだ。ただゲンサイと違うと言える点は、その犠牲が同意の下に行われているということか。
少しの間だけ我慢してくれ。力を借りた後は、ちゃんと元通りに吐き出すから。
再構築する時のことを考えると生物の力を借りることはできないが、それ以外の全てをこの手の上でまとめ上げる。
そしてそれを、聖剣へ--
「見えてるかガガン。聖剣は今、完成したぞ」
虹色に輝く光の剣が天を貫く。どこまでも高く伸びる光は、きっと王都にいるガガンにも届いていることだろう。その光から溢れる、この力強さも。
派手すぎるくらいの光を惜しむことなく放ちながら魔王へと向けられる絶対無敵の剣。これが聖剣でなくて、何が聖剣だ。
光がゲンサイの邪気を吹き払う。朝日が夜闇をかき消すように、抵抗することも許さず一方的に。この圧倒的な「悪」でさえも、「世界」の光の前には消え去ることしかできないようだ。
光の柱を見上げ、ゲンサイは震えていた。まるで信奉する神に出会った信者のように、感極まった様子だ。
「私が……私が、敗れるのか?」
それが悲願だったとでも言うのか。いいや、そんなわけがないな。
「私を破りうる存在が、とうとう……は--ははははははは! くっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは----!!!!!」
ぞわり、と怖気が背筋を走った。俺は今まで、人が喜ぶ姿を見てこんなにも恐ろしいと思ったことがない。楽しそうでも嬉しそうでもない、こんな笑い声が存在していたなんて、今この瞬間まで知らなかった。どんな感情を、どれだけ溜め込めばこんな風になるのか、想像すらできない。
「抗わなければ、殺される! やらなければ、やられる! これだ、これなのだ! これこそが私の求めていたもの--」
ゲンサイの背後が、地平線から空に至るまでが……黒に染まった。
流れ込んでいく、憎悪、嫉妬、怒り、恐怖、絶望、怯え、悲哀--ありとあらゆる負のエネルギーがゲンサイの体に吸い込まれていく。
そうか、しまった。ここは戦場だ。この世で最も人々の心が闇に染まる場所。そしてゲンサイがもっとも力を発揮できる場所。
「いいやまだだ! この程度で深蒼の力に打ち勝てるものか! 限界を、超えるのだ。そうでなければ我が切っ先は届くまい……くっははははははははははは!!」
強敵の存在が、限界に挑むことが、死力を尽くすことが、楽しくて楽しくて仕方ないという様子だった。一体これまでの人生でどれだけの鬱憤を溜め込んでいたのか。
だけど、それに付き合ってやる気はさらさら無い。
「終わらせるぞ、ゲンサイ」
「終わる? 終わらせるものか。貴様を倒し、貴様を生かし、貴様の大切な人間を殺そう。1人ずつだ。そうすれば、お前は仲間を救うため、全員が死ぬまで何度でも私と戦うだろう? 何度も、この高揚を味わえるのだ。終わらせる? 終わらせはしない、この私が終わらせない!!」
戦場の悪意を食らいつくし、近隣の恐怖も奪いつくし、国を超え、海を越え、人も獣も区別なくその感情をかき集める。膨れ上がったエネルギーは、聖剣の輝きにも匹敵していた。
勝ってくれと託された善の力と、殺すためによこせと奪われた悪の力。世界を二分する力が……ぶつかる。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
聖剣を握る手に凄まじい衝撃が伝わり、余波で皮膚が引き裂かれ血が噴き出る。隙あらば俺すらも喰らおうと悪意がその手を伸ばして絡みつく。そこから流れ込んでくる、負。
殺してやる殺さないで死ね殺せ怖い怖い怖い死ね助けてよくも嫌だどうして死ね許さない憎い殺す仇死にたくない痛い誰か死ぬ死ねお前も怖い八つ裂きに逃げ斬る滅ぼしてやる腕が死ね見えない刺す止まらない許して気持ち悪いうっとおしい死にたい撲殺圧殺絞殺刺殺惨殺おのれ悪魔いっそ内臓お前ばかり忘れない妬ましい死ね消えろ血が燃える熱い苦しいよくも痛い痛い痛い辛い悲しい死ね……死ね、死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネーーーー
「ぐ、が……あああ、ああああああああ……」
心が、砕けそうだ。あまりの悪意にまるで自分自身が、一瞬の間に何度も何度も殺し殺された錯覚に陥ってしまう。
痛い、苦しい、そして悲しい。だけど--
がんばれ、がんばれ。そんな風に世界の応援が聞こえるのだ。そして世界の意識を通じて、周囲の様子も伝わってきた。
少し離れた場所から俺を見守る琴音が「悠斗くんがんばれ」と握りこぶしを作った。
アインソフに乗って空から光と闇を見下ろし、リゼットが静かに祈りを捧げた。
次々と送られてくる怪我人を癒しながら、智世が「あれこそが次元をも引き裂く神の剣」とかほざいた。
降伏したガルディアス兵を処理しながら、ケイツが「帰ってきたら手伝わせてやる」と呟いた。
不安そうに獣に抱き着きながら、ユリウスはじっと俺の帰りを待っていた。
一番の激戦区に送られていたリリアは、魔力切れで地面に倒れながら、何の憂いも無さそうな笑みを浮かべていた。
保身に走るガルディアスの将達に泣きつかれながら、ロンメルトは「次はお前がキメる番であるぞ」と虹色の光を見上げた。
聖剣の輝きを認め、ガガンは涙を流して一言「ありがとうございます」とだけ言って満足げに笑んだ。
俺達の勝利を信じて戦後のための用意を急ぎつつ、執務室の窓からアルスティナとアンナさんが二分された世界を眺めていた。
大勢の兵士が俺の勝利を祈っている。大勢の人々がセレフォルンの勝利を願っている。
その想いに呼応するように、「世界」の力が強まっていく。不安を感じながらも、みんなが俺を信じてくれる。そして人々の光が強まった時、ゲンサイに流れ込む闇が薄くなった。
「う、お、おお……おおおおおおおおおおおおおお!!」
様々な思いが、色が、俺の中で1つに溶けあい、混ざり合う。この身に宿るのは、この手に握られているのは、小さな世界をもう1つ作り出すことができるほどの力。世界を壊し、そして作り上げる力。
「終焉と創世」
もはや剣の形に収まることなく、巨大な光の柱となった聖剣が……魔王の邪悪の飲み込んだ。