剣士であり魔王
「向こう、静かになったな」
「そのようだ」
ロンメルトがやってくれたのか。もっと早くこうなると思っていたけど、想像よりも苦戦したのか、それとも親子の再会で交わす言葉も多かったのか。なんにせよ、俺はゲンサイにだけ集中すればいい。
復活した聖剣の握りを確認する。琴音の魔法で極限まで進化した刃は、見惚れてしまうほどに綺麗だ。こんな綺麗なものを殺し合いなんかに使っていいのかという罪悪感めいた気持ちを抱きつつも、握っているだけで無敵になったかのような万能感に包まれる。早く使ってみたいと、子供のような気持ちになってしまう。
「良い剣だ。私は刀以外に興味は無いが、それでもその剣の美しさには感じ入ってしまう」
「そうかい。なら話が早いな……試しに斬られろ」
言って、どこの殺人鬼だと思った。けどその言葉で嬉しそうにしている変態が目の前にいるから、俺はまだ大丈夫そうだ。
琴音は……十分遠くまで逃げているな。じゃあ、そろそろ行こうか。
「それはもう慣れた」
光速で懐に飛び込んだ俺と、ゲンサイの目が合った。
「だからって普通に反応するかよ!?」
比喩でもなんでもなく光速だぞ!? なんで人間が反応できる! しかも刀もしっかりタイミングを合わせて振りはじめている。常識がどうにかなりそうだ。
こうなれば止まることもできない。このまま聖剣を、振り切る!
「おお」
思わず声が出た。サクリと切っ先が地面に突き刺さる。それは切り落とされたゲンサイの刀の先端だった。
刀を斬られ、そのまま頬に赤い線を深々と刻まれたゲンサイが驚愕に目を見開いている。折れず、曲がらずを自称した刀を切り裂かれたことが信じられない様子だった。
「当然と言えば当然だな。世界最高峰の鉱石ミスリルを、琴音の魔法でさらに進化させたんだから」
「いや、それだけならば折れることはあっても斬られはすまい。鍛冶師の腕もあってのことだ」
「そりゃ……次に会ったら伝えておくよ」
「ここで死ぬ男には不可能だ」
ゲンサイが予備の刀を取り出し、構える。いや待て、これは予備の刀なんかじゃない。
「極刀・鐵。我が名の由来となった、最高の刀。魔王の肉体でもって鍛え上げた、至高の一振り。断言しよう、これを上回る刀は存在しないと」
それは吸い込まれそうなほどに黒い刀だった。普通の刀よりも長く、太い。それでも刀の常識から大きく外れるほどではないというのに、何故かとてつもなく巨大な剣にように感じられた。
「この刀が、鍛える以前は岩の如き鉄塊だったと言って信じるか。素材は鉄だが、鉄とは呼べん。玉鋼でもない。巨大な鉄塊をこの大きさになるまで、徹底的に叩き、鍛え、圧縮した刃。見た目に則さず魔王の肉体でなければ持ち上げることも叶わん重さが欠点ではあるが……誰にも握らせる気など無いのだ、問題ない」
「むけられる側からすると大問題なんだが」
鉄が縮むまで叩くって、物理的にありえないんじゃないだろうか。不純物を出して小さくするとかじゃなく、原子とかの規模で圧縮してるってことだろ? まあ、この人が頭おかしいのは、もう今更だけど。
「試してみようではないか。どちらの剣が上なのかを」
ゲンサイがゆったりとした動作で刀を掲げた。そしてそのまま、こっちの動作を待っている。ぶつけあおうってことか。これで聖剣が折れれば、いよいよ後が無い。けど逆に折ってやることができれば形勢は俺に傾くだろう。
どっちにしろ戦えば打ち合うことになるんだ、付き合ってやろうじゃないか。
「ふっ」
「はっ!」
甲高い金属音が響く。聖剣は……健在だ。そしてゲンサイの黒刀もまた、変わりなく鈍い光沢を放っていた。
互角、か。何度も打ち合えばどうなるかわからないけど、互いに刃こぼれ1つ無い。十分だ。折れない限り、戦える。ガガンと琴音には感謝してもし足りないな。
しかし……重っ! 剣から伝わってくる重量感が半端じゃない。こんなの何回も打ち合っていたら、俺の手の方が先にイカレてしまいそうだ。
「武器は同等。ならば比べるは我ら自身か」
「ああ、そして俺が勝つ」
「それもまた良し。楽しませてみせろ」
再び剣をぶつけあう。互いに弾かれ、俺はその勢いのまま後ろに飛びのいた。聖剣が強化されたといっても、俺の剣の腕はまったく変化していないのだ。この剣技の化け物にどうやって剣を当てるのか、それが俺の戦いだ。
……どうしよう。振り出しにすら戻れてない。当てられるかなぁ、あれに。
「ええい、泣き言を言っても始まらない! そうだろオル君!! 魔導兵装、CODE-OriginalDragon!!」
物理法則を無視して唐突に現れた巨体がゲンサイに飛びかかる。その迫力は相当なものだったろうに、まったく怯むことなくゲンサイが刀は切り捨てようとした。
ギャリギャリと刀がオリジナルドラゴンの鱗を削る音が響く。もっとも、オリジナルドラゴンの表面はその辺の鉱石でしかないから、オル君には傷一つ無い。いくらでも斬るがいい。
「そっちはただの目くらましだからな!」
ジルの補助無しでは光速移動なんて無茶苦茶な真似はできない。普通に衝撃で消し飛ぶからな。だけどオル君にかかりきりになった隙だらけのゲンサイなら--
「この程度の不意打ちで、このゲンサイが斬れると?」
ゲンサイの目はしっかりと俺を見据えていた。刀も、いつでも振れるよう引き戻し済みだ。ゲンサイの刀とぶつかり、俺の剣がバターのように切り裂かれた。俺に驚きはなく、むしろ斬れたことにゲンサイの方が驚く。
それはそうだろう。だってこれは、さっき地面から適当に鉄を集めて作った、ハリボテ同然の剣なんだからな。
「世界が命じる、地」
ガラクタがゴミに変わった瞬間にそれを放り捨て、地面に手を当てて命じる。途端にゲンサイの足下が形を失い、アリジゴクを思わせる状態になってその両足を飲み込んだ。
そして戻ってくるオリジナルドラゴン。前足の爪には、その仮初の体を構築した時に材料として使用した聖剣がはめ込まれている。
バランスを崩し、立て直すこともままならない状態のゲンサイに聖剣の爪が迫る。
「忘れたか。お前が剣士ではなく魔法士であるように、私は剣士であり魔王であるということを」
ゲンサイの右目が赤い光を放つ。同時に全身を走る怖気。
「待て、オル君! 逃げろ!!」
「みぎゃ!?」
俺の声に慌てて軌道を上空へと向けるオル君。俺も全力でゲンサイから距離を取る。
一瞬遅れて、ゲンサイの体から赤黒いオーラが吹き出し、周囲を侵食していった。そのオーラ……邪気に触れた植物が瞬く間に枯れ、地面がひび割れ、空気が腐る。死が、巻き散らかされる。
「戻れ、ジル! オル君は袋の中に隠れてろ!」
合流したオリジナルドラゴンを解除し、再度ディープブルーモードに切り替える。だけど間に合わない。光の力を借りるより早く、ゲンサイのまき散らす死が追いついた。
「くっ、おおおおおお!! 世界が命じる--」
何に、命じる? 誰に命じる?
誰も何も抗えやしない。触れた物全てを侵し、殺す。あれは最強の個だ。己以外の何者の存在も許さない。全てを排除し、殺し尽くす。光でも闇で無い、悪。
世界の悲鳴が聞こえてくる。殺されていくモノ達の断末魔が脳内で反響している。助けてくれと、言葉にはならない声をあげている。
ふざけるな、助けてほしいのは俺だって同じだ。
だから--助けあおう。俺がアイツを倒してみせる。だから力を貸してくれ。最強の個に立ち向かうために、俺達は最強の集となろう。
「『世界』!!」