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影話・終血

 ユリウスは静かにロンメルトとウルスラグナの戦いを見守っていた。

 元々ユリウスが同道したのは、この砦まで繋がっている隠し地下道が途中で崩落していた場合に対処できるようにということと、この親子の決闘を邪魔しようとガルディアス兵が来た場合に、それを押しとどめるためだった。


 だからユリウスは悩んでいた。助けにいくべきかと。

 悠斗の見立てでは、ロンメルトは邪魔さえ入らなければ圧勝するだろうということだったが、実際はその反対。このまま何も起こらなければ、ウルスラグナが圧勝するだろう。


 悠斗の読みは甘かった。だがそれを責めることはできない。生まれながら定められた魔力の量が全てというこの世界で、魔力が少ないなりに工夫をする人間と、今まで遭遇したことがなかったのだから。魔法が弱いのは、魔力が少ないのだから仕方ない。それは努力ではどうしようもない問題だ、という考えが浸透しているのが原因だった。

 事実、ウルスラグナがEXアーツにのみ頼る戦い方をしていたなら、重い物を軽々と持ち上げてソレを投げつける、といった戦法がせいぜいだったろう。


 助けに入るべきだ、とユリウスは考えていた。このままでは見殺しだ。だが、肝心のロンメルトがそれを許さないだろうことも理解できていた。

 幸いにも、ユリウス達には知る由もないことだが、琴音の奮闘で大きく兵力を削がれたことでガルディアス軍は切迫しており、皇帝を守る兵はほとんどいなかった。その少ない護衛も既にツヴァイリングヴォルフによって噛み殺されている。


 行くべきか、見守るべきか。他者に指針を示してもらえなければ動けない性格のユリウスは、ただ立ち尽くしていた。



 そしてその視線の先で、暴風雨が吹き荒れる。


 壁を蹴り、天井を蹴り、もはや上下左右の区別も無く縦横無尽に飛び回り、すれ違い様に爆撃のような剣撃を投下していくウルスラグナと、それを死にもの狂いでしのぎ、どうにか一撃加えようと大剣を振り回すロンメルト。ウルスラグナの攻撃は当たらずとも心身を削り取るのに対し、ロンメルトの剣はいまだ届かない。


 ロンメルトはよく頑張っていた。ウルスラグナの剣の衝撃によって、ついには砦そのものが悲鳴を上げ始めた中、こうして紙一重で命を繋いでいるのだから。


「ぬうううっ、憤破! 墜せ--」

「そんな形振りかまわん大技になんの意味がある」


 ジリ貧の状況にたまらず最大威力の技を放とうとし、その隙を逃さず突いたウルスラグナの巨剣がロンメルトの体を叩いた。

 交通事故のような音を残し、その音に見合った勢いでロンメルトが地面を転がった。凄まじい衝撃と痛みが、ロンメルトの意志に反してその体を起き上がらせることを拒否させる。そして当然、すぐさまウルスラグナの追撃が飛んだ。


 たまらずユリウスがツヴァイリングヴォルフに救出を命じるが。


「手を出すでない!!!!」


 怒号と共に、ロンメルトが動かない体を無理矢理動かして立ち上がった。その気迫はウルスラグナをも貫き、その足を止めさせる。


「余が、余がやらねばならんのだ! 余がこの手で!!」


 それはロンメルトのわがままだった。ロンメルトが直接ウルスラグナを倒すことに意味など無く、その首級をあげて戦争を止めさえすればそれでいいのだ。ケイツや悠斗がこの場にロンメルトを向かわせたのは、もちろんその心情を慮ってのこともあるが、大多数を相手取る戦いに向かないロンメルトの役割が外の戦場には無かったという部分もある。だが、つまりは適材適所と思いやりの結果でしかない。


「貴様は母に良く似ている」

「な、にを?」

「魔力が無いからどうした。人間の価値は、強さは、そんなことで決まるわけではないと、よくそう言っていた」


 それは義父のマクリルからも聞いたことが無かった、母クローナの言葉。


「だが、どうだ? 力無きクローナは死んだ。命とは生きるためにあるのではないのか? その命すら守れず、なにが強いと言えるのか」

「余の母は守ったであろうがっ!!」


 膝を震わせ、血を吐きながら、それでもロンメルトは叫んだ。その言葉だけは許さないと叫んだ。


「我が子を、余を守ってくださったではないかっ!!」

「っ!!?」

「余の母は美しかったのであろう? ならば何故、卑劣漢どもは母に手出ししようともせず、すぐに殺してしまったのだ。金目当てであれば売り飛ばすこともできたであろう。己で穢すこともできたであろう。なぜ、そうしなかったのか。それができぬほどに……余を守るために、必死に戦ったからであろう!!」


 大剣を杖に、しかし決して倒れまいと踏みとどまる。今この瞬間だけは、死んでも倒れないと主張するかのように。


「弱かったのは貴様だ、父よ! 母の弱さを知っていながら、なぜ守れなかった!! ノーナンバーを妻に迎えることを、己の立場が悪くなることを、周囲の視線を、恐れて踏み込めなかった貴様が弱かったのだっ!!」

「黙れっ!!!」


 感情のままに振るわれたウルスラグナの剣を、防ぐ余力など無いロンメルトは杖代わりにしていた大剣に体重を預ける形で受け止める。それでもなお吹き飛ばされるが、やはり膝はつかなかった。

 しかしその代償は大きい。ガガッ、という音を最後に、アシストアーマが遂に限界を迎えたのだ。それでもロンメルトの心は、折れない。


「……友であったマクリルに頼るということもできたであろうに、その半端さが、迷いが、母を守れなかった原因であろう!! 魔力があれば助かっただと!? 兵士でもない女性1人が、多少の魔力で複数の男に勝てるものか!」

「黙れと言っている!!」


 激昂のままに、巨剣がロンメルトの脳天へと振り下ろされた。吹き飛んで衝撃を殺すこともできない、真上からの圧殺。不快な音を立てて動きを止めたアシストアーマでは、今度こそ耐えようのない一撃が落ちてくる。

 迫る死を、眼力だけで跳ね除けるつもりかのように強く強く睨みつける。ロンメルトの剣はついぞ届かなかったが、心まで敗北しては逝かないと、そう告げるように。



 だが、その死はロンメルトに届かなかった。


「リスの子よ、なぜ……」


 紙一重でツヴァイリングヴォルフに咥えられて救われたロンメルトが、安堵よりも悔しさを滲ませながら不満を露わにする。


「いや、余に文句を言う資格など無いな。みなの命運を預けられた身でありながら我を通し、挙句の果てに敗れた余には」


 救われたとはいえ明確な敗北を示されたロンメルトは、死が遠ざかった肩すかしもあって先ほどまでの気迫は無くなっている。


「お主も、1人でアレの相手は厳しかろう。だが、この命を賭して少しでも弱らせてみせるゆえ、後のことは……」

「……」


 そんなロンメルトの手を、ユリウスはギュっと握った。

 言葉を話せないユリウスの、想いを込めた手のぬくもり。なにも言葉にしていない、伝わるはずのないソレは、何故か不思議とロンメルトの心に沁みこんだ。


「共に戦おうと言うのか。だが--」

「……」

「ああ、そうであったな」


 ユリウスの心を感じ、ロンメルトの体に力が戻った。それは本当にわずかな、いうなれば根性に近い出涸らしのような力だが、もう一度剣を振る程度のことはできるだろう。


「友に頼ればよかったのだと、そう言ったのは余であった」

(コクリ)


 妄執めいた因縁。そういった憑き物が取れた様子で、ロンメルトは登りやすいように頭を下げたツヴァイリングヴォルフの背に跨った。そしてその膝の上にユリウスも跨る。

 その姿を、ウルスラグナは笑い飛ばした。


「結局、貴様はワシを超えられなかった。魔法の力に敵わなかった。そういうことで良いのだな」

「認めよう。悔しいが、余の研鑽した剣技と、父と鍛冶師の与えてくれたアシストアーマは貴様の魔法に敗北した。だが、それは余と貴様とどちらが『強者』かを決めるものではない。余にはまだ、仲間という力が残っておった。それをリスの子が教えてくれたのだ」

「他人にすがって、何が強さかっ」


 くだらないと断じるウルスラグナに、ロンメルトが気負うことはなかった。思い出すのは、以前ケイツ元帥が言っていた言葉。


「孤高の王など存在しない。人は群れる動物であり、それを導くのが王なのだ。なれば仲間と共に戦うことの何がおかしい」


 ロンメルトにはユリウスがいる。外で戦う悠斗達がいる。みんなが力を合わせ、戦い、そしてロンメルトは今ここにいる。この戦争の行方を左右するのは悠斗だが、その過程で失われるかもしれない命はロンメルトに託されたのだ。民の命運を託されているのだ。

 ウルスラグナには誰もいない。己の野心のためだけに戦い、ゲンサイとは利害が一致しただけ。ゲンサイの目的がおおよそ達成されている今、仮に助けを求めたとしてもゲンサイはやっては来ないだろう。砦の異常はさすがに気付かれているだろうに駆けつける者は無く、唯一の親族は眼前で敵意を漲らせている。


「ふがいない王に誰が従う!」

「貴様のそれは、力で従わせているだけであろう!!」


 再び暴風が吹き荒れる。

 ツヴァイリングヴォルフが放つ熱気も冷気も巨剣の一振りで吹き払われ、高速で駆けるウルスラグナを捉えられないロンメルトは、最後の力を振るうタイミングを掴めない。


 さきほどと同じ光景だった。どんどんと傷を増やし、限界がじわじわと迫ってくる。そしてついに、限界は訪れた。


「砦が、崩れる!?」


 先に限界を迎えたのは砦の方だった。天井を支えていた壁と柱がガラガラと崩れ、上からも瓦礫が降り注ぐ。

 そしてそれは千載一遇のチャンスだった。足場が不安定になったウルスラグナは足を止めざるをえず、動きを止めた瞬間を見逃すことなくツヴァイリングヴォルフが飛びかかる。


 だがそれはウルスラグナも承知の上のこと。巨剣を掲げ、迎え撃つ構えを整えて待ち構えていた。

 ツヴァイリングヴォルフを駆るユリウスが気づいて止めようとした時には既に遅い。重力の力を纏った巨剣は防ぐことも許さず、2人と1匹を粉砕するだろう。


「あとは、余に任せよ」


 ユリウスを残し、ロンメルトがツヴァイリングヴォルフの背から飛び出した。互いに振りかざす巨剣と大剣。ロンメルトにはアシストアーマの加護も無く、その勝敗は誰の目にも明らかだった。


「お前は強くなったのだな……ロンメルト」


 ウルスラグナの掲げた巨剣は、振り下ろされない。それどころか重さに耐えかね、主人の手を離れて重々しい音を立てて地面に突き立つ。


 魔力の限界。

 魔力の消費を最小に抑えつつも燃費の悪い使い方。そして一撃必殺でなければならない猛攻をしのぎ続けたロンメルトとユリウス。もはやウルスラグナには、EXアーツで巨剣を軽くすることすら不可能だった。



「己の肉体を信じた貴様は、その鎧を失ってもなお折れず。魔法を信じたワシは魔力を失った時が最期であったか」



 振り下ろされたロンメルトの大剣を迎え入れるように受け、ウルスラグナは鮮血と共に崩れ落ちた。







「ロンメルト……お前の言葉で、今更ながら気付かされた。ワシは、ワシの弱さでクローナを失ったことを認めたくなかったようだ。認めぬために力を求め、お前を切り捨て、そして友はワシを見離した」


 血の海に沈み、瓦礫の雨にさらされながらもウルスラグナは話し続けた。もはや言葉を話す力すら流れ出てしまっているだろうに、20年間伝えられなかった想いを吐きだすように。


「息子よ、この愚かな父を……決して許すな」


 肩から胸にかけて引き裂かれ、膨大な血液を垂れ流しながらウルスラグナは立ち上がった。ありえないことだ。そもそも話せていることがありえない、まだ命があることが不自然な傷なのだ。

 だがウルスラグナはなにかに突き動かされるように歩を進め、道をふさぐ瓦礫の山と向き合った。


 ほんのわずかに回復した魔力でウルスラグナが巨剣をかつぐ。軽量化されていても、元が巨大すぎる物体だ。その圧力が、尽きつつあった血液をさらに吐き出させる。しかし、もはや死を受け入れているウルスラグナの動きに迷いは無い。

 そして文字通り命を賭した巨剣の一撃が瓦礫を吹き飛ばし、砦の外への道を作り出す。


「この愚王の姿を許さず、忘れず……立派な王となれ」


 力無く倒れ行くウルスラグナの表情は、息子を誇る父親の顔だった。 

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