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天波のオリジン

「ふおおおおお、かっけえーーーー!!」


 案内された部屋で、俺は本を手に興奮の声をあげていた。抑えられない、この衝動。

 どこのロイヤルスイートだと言うくらい(泊まった事ないけど)豪華絢爛な部屋なんて、この本の内容に比べれば驚くに値しない。


 当たり前のようにシャンデリアがあるような部屋で、机の存在をガン無視してベッドに寝転がり、本を眺める。


 実録餓獣図鑑。

 部屋に案内される前に持ってきてもらったそれには、実在を確認された世界中の魔物……餓獣が収録されているらしい。もちろん、ドラゴンも。


「みぎゃ」

「おお、オル君はそれが気に入ったのか? ジャッジメントドラゴン……罪人が近づくと回避不可能の裁きが下される? ひゃあ、やばい。そしてかっこいい!!」


 オル君と一緒に図鑑を見ながらテンションあげあげだ。

 今すぐにでも探しに行きたい。

 だけど琴音も着いてくる以上、無謀なことは出来ない。少しでも安全を確保する為にも、どんな秘境でも突き進めるように……強くならなくては。


「強くなるぞーオル君!」

「みぎゃぁ!」


 その場で四つん這いになって腕立て伏せ開始。オル君も隣で四つん這いになる、オル君は元々か。とりあえず200回くらいやっておこう。

 明日からは魔法を教えて貰えるという話だ。早く強くなってドラゴンを探しに行きたいな。



 カシャン、と音がした。


 壁の向こう側、琴音が案内された筈の部屋だ。なにか割ったのか? もしかすると琴音もトレーニングをして勢い余って花瓶でも落としたのかもしれない。俺も中学生の頃に電灯の紐でシャドーボクシングをしてたっけ。恥ずかしい思い出が蘇ってしまった……。


 琴音の慌てふためく声でも聴いてやろうと耳を澄ますと、今度はバンッと壁に体当たりするような音。激しいな、と思ったのも束の間……壁の向こうから琴音のくぐもった悲鳴が聞こえた瞬間、俺は部屋を飛び出した。


「琴音!? どうした!!」


 だが琴音の部屋には入れなかった。

 その前に立ちふさがる者がいたからだ。


「ご機嫌よう、深蒼のオリジン」

「そのマント……あの子供の仲間か!?」


 真っ黒なマント--雑木林や洞窟など薄暗い場所でばかり見ていたから気づかなかったけれど、よく見れば薄っすらと紫色の模様が入っている--で体を隠した男。相変わらず姿は見えないが、声の感じからして60歳以上の男性と思われる。

 開け放たれた琴音の部屋の扉。その中央にまるで門番の様に立つ黒マント。背後には二つの人影が見えた。


 琴音と、洞窟で俺達に襲い掛かってきた男アンゴル。


「まだ諦めて無かったのか!!」


 琴音を助ける。邪魔をするなら、まずこの黒マントを殴り飛ばそう。

 だが部屋に入ろうとした俺に、黒マントは何故か棒を投げ渡した。固い木でできた、普通の棒だ。まさか武器にしろとでも言うのか。


「この扉をくぐりたいなら、先にその棒で安全を確かめるが良かろうて」


 意味がわからん。何か罠があるとして、確かめろって……ああ、そうか。こいつらは俺達に危害を加える気が無いのか。捕まえに来たんだもんな。

 なら、と棒の先を扉の内側に突っ込む。


「……消えた」


 焼失したとか、崩れ落ちたとか、砕けた割れたといった破損の類ではなく、消失。文字通り消えた。黒い門を越えた時を思い出してワープも疑ってみたが、ひっこめた棒が明らかに短いから違う。なにこれ危なすぎる。

 範囲を確かめるために色んな所に棒を向けてみるが、その度に棒は短くなり、とうとうタバコくらいの短さになってしまった。これ以上はウッカリ指まで消えてしまいそうだから、残った棒を投げ捨てて消させる。


「ゴミ処理に便利そうだな。ちょっと今すぐ地球に行って環境問題を解決してきてくれない?」

「これが終われば、考えておこうかの」


 今すぐって言ってんだよ。この謎バリア消してどっか行け。

 俺が一通り試しているのを見守っていた琴音が、俺が助けに行けないことを理解して絶望し、アンゴルは邪魔が入らないことを確信してニタァと笑った。

 くそ、もっと分かりやすい魔法が使えれば、壁を壊すなり、飛んで窓から入るなりできるのに…………魔法?


「来てくれ、ジル!!」


 呼ぶかけに応じ、手のひらサイズの青い小鳥、ジルが虚空から出現する。

 俺の魔法、理を喰らう鳥ルールイーターは魔法を食って奪う。ならこの謎バリアも食ってもらえば良かったんだ。

 ジルの姿を確認してアンゴルの顔が青ざめる。トラウマにでもなったか? だがアンゴルから話を聞いていて知っているだろう黒マントは変わらず余裕を感じさせている。


「素晴らしい…………」


 黒マントの雰囲気が変わった気がした。まがまがしさが薄れて、懐かしむような目でジルを見ているような……気のせいだな、顔見えないし。


「だが、コレは食べない方がいい」


 謎バリアを食べようと口を開いたジルが、ピィ!? と驚いて飛びのいた。そして俺の肩に乗り、ブルブルと震えている。なんでだ、魔法ならなんでも食べられる訳じゃない? まだこの魔法のことを完璧に理解していないからな。

 だけど、これで部屋に入る方法が完全に無くなってしまった。


「ジル。助けを呼んできてくれ。城の中が騒がしくなってきてるから、ケイツの周りを一周して戻ってきてくれれば、ここまで誘導できるだろ」


 放っておいても来るだろうけど、今は時間が惜しい。俺自身が行くのが一番確実だが、琴音から目を離すのは不安だし、会話することでもう少し時間を稼げるかもしれない。

 ピ! と鳴いて飛びあがるジル。その足にはオル君が掴まれている。なるほど、オル君もいれば俺の呼びかけだと判りやすいな。


 ジルとオル君を見送り、改めて黒マントと向き合う。


「おやおや、増援が来るようですな。アンゴル氏、急がれた方がよろしいですぞ」

「そのようだ」


 やばい、時間を稼がないと。琴音の戦闘力は皆無に近い。


「俺達はセレフォルン王国に保護されてる身だぞ。国を敵に回す気か?」


 とっさに出た言葉だったが、我ながら悪くない口上だ。日本で警察と自衛隊に喧嘩を売るようなものだからな。個人でどうにかできる訳がない。ない、よな? この黒マントの力だとなんとかなりそうな気がしてきた。


「構いませんとも。ガルディアスに戦争を仕掛けられている状態でオルシエラとも敵対する覚悟がおありなら、どうぞ」


 そう言えばケイツ元帥が言ってたっけ。オルシエラと通じてる可能性があるとか、ないとか。なんでこの世界の国は3つしかないのに、こんな仲が悪いんだ。


「アンゴル氏、いちいち彼の時間稼ぎに貴方まで付き合うことはございませんぞ」

「す、すまない。すぐ終わらせる」

「待っ……!」


 アンゴルが琴音を捕まえようと歩きだす。

 オリジンとして覚醒されないようにする為か、彼のEXアーツである鎌は出していなかった。


「命の危機など感じさせない。血の一滴も流させない。優しく……痛めつけてやろう」


 奴が腕を振ると、風が吹き荒れ琴音の体が壁に叩き付けられる。琴音は苦しそうに咳をしているが、言ってしまえば壁に向かって突き飛ばされただけだ。命は全然脅かされていない。だから魔法に目覚める条件も満たせていない。気絶すれば良し、しなくとも抵抗できなくなるまで、それを繰り返すのだろう。


「相変わらずのクソ野郎だな……」

「化け物の相手をする身にもなって欲しいものだな。お前はおとなしくしているだけの猛獣をそのまま捕まえられるのか?」

「えい!」


 俺の方を向いていたアンゴルの背後から、部屋にあった椅子を持って琴音が殴りかかった。半分も持ち上がってない椅子が歩くような速さで振られたが、風で防御したのか見えない壁にはじかれる。そして再び突風が吹き、琴音は吹き飛ばされる。


 その時、窓を突き破って部屋に飛び込んできた者達がいた。


 彼らが身に着けている白い服は、この国の兵士が着ている物だ。飛び込んできた兵士は5人。うち1人は素早い動きで琴音を受け止めた。


「そのまま常緑のオリジンの保護を! 1人は黒いマントの男を警戒、残り3名ですみやかに風使いを鎮圧せよ!!」


 いつの間に来たのか、ケイツが俺の隣で兵士達に指示を出していた。ケイツに続いて10人の槍持ち兵も駆けつける。

 彼らを連れてきてくれたジルとオル君は、誇らしげに俺の肩に着地した。よくやってくれた。あとで部屋にあったクッキーをあげよう。


「これはこれは、千戦のケイツ元帥とお見受けしました」

「ふむ。そのマント、オルシエラ元老院の手の者だな。大それた真似をしてくれる」


 さすが元帥、有名人らしい。だというのに黒マントが未だ余裕を崩さないのが気になった。


「EXアーツ〈小火竜サラマンドラ〉」


 ケイツの手に出現したのは、二丁の拳銃だった。この世界に銃があるのかは知らないが、どこからどうみてもハンドガンだ。リボルバーじゃない方の。それを黒マントに向けて構えたケイツは、ニヒルな笑みを浮かべて言った。


「諦めて降伏することだ。この火竜の牙に貫かれたくなければな」

「かっこよく決めた所悪いんだけど、あの部屋の入り口のバリアに触れると消滅するぞ」

「む、そうか。お前がペットを送り込んだ時点で足止めされているのは予想していたがな」


 それでいきなり窓から突入させたのか。窓も無理だったとしても、包囲網は完成してたってことか。

 じゃあ何の為に銃を出したんだろう、と思ったら黒マント向けて発砲した。ビックリするくらい躊躇が無い。そして案の定、銃から放たれた炎の弾丸は黒マントに届く前に消滅した。

 だがケイツは構わず撃ち続ける。


 そうか、窓にはバリアが無かったってことは、複数は出せないってことだ。こうして黒マントをこっちにくぎ付けにして援護をさせないつもりなんだな。窓にバリアを張り忘れただけでなければだけど。


 予想通り動けないのか、最初から動く気がないのか、黒マントがアンゴルを援護しようとする気配は無い。その間に琴音を護っている兵士は、彼女を逃がすためにジリジリと窓に近づいて行き、アンゴルを囲む兵士達はそれぞれの魔法を用意する。


 飛んでいたことから、突入した兵士は全員がアンゴルと同じ風の魔法を使うのだろう。だがアンゴルは琴音を刺激していまうのでアーツは使えない。今まで見た感じからして、アーツを使わなくても魔法は使えるが、使った方が強力な魔法が使えるようなのだ。なら、同じタイプで人数が多く、アーツも制限されていない兵士達の方が圧倒的に有利。


 そして魔法が放たれる。


 剣のEXアーツから放たれるかまいたち。大砲のEXアーツから放たれる風の砲弾。扇のEXアーツから放たれる竜巻。それらの余波から琴音を護ろうと展開された盾のEXアーツ。


「はっああああああああ!!!!」


 アンゴルを中心に発生した突風。これはもう、爆発と呼んでもいいかもしれない。それは兵士達の魔法を飲み込み、砕き、術者もろとも吹き飛ばした。


「な……ぁ!? 馬鹿な、なんだあの魔力は!!」


 ケイツが目を剥いて驚く。

 アンゴルは絶対的に有利だった筈の、もう負ける理由が無いほどの差があった筈の兵士達をEXアーツを使わずに薙ぎ倒してしまった。


 そして気づいた。アンゴルの髪の一部が、不自然に色が異なっていることに。


「どうなってるんだよ、髪の色が変わるのはオリジンだけじゃなかったのか」

「オリジンだけだ、その筈だ。だがあれは……あの色は間違いなく風の色、天波あまなみのオリジンの色だ」


 狼狽する俺達をあざ笑うように、黒マントがクスリと笑った気がした。

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