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琴音のおかげで

 泥の中を歩く程度の足取りで、ゲンサイは溶岩の中を進んでいる。その行先は、俺だ。まっすぐにこっちへ向かってくるゲンサイの表情は険しく、間違いなく今も地獄のような灼熱に苦しんでいることがわかる。

 だけど……これ以上溶岩地帯を広げようとは思えなかった。きっとあと何時間マグマに身を焼かれようと、あの男は表情以外は何も変わらない。その剣技をほんのわずかに鈍らせることすら出来やしないに違いない。


「これほどまでに苦しめられたのは、まだ未熟であった頃……師に打ちのめされては挑んでいた頃でさえ無かった」

「……」


 それは、喜べばいいのか? いいや、喜べるものか。結局勝てないことには変わりない。どれだけ苦戦させたって、最後に負けてちゃ意味が無い。


「さあ、次は何を見せてくれる? どう私を追い詰めてくれる? その尽くを踏み砕いてみせるぞ、さあ!」

「次……」


 次ってなんだ? 聖剣は砕けた。マグマに落ちたそれは、もはや剣の形すら成してはいないだろう。 魔法は通用しない。溶岩に焼かれ続ける以上の苦痛なんて、そんなに簡単に思いつくものじゃない。


「待て。まさか、まさか終わりだなどと言うまいな!」


 そんなことは無い。これでダメだった場合も想定して、色々と考えてあったさ。だけどそれは「魔王はなにものの干渉も受けない」のイメージに阻まれた場合でのシュミレーションだ。聖剣でもダメージを与えられなかった場合も想定して、精神面で攻撃する作戦もたくさん考えてあった。だけど、まさかその精神力のみでマグマに耐えきるだなんて夢にも思っていなかったんだ。どんな方法でも、この男の精神を折ることは絶対にできない。そして肉体にダメージを与えられる唯一の手段である聖剣も失われた。

 肉体的にも精神的にもダメージの通らない相手に、これ以上何ができるっていうんだ。


 何も答えない俺を、ゲンサイが蔑むように見下ろした。


「興ざめにも程がある。こんな手酷い裏切りは初めてだ。そう、これは裏切りだぞ深蒼」


 うるさい。俺は精一杯やった。お前みたいな化け物相手にここまで出来る人間が俺以外にどれだけいるっていうんだ。お前がおかしいんだ。俺は……悪くない。どうしようもないんだ。攻略法が用意されているTVゲームじゃあるまいし、頑張ったってどうにもならないことはある。諦めないことが美徳だと、無駄と知りながら何度も挑んで何度も絶望しろとでも言うのか。


 ゲンサイが俺の前に立ち、刀を振り上げた。ジルが俺の意思を無視して必死に魔導兵装の防御を固めているが、無防備に受けて耐えきれるほどゲンサイの剣は軽くは無いだろう。

 本当に強かった。どうしてこんな男に勝てるだなんて夢想したのか、昨日の俺を笑い飛ばしてやりたいよ。


 刀を握る手に力がこもる。もはやかける言葉も無いのか、無言のままその刀を--


「だめぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!!!」


 振り下ろされた筈のゲンサイの刀が止まった。なんだこれは。風? 風がまるで意志を持っているかのようにゲンサイの腕に絡みつき、その動きを封じている。


「この程度で……止まると思うか、このゲンサイがっ!!」


 ゲンサイが腕の力を強め、強引に振り払いにかかった。巨岩を小石のように持ち上げる魔王の剛腕が、伊ともたやすく風の拘束を引きちぎる。

 だがその時、風に加勢する者が現れた。周囲の草花が葉や根を伸ばしてゲンサイの足をからめ捕り、地面が隆起して岩石の牢獄を作り上げる。ほんのわずかな身動きすらできないくらい狭い牢獄に囚われたゲンサイは、その動作を止めるしかなかった。


「かあぁっーーーー!!」


 それでもゲンサイは止まらない。予備動作無しに、無理矢理それらを振り払った。しかし既に「次」は迫っている。さすがのゲンサイも目を見開く。


 炎を纏って遥か上空から落下してくる巨大な岩石……隕石だ。


 生物としての本能がゲンサイの体を突き動かしたのか、今までどんな攻撃も受けきっていたゲンサイが隕石の軌道から身を躱した。おそらく無意識に逃げたのだろう。そうしてしまうだけの威圧感と絶望感を隕石は放っている。

 だが隕石は寸分の狂いも無くゲンサイに直撃した。寸前で軌道を変えたのだ。逃げたゲンサイを追いかけるように、変わるはずのない軌道を捻じ曲げたのだ。


 ゲンサイを押しつぶし、地面を砕き、周辺一帯に破壊が巻き散らかされる。俺もまた、その余波で体を吹き飛ばされ、何十メートルと後方に転がされた。


「な、なにが……」


 風を、地を、隕石さえ操ってみせた。これじゃまるで俺の「世界」属性だ。いや、違うか。あれらは操られているというより、むしろ自分で意志を持って動いているみたいだった。

 意志を持たないものに意志を持たせ、動かす魔法。規模は比較にならないけれど、この魔法は--


「琴音……」

「悠斗君!!」


 ふらつきながら振り返った俺の体を、抱きしめる形で琴音が支えてくれた。


「どうして、ここに?」


 琴音は今、連合軍とガルディアス軍のぶつかり合っている戦場にいるはずだ。あそこで戦う人々を見捨てて、持ち場を放棄するようなこと、あるはずが無い。


「私が任された分は、みーんなやっつけて来たから大丈夫だよぉ」

「いや、だけど……」


 ダメだ、いまいちわからない。言っている内容はもちろん分かっているのだけれど、色々な違和感がその理解を邪魔してくるのだ。

 琴音の魔法はこんなにも短時間で数万の軍勢を沈黙させられるほど強力だったろうか。周りがガルディアス軍だらけで、捕虜を運ばせる部隊も無い以上、その数万人を片づけたということはつまり……それを今、彼女が成したというのか。担当する範囲が終わったからと、今も命を散らせながら懸命に戦う戦友達に手を貸すことなく俺の所に単独で来たことも、あまり彼女らしいとは思えない。


「約束、したもん」

「約束?」


 なにか、こんな状況になるような約束をしただろうか? 琴音と交わした約束というと……。


「この世界に来たばっかりの頃、力を合わせて生き残ろうって約束したよね。悠斗くんがこの世界を冒険するのについて行って、絶対悠斗君の助けになってみせるって誓ったよね。そしてその代わりに、悠斗君も私の罪滅ぼしに協力してくれるって言ったよね」


 ああ、言ったな。俺達は対等な仲間になろうと、そうあろうとしてたっけ。


「全然だよ。悠斗君、どんどん強くなっていくんだもん。私は私が誓った大活躍を、全然できてない。私はたすけてもらってばっかりなのに、私の力なんてちょっと便利ってくらいだった。……悔しかったよ」

「残念だが」


 隕石によって舞い散った粉塵の中から足音が聞こえて来た。当然か。あれは惑星が砕けるような破壊でさえ傷つけることすらできないのだから。


「やはり大した役には立たん。精々、死ぬまでの時間が長引くだけだ」

「そんなことないもん!」


 琴音が種を放り投げる。それは一瞬にして大樹へと成長し、その内にゲンサイを飲み込んで天へと伸びる。これはアガレスロックと戦った時、琴音の魔法を自分にかけて潜在能力を引き出した時に生み出された大樹に匹敵する大きさだ。

 だけどそれでも、ゲンサイの動きをほんの少し封じるのが精一杯だろう。


「よせ、琴音。アイツには何も通じない。唯一の武器だった聖剣も、砕かれたんだ。もう……もう打つ手が無いんだよ」

「聖剣? うん、わかった」


 子供のおねだりでも聞くかのように、あっけらかんと琴音が頷いた。そして、何かに呼びかけるように囁く。


「来て」


 地面が爆ぜる。あそこは、冷え固まっているがさっきまで溶岩だった辺りか。

 聖剣が宙に舞い上がり、こっちに向かってきていた。溶岩の熱で形が歪んでしまっているが、あれは紛れも無くガガンの打った聖剣だったもの。


「壊れちゃったんだね。元の形は思い出せる? そう、じゃあ戻って。そのための力は、私があげる」


 手元までやってきた聖剣を、意志ある者として扱う琴音の言葉。それに応じて聖剣が光に包まれる。そしてその光が収まった時、そこには完全な形を取り戻した聖剣の姿があった。


「うん、そうだね。そのままじゃまた折れちゃうね。だからもっと強く--」


 琴音が慈しむように聖剣を撫でる。すると再び聖剣が光を放った。これは……琴音の成長魔法だ。聖剣が一段階進化する。


「私がいくらみんなの力を借りても、ゲンサイさんには通用しないって分かってる。だから……はい、悠斗君」


 琴音から受け取った聖剣は、見た目こそガガンから受け取った時と変わらないが明らかに雰囲気が違った。握った柄から伝わってくる力が比較にならない。断言できる。この剣に斬れない物は存在しないと。この剣を折れる物は存在しないと。


「約束、守れたかな?」

「琴音がいなきゃ、俺はさっきの時点で終わってた」


 琴音は認めないかもしれないけど、俺はずっと琴音に助けられてきたんだ。この世界に来たのが俺1人だったら、俺はきっとここまで頑張れなかった。1人ぼっちで頑張り続ける苦しさを知っている俺は、きっと最初の内に諦めていた。あの森の中でも、アガレスロックと戦った時も、帰る方法を探すことも。


「ウソ。私知ってるもん、悠斗君が絶対に諦めないってこと」


 それも含めて、お前のおかげなんだよ。


「ありがとう。琴音のおかげで諦めずに済んだ。琴音のおかげで、まだ戦える。先に戻っていてくれ。必ず帰るから」

「うん」

「必ず帰って、琴音のおかげで勝てたってお礼を言うから」

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