影話・常緑のオリジン
「こいつは……さすがに多すぎんぜ」
城壁の上から敵陣に弾丸を撃ち込みながら、ケイツが苦々しく呟いた。片手間で遥か先の敵を狙ったにも関わらず、正確に敵兵を打ち抜く技術はさすがと言う他無いが、そんな程度では状況を好転させるには到底足りない。単純計算で35万発撃てば全滅させられるわけだが、ケイツも現代の魔法士にしては強力な第7期とはいえ、撃てる弾丸の数はせいぜい1000発といったところか。
敵の数が多すぎる。
もちろんそれは最初からわかっていたことだが、問題は実際にその大軍勢と相対して、連合軍の兵士達が畏縮してしまったことだ。ただでさえ戦力が劣っている状態で、戦意ですら戦う前に負けてしまったのである。
特にひどかったのがオルシエラ軍だった。もともと自国ではないが為に意識が低かったこともあり、ほとんど敗走に近い消極的な戦い方をしているのだ。
当然、そんな穴があればガルディアス軍はそこを狙う。させじとケイツも増援を送って守りを強化しようとしたのだが--
「ちぃっ! 抜かれやがったか!!」
幸いにも城壁が破壊されたわけではなかった。そもそもが対餓獣用に建設された城壁だ。有象無象の雑兵程度に破壊できるものではない。魔法の存在のせいで攻城兵器が重用されていないおかげでもある。だから城壁を突破されたとは言っても、風の魔法士が10数人ほど飛翔で飛び越えていったにすぎない。
だがそれは大問題だった。
そもそも数に劣る連合軍に、城壁の後方にまで兵士を配置する余裕などなかったのだ。今のように少数の敵に突破されることは想定していたが、城門は10人20人で開けられる状態にはしていないし、さすがに城門の内側にくらいは兵を配置している。
では何が問題なのかというと、城門を飛び越えた兵士達は内側から門を開けて味方を引き込もうとする素振りすら見せず、まっすぐに王城へと向かっていたのだ。
「くそが! 同じこと考えてやがったのか!!」
ガルディアス軍もわかっていたのだ。どんなに軍としての戦いが優勢でも、深蒼のオリジンと鐵のオリジン、その勝敗にこの戦の勝敗が左右されるのだと。そして鐵のオリジンの勝利を疑っていないガルディアス帝国は、そのまま全てをゲンサイに委ねることを良しとしなかった。
すなわち、ゲンサイが悠斗を倒す前に、セレフォルンの女王の首を取って勝利を確定させること。一番厄介な深蒼のオリジンをゲンサイが引き付け、連合軍は10万もの兵力差を補うために防備に必死にならざるをえない。ならば後方にいる女王の守りは薄くなっているに違いないと考え、そしてその読みは的中していた。
ケイツが空を飛ぶ集団に銃口を向け、引き金を引いた。狙いは違わず、1人のガルディアス兵がグラリと体勢を崩してそのまま地面へと落下していく。
だが、そこまでだ。ケイツが狙っていることに気付いた彼らは、もう二度とはるか遠くからの弾丸に当たることはない。わかっていれば避けられる程度には離れているのだから。
城門を守っていた兵を動かすことはできない。あとは智世の治療を受けるために退避していた負傷兵だけだが、無理をさせたところで空を飛んでいるガルディアス兵には追いつけるはずもない。
「くっ……」
こうなればもう、女王がうまく逃げてくれることを期待して、完全に阻止することを諦める事を前提に兵を送る他ない、とケイツが苦渋の末の命令を出そうとした時だった。
「竜騎士、リーゼトロメイア!」
ケイツの頭上を越え、猛烈な勢いで深緑のドラゴンがガルディアス兵へと追走を始める。
最強の種族に追われたガルディアス兵達は慌てふためいて飛ぶ速度を速めるが……そんな抵抗を嘲笑うかのように瞬く間に追いついてしまった。
やむをえない、と反撃の構えを取るガルディアス兵に鋭い牙が突き刺さり、それを助けようと近づいた者をリゼットの槍が貫いた。それに恐れおののき距離を取ったガルディアス兵は、アインソフのブレスによって一纏めに焼き払われるのだった。
「あ、あぶねーとこだったぜぇ」
蹂躙、と呼ぶにふさわしい働きでこの危機を救ってくれたリーゼトロメイアが、バサバサと羽ばたくアインソフをケイツのいる城壁へと向かわせる。
その姿を見ながら、ケイツはふと疑問を抱いた。
なぜ、リーゼトロメイアがここに駆けつけることができたのか。彼女の配置はここより遠い、それこそ戦場の端の方だったのだ。
「助かったぜ。けど持ち場はどうなってんだ?」
「心配することはない。片付いたから指示を仰ぎに来たのだ。たまたまタイミングが良かったようだがな」
「片付いた……?」
ケイツが首を傾げるのも当然だ。たった今のピンチも、戦況の悪さも、全てはガルディアス軍の兵力の多さゆえ。それを、いくら戦場の端だからといって「片付いた」などという言葉が出て来るはずがない。
「オリジンとは凄まじいものだな」
その言葉にケイツは思い出した。リーゼトロメイアと隣り合うように配置していた人物を。
「コトネちゃんが? いや、だがあの子は……」
「そうだな、コトネは戦いに向いていない。魔法も、戦闘力や破壊力としてはユウトやゲンサイに遥かに見劣りする。だが、それは彼女が戦いに積極的ではなかったからではないだろうか?」
目を閉じ、リーゼトロメイアは先刻見た光景を思い浮かべる。
「あの子の本気は、恐ろしいぞ」
リーゼトロメイアが見たという光景はケイツには伝わらない。伝わらないが、その言葉がウソでないことだけはしっかりと伝わった。
「で、そのコトネちゃんはどうしたんだ? こっちに戻ってきてんのか?」
「いや、空から見える範囲では見かけなかったが」
ならばどこに、と戦場に意識を向けて2人は気づいた。
さっきまで派手な音や光を放っていた戦場のさらに向こう側……悠斗とゲンサイが戦っている場所が、静かになっていることに。




