始めようか。俺達2人だけの戦争を
「……始まったか」
怒号が響く。それなりに離れているはずなのに、まるですぐ近くにいるみたいだ。避難が遅れている人、拒否した人、残らざるをえなかった人。王都に残っている人達にも当然届き、そして怯えていることだろう。
人がゴミのように見える距離からその音の発生源を見ると、一体どれだけの魔法が飛び交っているのか、空が虹色に照らし出されていた。
総勢50万を超える人間の衝突を、誰もいない草原から1人眺める。
向こうの戦いはセレフォルン、オルシエラ連合軍が勝つはずだ。それはほぼ確信できる。数の上では10万以上の差があるが、こっちにはオリジンが2人に第一期魔法士のリリアがいる。その上で、空はリゼットの駆る飛龍アインソフが押さえているし、小細工の余地が少ない平地での籠城戦でケイツが下手をするとも思えない。無いとは思うが、仮にロンメルトがガルディアス皇帝の確保に失敗したとしても、血で血を洗うような激戦の上で連合が勝つに違いない。
それらも全て、俺がこの男に勝てればの話だけどな。
「なるほど。これだけ離れていれば我らの戦いに水がさされる心配は無い」
「俺達の戦いの巻き添えで人が死ぬ心配もな」
もっとも、ゲンサイがそんなことを気にするなんて思っていない。だけど俺がいる場所に来るだろう。アンタの狙いはセレフォルン王国でもなければ戦争の勝利でもなく、俺なんだから。
「まず始めに、感謝を」
おじぎをするでもなく、むしろ射殺すような視線を向けながらそんなこと言われてもな。
「齢12にして師を超え、15にしてあらゆる道場の看板を焼き払った。新たな道を志し、刀を生み出す道を選び8年、折れず曲がらずを実現してしまった。それから10年ほど退屈の中をさまよい、この世界へと流れ着いた」
突然何を語り出すのかと思ったけど、なんつー経歴だ。中学生に看板持って行かれた道場の人達は本当にお気の毒だ。たぶんショックで剣を捨てた人もいただろうな。刀鍛冶についてもそうだが、生涯を賭けて頑張っている人達に謝れ。
天才、という奴なんだろう。努力では覆しようのないくらい、圧倒的な。
「この苦しみがわかるか? 何事も私を昂らせてくれん。何事にも感情が揺れん。何もかもが無味無臭の不毛な世界で、自分でもわからない「ナニカ」を探す日々。……あと5年、この世界に来るのが遅ければ退屈が私を殺していただろう」
それは惜しかった。あと5年遅ければ、俺達はこんな苦労をしていなかったわけだ。
「この世界の獣は、それなりに私を楽しませてくれた。だがな、やはり満たされんのだ。魔王の力を使わぬようにと仮初の力とはいえ持っているものを制限することも不満ならば、相手が人でないことも不満だったのだ。私の剣術は、人を斬るために生まれたものだ。刀も、人を斬るために開発されたものだ。獣などで満たされようはずもない」
それは前にも聞いていた。だから自分以外のオリジンに期待していたんだろ。
まったく、なんて目で人を見るんだ。まるで飢えた狼の前にウサギさんでも置いたみたいじゃないか。そしてそのウサギのポジションに収まっているのが俺というわけか。だけどこの俺はファンタジー仕様だ。地球なら逆立ちしたって勝負にもならない格差でも、この世界のルールでなら、そうはいかない。その喉、噛み破ってやるよ。
「感じるか、この高まりを。伝わるか、この高揚が。よくぞ、よくぞここまで来てくれた。深蒼のオリジン、私はお前を待っていた」
「じゃあ、これ以上待たせるのも悪いし……始めようか。俺達2人だけの戦争を」
ゲンサイの体がどす黒い邪気に包まれ、俺の体も青い光に包まれる。その光景を第三者が見れば、恥ずかしながら正しく魔王と勇者のようだと捉えられそうだ。
「だがどうする? 気づいているのだろうが、お前の攻撃はその尽くが私には届かない」
この世界に生きる人々の「魔王のイメージ」を体現するゲンサイの悪属性魔法『魔王』。
以前の戦いで確認できていたのは「不死身」「剣の一振りで海を割り、山を砕き、天を裂く」「城を持ち上げる剛力」「恐怖で近づけない」「獣を服従させる」「何物の干渉も受けない」「邪気に触れると死ぬ」そして「魔王を傷つけることはできない」だ。
改めて確認すると、ふざけんなと叫びたくなるな……。
ただ、「接近不可」や「接触で即死」を含めた攻撃系統の能力は、魔導兵装の防御でかなり緩和できている。
問題なのは、敵の防御。まず「何物の干渉も受けない」で世間一般に知られている全ての武器も、魔法も、何もかも無力化される。それをオリジナルの魔法などで攻略しても、今度は「魔王を傷つけることはできない」が立ちはだかる。これが厄介極まりない代物で、強力な攻撃なら傷つくとかいった上限は無く、傷つかないと言ったら例えこの星が爆発しようが、太陽に突撃しようが、絶対に傷一つ付かない。そしてそれを何かの間違いで突破しても「不死身」だ。
届かない、効かない、死なない。……どうしろと?
だけど、そんな怪物を倒す人間がいる。そう『勇者』だ。物語の魔王は、必ず勇者に倒される。ゲンサイの事があって、この世界に現存する魔王が登場する全ての書籍を調べたが、最後は必ず聖剣に選ばれた勇者によって倒されているのだ。
アランとテロス(魔王エンド)との戦いは世間には知られていないはずだから無関係だろうけど、きっと何かベースになる出来事なりがあって「魔王と勇者の物語」が生まれたんだろう。原典が同じとしか思えないくらい、物語の展開や結末が同じだったからな。ようするに人気が出たせいでパクられまくった訳だ。おかげで魔王の能力が豊富になったじゃないかと、昔の人に文句を言いたい。
とにかくだ。魔王は絶対に倒せない。「聖剣を持った勇者」以外には。逆に言えば、聖剣の勇者なら魔王の理不尽すぎる防御を無視できるということだ。
そう、聖剣さえあれば。
「もしや、その腰の剣……」
「いや、この世界に聖剣なんてものは無いよ。だって魔王も勇者も、物語だけの存在なんだからな」
腰に携えた剣帯からスラリと抜き放った剣は、太陽の光を受けて金色に輝いた。華美な装飾がその美しさを一層際立たせ、魅了する。
「だけど過去に存在しなかったからといって、これから先も生まれないとは限らない。存在しないなら、作ればいい。そんな風に考えて、そして成し遂げる男がいたっていいだろう?」
まるで物語の中から飛び出してきたかのような、完璧な剣。それでもなお、10年以上聖剣に憧れ続けてきたガガンは納得できていないようだったけど、残念ながらこだわってる時間は無かった。十分すぎる出来だと思うんだけど、職人にはそうでもないのかな?
だけど「これが聖剣だ」と言えば、誰もがそれを信じるだろう完成度にさえ達していれば、それでいい。
「ゲンサイ。お前の魔法は魔王の能力を得ることじゃない。魔王のイメージを反映させることだ。なら、当然その弱点も反映されてなきゃおかしいよな?」
王都の人々に、「この聖剣で魔王ゲンサイを倒す」と既に喧伝してある。それを1人でも信じれば、その瞬間からゲンサイにとってのみ本物の聖剣になるのだ。
「面白い。それでこの身を切り裂くと? このゲンサイに剣術で挑むと?」
ただひたすら剣に生きた男の顔に喜悦が浮かんだ。そして間合いを計っているのか、ジリ……とその距離を詰めてきた。
こっちも間合いを探る? とんでもない、そんな技術や感覚がそう簡単に身についてたまるか。そもそもゲンサイにとって、こんな距離は一瞬で詰められる、あって無いようなものだ。そのタイミングを計るなんて、俺には到底できない。
実際、いつの間にかゲンサイが目の前まで迫っているしな。なんて速さだ。
「いいや。聖剣は使うけど、俺はあくまでも魔法使いだからな」
もういつでも刀を振り切れる距離で、ゲンサイが唐突につんのめった。そうだろう、その辺りの地面は「地形操作」で柔らかくしておいたからな。それこそ人間1人の体重で沈んでしまうくらいに。
「さあ、試し切りだ」
聖剣の切っ先が、ゲンサイに届く。そして--