行ってくれるか、王様
「小僧、無事じゃったか」
「さすがに逃げるくらいならな」
「それすら難しい相手じゃからのぅ」
王都外壁でリリア、琴音、智世、リゼット、ロンメルト。それに餓獣達を従えたユリウスに合流した。
最初からこの外壁で決戦に臨む予定だったから、みんなにはここで待機してもらっていたのだ。ただ、この敗走が予定通りだということに気付かれないよう、兵士のみなさんには全員で砦で待ち構えてもらっていた。
なかなかいい演技だった。ゲンサイが攻撃してきた時なんて、縁起でもなんでもなく悲鳴を上げているかと俺すら騙されそうになったくらいだ。いや、わかってるよ。あれは誰でも本気で怖い。でも、そのおかげでガルディアス軍は疑うことなく、気分よく砦に入ってくれた。まさかそれらが作戦だとは、気付いていまい。
「さあ、ここからが本番だぜ? 予定通り、奴らは砦を占拠しやがった。この1200年もの歴史の決着にガルディアス皇帝が同道してねぇ訳がない。間違いなく皇帝は砦に入るだろう。……悠斗が作った地下道がここと繋がってるとは知らずにな」
そう、この決戦において、俺達は兵士同士の潰し合いをする気なんて更々無い。戦争の勝敗を分けるのは俺とゲンサイの結末であり、その間に兵士が命を散らせていくのはあまりにも不毛。
だから俺達は、ガルディアス皇帝ウルスラグナの首を狙う。
いろんな案があった。敵の飛行戦力は全滅しているのだ。それこそ飛龍アインソフの背中に乗って皇帝に直行することだってできる。できるが、成功するか否かでいうと難しい。なにせ皇帝は軍勢の一番安全な所……つまり兵隊がうじゃうじゃいる中心部分にいるのだから。どんな手段で接近しても、待ち構えているのは数える気にもならない数の集中砲火だ。
だがそれが建物の中ならば? たとえ砦の中に35万人全員が押し込まれていたとしても、1つの部屋の中に入れる人数はたかがしれている。
そして俺は作った。この地形操作の能力を大胆かつ繊細に活用し、見るからに頑丈で安全そうな砦と、その中に設けた、明らかに王様が入るのに適した一室。そしてその部屋に繋がる秘密の抜け道を。
「王様……行ってくれるな?」
「当然であろう。この役目、余を置いて他に相応しい者などあろうか! いや、たとえいたとしても、これだけは譲れんわ! ふはははは!!」
普通なら、父親を殺しに行く任務に息子をあてがうなんて、残酷極まりないと言われるだろう。だけどロンメルトはガルディアス帝国の皇帝を目指している。妹に託そうとした思いも含め、自分で成し遂げようとしているんだ。そんな男が、どこかの誰かが現皇帝を抹殺するのを黙して待っているわけがない。
「ユリウス、手伝ってやってくれ」
ユリウスはコクリと頷いたが、ロンメルトが反論してきた。
「余1人では力不足だとでも言うのか!? いや、それ以前にだ、確かにこの剣に多くの命が懸っていることは承知しておるが、それでも我が実父との決着への横槍は誰であろうと許さんぞ!!」
わかっているさ。ロンメルトにとっては因縁なんて言葉では氷山の一角程度も表現しきれない相手だ。ロンメルトの今までの人生の、あらゆる事象がガルディアス皇帝に繋がっていくと言っても過言じゃない。
「さっきの地鳴りは聞こえただろ? ゲンサイが落とし穴を、近くの地面ごとぶっ壊したんだよ。砦に繋がってる地下道が崩れていないとも限らないからな」
ユリウスならモグラの友達もいるから、もし崩落していても即座に対応できるはずだ。それにユリウスの率いる餓獣軍団はとても頼りになるが、そこはやっぱり獣だ。人間との連携が難しく、戦争という舞台では活躍以上に使いにくい……らしい。ケイツ情報だ。
ただし単独なら、その戦力はこの時代のどの魔法士よりも凄まじい。なんといっても餓獣を従えているのだ。低位の餓獣ですら魔法を駆使してどうにか倒せるか、という状態なのに、最大でAランクの餓獣を含めて何十何百という数を呼び出せるなんて、個人軍隊もいいところだ。
「王様が戦っている間の、近くの兵士を抑えるのにもユリウスが適任なんだ。それでも仲間のピンチを無視する子じゃないからな。王様が追い詰められたなら、横槍は仕方ない。そうならないように圧倒するしかないよ」
「む……むむ! 当然である! あのような愚帝、余の剣にかかれば瞬殺である!!」
だろうね。俺も正直、ロンメルトの苦戦は予想していない。
物理攻撃で勝てなかったから、大昔の人間は餓獣によって絶滅寸前に追い込まれた。そこから盛り返したという事実からも魔法が強力だということを否定する気はない。ただし、それはオリジンに匹敵するだけの魔力があればの話だ。現代の魔法士の魔法なんて、ちょっと便利な能力程度でしかない。実際、魔法を諦めて武器に頼る人間も少なくはない。普通の矢と、燃えている矢、どっちが強いかといえば、大して変わらない。どっちも刺されば痛いし、刺さり所が悪ければ1発で死ぬ。
聞いた話によればガルディアス皇帝は凄腕の魔法士らしい。そりゃそうか、オリジンの血を濃く受け継ぐからこその王族だ。若い頃は最前線にも出ていたという話だし、王族でなければケイツやリゼットと同じように、英雄に数えられていただろう実力者だと聞いている。まあ実力至上主義のボスが弱いなんて、笑い話にもならないから当たり前のことか。
だけどロンメルトも強い。リリアという反則を除けばセレフォルン王国最強と言われていたケイツと、もしもロンメルトが戦ったとしよう。
断言できる。勝つのはロンメルトだ。
さっきの「矢」に例えるなら、ケイツは激しく燃え上がった恐ろしい矢だろう。だけどロンメルトという矢は凶悪なまでに鋭く、速く、そして自動回避、追尾機能付きだ。オリジンのように広範囲を殲滅するような魔法でも使わない限り、ロンメルトを捉えることは不可能に近い。
ガルディアス皇帝がどんな魔法士なのかは知らないけど、せいぜい第5期の魔力ではロンメルトには通用するまい。
だから俺は安心してロンメルトを送り込めるのだ。
「地下道に待機して、両軍が衝突してしばらくしたら行動を開始してくれ」
戦況がガルディアス側の不利になれば皇帝が出てきてしまうかもしれないので、最初の内は連合軍には負けているフリをしてもらう予定だ。調子に乗ったガルディアス軍が前線に集まってきて砦が手薄になった頃合いに襲撃してもらう。
「では行くとするか、リスの子よ! 皆の者、次に会う時は戦勝祝いの場であるぞ!! ふーははははははっ!!!」
ユリウスをひっつかんで勢いこんだロンメルトは、そのまま地下道への階段を下りていった。
「うし、おめぇらも配置につきやがれ! 砦を調べ終わりゃあ、すぐにでもまた攻め込んでくるぞ!!」
琴音、リリア、リゼットは城壁の防御に当てられる。皇帝の首で戦争を終わらせるのが狙いである以上、大切なのはそれまでに俺達が負けないことだ。無いとは思うが、ロンメルトが皇帝を討ち取るまえに俺達が……アルスティナが討たれてしまえば意味が無い。そんなことはケイツがその命に代えても絶対に許さないけどな。
だから大切なのは、とにかく負けないこと。この数十万の軍勢のぶつかり合いは勝敗にほとんど関係ないのだから、こっちは防御に徹していればいいのだ。
智世は言うまでもなく、後方で負傷兵の治療。死にさえしなければ、必ず助けてくれるはずだ。
最後にケイツだが、指揮に専念するそうだ。まあこの人数を把握するのに、あっちこっち動くことなんてできないか。セレフォルンの最高戦力であると同時に総司令なんだもんな。戦力低下は痛いけど、指揮が混乱することとは比べるまでもない問題だ。
そして俺は、ピリピリした空気の中ゆっくりと戦場を離れていった。