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影話・世界の真実をかたる者

 琴音は1人、城の通路を歩いて自室へと向かっていた。

 夕食の味は、あまり覚えていない。そもそも何を食べたのかすら覚えていなかった。頭の中には、不安が渦巻いている。


 ガルディアス軍がすぐ近くまで迫っているから、ではない。遠目に悠斗とリゼットがキスしている姿が見えたことも、琴音には別にどうでも良かった。いや、多少うらやましいという感情はあったようだ。

 悠斗とそういった行為をしていたことではなく、悠斗に特別な存在として認識されていることが、だ。


「私、全然ダメだよね……」


 そんな呟きが無意識に零れ落ちる。

 琴音はオリジンだ。この世界の人々とは比べものにならないような魔力を持ち、誰にも真似できない魔法を使える。その魔法は確かに多くの人の役に立ったことだろう。


 だけど悠斗の役には立っていなかった。


 みんなの役に立つことに不満があるわけではなかった琴音だが、それでも頭の中にあるのは最初の頃に交わした1つの約束。

 悠斗が琴音を助け、琴音も悠斗を助ける。そんな対等な仲間であろうという誓いだ。

 だというのに、琴音が助けたのは全てこの国の民衆であり、仲間達であり、そして悠斗ではなかった。


 当然といえば当然なのかもしれない。悠斗はいつだって戦っている。その悠斗を助けるために必要なのは、戦う力だ。だけど悠斗はとても強くなっていき、あっという間に琴音が助けてあげられることはなくなってしまった。ついには自分で自分を強化してしまう始末だ。


 琴音がみんなが羨ましかった。接近戦で絶大な信頼を得ているロンメルトが羨ましかったし、悠斗が大好きなドラゴンを持っていて、かつあのゲンサイに一撃与えてみせたリゼットが羨ましく、テロスに有効な唯一の攻撃手段をもつリリアが羨ましく、悠斗の傷を治してあげられる智世が羨ましく、陸海空の餓獣でサポートできるユリウスが羨ましく、即座に有効な戦術を考え出せるケイツが羨ましかった。


 戦争に参加するのは悠斗のためではなく、琴音自身が力と覚悟が足りずに死なせてしまった人達への責任としてだったが、それでも考えてしまうのだった。

 悠斗は琴音の参戦を喜んだのは、一般兵の被害を抑えられるからであって、ゲンサイとの戦いの助けになるからではない。いや、それは他の全員がそうなのだけど、それでも琴音は悔しくて仕方がなかったのだ。


「この戦争が終わったら、もう日本に帰るのに。最後まで全然役に立てないままなのかなぁ」


 思い返してみれば、結局悠斗と肩を並べて対等の立場で戦えたのは、アガレスロックの時だけだった。それ以降、なにかと助けられてばかりで、ドラゴンを探す手伝いすらできないまま。そして琴音はもうすぐ日本へと帰る。そうなればもう、悠斗の力になる機会は二度とやってこない。


「ゲンサイさんとの戦いの役には立てなくても、せめて何か--」


 そこまで言って、何ができるのだろうと琴音は自問した。

 そして、やはり悠斗とゲンサイの戦いを邪魔されないよう、周囲のガルディアス軍と精一杯戦うぐらいしかない、という結論を出すしかなかった。


「けど、35万人だもんね……」


 オリジンとはいえ、琴音の魔法は直接的な戦闘に向いているとは言い難い。魔力が多いからこそ攻撃としてなりたっているが、もし琴音の魔法を現代の魔法士が使うとすれば、それこそ種から芽を出させるくらいが精々だ。

 どうやっても、悠斗の穴を埋めることは難しい。


 そんなことを悶々と考えている内に、琴音はいつの間にか自室の前に到着していた。

 部屋に入り、ベッドに飛び込めば明日がやってくる。また一日、戦争が近づいてくる。だというのに悩みが解決するわけでもないことに「はぁ」とらしくない溜め息と吐きながら、琴音は自室への扉を開いた。


「……もっと強い魔法だったらよかったのになぁ」

「強いよ」


 まったく予想すらしていなかった自室の中からの声に、琴音の体が固まった。


「な、なんで、なんでここに……?」

「常緑のお姉さんの魔法は強いよ。環境に依存するけど、なりふり構わず、手段も選ばなければ、ひょっとすると深蒼のお兄さんより強いかもしれないくらいさ」


 月明かりすらない暗闇の中で、なお暗いローブに包まれた侵入者の姿を琴音は知っていた。知らないはずも、忘れるはずもない。今琴音がここにいるのも、ガルディアス帝国との戦争が本格化したのも、すべてはこの、テロス・ニヒが原因なのだから。


「なのにどうして常緑のお姉さんがよわっちいのか、わかる? あとちょっと、あとほんのちょっとだけ魔力が足りないんだよ。あと少しの魔力さえあれば、見える世界が変わってくるよ?」

「で、出てってよぉ。叫べば悠斗君がすぐ来てくれるんだからね……」

「そうしてまた助けてもらうの?」

「っ!!」


 まるで心を読まれたかのように、琴音の悩みの原因を貫いた。それはまるで本物の槍にでもやられたかのように琴音に突き刺さり、声を詰まらせる。


「覚えているかな? このお城で僕のおもちゃと戦った時のことを。思い出したかな? 『僕が他人に魔力を分け与えられる』ということを」


 琴音は思い出す。確かに自分を襲ってきた男が、なんの変哲もない現代人でありながら、ある時突然オリジン級の魔力を手に入れて現れたことを。

 そして繋がるのは、たった今テロスが口にした言葉。あと少しの魔力さえあれば、悠斗にも匹敵する力が手に入る。


「なんのために、そんなことするの?」


 琴音だって馬鹿じゃない。そんあ明らかに不自然な誘い、どう考えても裏があると睨んでいた。だけどテロスは、そんなことかと笑い飛ばす。


「確かに僕は君達をこの世界に引きずり込んだし、敵をけしかけたよ。迷宮塔では、まあ好きでやったわけじゃないけど邪魔しちゃったし、ガルディアスの王女様も殺した。うん、どう考えても敵っぽいよね」


 っぽい、じゃなくて敵だ。と琴音は心の中で思った。声に出す勇気は無い。


「でもね、君らを害しているだけに思えるだろうけど、ほんの少しだけ視点を変えてみてはくれないかな? 僕の行動の結果、君達は確かに苦労した。そして……強くなったはずだよ?」


 琴音は素直に、もしテロスが自分達のために行動していたら、というIFの設定を元に、これまでの出来事を思い返してみた。

 テロスを追ったから、オリジンとして異世界に来た。テロスが用意した敵と戦って、魔法に目覚めた。迷宮でのことはカウントしないで欲しいらしいから飛ばすとして、シャロン王女を殺したことは絶対に許せないが、その結果ゲンサイが動き、負けじと悠斗は互角に戦えるまでに強くなった。


「深蒼のお兄さんは、もうほとんど限界まで自分の力を引き出した。鮮血のお姉さんは、最初から限界だったからね。死後すぐなら死人すら生き返らせるんだもん。それ以上なんて無いよ」




 だからあとは常緑のお姉さんだけなんだよ。だから僕はここに来たんだよ。力を目覚めさせるために。




「さあ、手を取って。この力で深蒼のお兄さんの力になってあげて」


 琴音の手が、ゆっくりとテロスの手に向かっていく。


「鐵のオリジンを倒し、戦争に勝利することをもって、僕の用意した試練は完遂される。そして時が来れば、その時こそ話そう。世界の真実を。どうして君達の力を目覚めさせる必要があったのかを」


 そして二人の手が、重なった。

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