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ぶち切れやがったらしい

 忙しいことを「てんてこまい」と言う。語源は祭囃子なんかで太鼓の音に合わせて慌しく踊っている様子のことだけど、そんな優雅な感じは一切なく俺達はてんてこまいだった。


 飛龍、浮遊船を壊滅させたことでガルディアス帝国に大きな痛手を与え、なおかつ脅威だった機動力を奪うことに成功したのだけど、すぐさまガルディアスの本隊が陸路で向かってきているという情報が入ってきたのだ。

 その数、実に25万。想定していたより10万人も多い。ケイツの予想では、おそらく国の守りを本当のギリギリ最低限にまで切り詰めて集めたのだろうということだった。


 戦争に動かせるであろうと予想されていたガルディアス軍30万の内10万を倒したことで、ガルディアス帝国とセレフォルン・オルシエラ連合軍の戦力はほぼ互角になったと見ていた。そして数で互角ならば、多くの英雄を保有している連合軍の方が有利だと考えていたのに、それはあっけなく覆されてしまったわけだ。



 とにかく、数で負けてしまった以上、正面衝突は避けなければならない。俺はゲンサイにかかりきりになるだろうから、残りのメンバーだけで10万の兵力差を埋めなければならない。だけどどんなに強い人間でも、魔力が尽きればただの人。万の軍勢に痛手を与えられるような大魔力を持っていて、かつ攻撃手段を持っているのは琴音とリリアだけだ。あとは智世による不死身軍団だけど、元々が負傷兵だからな。一回死にかけた人間が、主に精神面で即座にどこまで戦えるようになれるのやら。


 なんにせよ、準備が必要なのだ。ガルディアス軍が不利になり、俺達が有利になるようにするための準備が。



 となると活躍するのが、俺の持っている「地形操作」の能力だ。地の餓獣王アガレスロックから奪ったこれは、地面を体の一部のように自在に操ることを可能にする。つまりガルディアス軍の通り道に土壁を作ったり、一夜城ならぬ一分城を作ったり、果てには道の途中に落とし穴を量産したりと嫌がらせし放題なのだ。

 とりあえず壁と落とし穴をこれでもかというほど設置して時間稼ぎをし、その隙にガンガン砦を作っていったのだけど、これらの作業は俺1人にしかできないから、忙しいなんてもんじゃなかった。オル君ならジルと合体して地形操作を使えるようにはなるけど、元トカゲに城塞をイメージして組み上げろというのは無茶振りが過ぎるというものだ。


 がんばったよ。それはもうがんばった。時々聞こえてくる落とし穴に落ちたマヌケなガルディアス兵の話にほくそ笑んで精神を回復し、ただひたすらに砦を作った。


「もうさすがにいいだろ……もう勘弁してあげてもいいだろ、俺を」

「おう、ごくろーさん。いい感じに機能してるって報告が来てるぜ」


 そりゃよかった。そうでなければ報われない。

 俺が作った砦では、ガルディアス軍を足止めしつつ城壁の上から魔法と弓矢でチクチクと削り、突破されそうになったら即撤退を繰り返しているらしい。敵からすれば、実に嫌らしい戦法だろう。砦の前にもしっかりと落とし穴をセットしてあるしな。


 そしてその間に決戦の準備は着々と進んでいる。

 決戦の場は、ずばりセレフォルン王都アセレイの目前。城壁の前に広がる広大な草原地帯だ。


 といっても王都に籠城するわけではない。壊されたくないし。

 王都には城壁が二つある。二重丸のように作られた、王都を守る内側の城壁と、拡張するために着工し、今は難民用の居住区となっている外側の城壁だ。

 さすがの地形操作でも、これだけ立派な城壁を短時間で作ることは難しいからな。時間があれば可能なんだけど、残念ながらガルディアス軍は既にセレフォルン王国の領土に入ってきているのだ。王都が目と鼻の先というのは怖いけど、コレより強固な城壁が他に無いから仕方ない。


 それにあたり、近隣の住民の避難も進めている。オルシエラ共和国との国境方面にあるフォール城塞都市に移ってもらった。あそこは、とうとう出番の無かった対ガルディアス帝国用の要塞都市フォルトと同等の広さだからな。琴音が出向いて農園も作ってきてくれたらしいし、しばらくはもつだろう。


 さて、あと必要なのは……そうだ、兵士達の宿舎も増やしておかないとな。こうしている間にもセレフォルン王国の各地から続々と集まってきているし、オルシエラ共和国からの増援もやって来てくれた。この調子ならこっちも予定数を超えて、20万人近く集まるかもしれない。

 そう思った時だった。


「おいユート、急げ! ガルディアス軍が行軍速度を上げやがった!」

「え!? 落とし穴エリアを越えたのか?」


 落とし穴を設置してあったのは、国境周辺だけだ。あんまり内側に設置すると味方がひっかかりそうだし、戦争が終わった後で処分に困りそうだったからだ。どこぞの地雷のようにな。

 だけど最初の内に落とし穴に落ちまくっていれば、その後も不安になって遅くなると思っていたんだけど、あてが外れたかな?


「そうじゃねぇ。ぶち切れやがったらしい」

「まあ、怒って当然の嫌がらせだったからな。でもだからって行軍速度が上がるか?」

「いや、鐵のオリジンがだ」

「……」


 さ、最悪だあああ!! まさか落ちたのか!? あの凶悪な顔で悠然と戦場に向かいながら、ストーンッと落とし穴に吸い込まれたというのか!! それはぜひとも見たかった!!!


「やっべぇぞ。砦も地面も一撃で吹き飛ばしながら、とんでもないスピードでこっちに来てるらしいぜ」


 そ、それはヤバイな。見てしまった兵士達はかわいそうに、トラウマ確定だ。絶対怖い。


「えーっと、じゃあ兵舎は後回しにして、砦の用意を急ごうか。あれが完成しないと作戦が成り立たないし」

「おう、頼んだぜ。オレは編成を練らねーとな。くそ、予定が狂っちまったぜ」


 あ、あとガガンから新しい剣も受け取っておかないと。もうそろそろ完成してる頃のはずだ。まだだったら急いでもらわないといけないし。

 ケイツじゃないけど、予定が狂った。もう少し余裕があると思ってたんだけどな。兵士もまだ20万強ほどしか集まってしないし、準備も完璧とは言い難い。

 苦しい戦いになりそうだ。


 だけどこの決戦、長くはならない。

 普通この規模の戦争となれば何日にも渡って戦うことになるのだろうけど、今回の戦いは少し特殊だ。俺か、ゲンサイ。勝った方の国が勝つ。なぜならどちらも1人で戦況を引っくり返せるからだ。ゲンサイが勝てば自由になったゲンサイがセレフォルン軍を虐殺し、俺が勝てば広域魔法でガルディアス軍を殲滅する。俺達の攻撃は兵器のようなものだ。こんな密集して戦うような戦場で自由に撃てば、一気に勝負は決まるだろう。

 だからこの戦い、俺とゲンサイの戦いに邪魔が入らないようにしつつ、決着がつくまでにいかに被害を少なく済ますかが大事だ。

 その為の作戦は、ケイツが用意してくれた。そのための最低限の準備だけは、何が何でも間に合わせないと。


 

 ふと、視界の端に緑色が見えた。琴音だ。戦場になる草原を、1人でじっとみつめている。どうしたんだろう、緊張でもしているのか?

 だけど声をかけようとした時には、もうお城に戻っていってしまっていた。


 無理もないか。ゲンサイが本気になったなら、明日明後日にもやってくるかもしれないんだからな。覚悟は決めても、怖いものは怖い。それがジワジワと迫っているとなると、なおさらだ。


「ふふっ、どうしたユウト。顔がこわばっているぞ?」

「……緊張してるんだよ」


 いきなりリゼットに声をかけられて、ちょっと肩がビクンとなった。バレてる? バレてないよな? バレてないことにしておこう。


「また本を読んでたのか? すっかりハマってるな」

「そうなのだ! 迷宮都市での一番の収穫はもちろんユウト達との縁だが、竜玉に次いで3番目はこの「恋愛小説」の発見だ!」


 男性向けの女性をデートに誘うハウトゥー本を人間関係を良くするための本と勘違いしてたから、最後に俺がプレゼントしたんだっけ。そういえばまたデートしようって約束したのに、目まぐるしい事態の数々にすっかり忘れてたな。リゼットも忘れてるだろうし、今更ほじくりだすのは恰好悪いかな?


「それで、だな。私も今回の戦いは無事に帰れる確証はないのでな……万が一のことを考えて、やっておきたいことがあるのだ……」


 こ、この流れは……! って、似たようなこと琴音ともあったな。どーせまた肩すかしだろう。世界は俺が期待してるような展開を許しちゃくれないのさ。




「こ、この本にだな……その、「キス」というものが書いてあって、だな」

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