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今すぐにでも日本に帰れる

 命を賭けて戦った。死ぬかと思ったし、死ぬほど怖かった。

 でも、生還した俺を待ち構えていた仲間達からの折檻せっかんもかなり怖かった。


「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!!」


 人々のそんな感謝の声を受けながら、ケイツに肩を借りて城に帰還した俺への、まったく暖かくない出迎え。

 琴音からは右の頬にビンタを食らい、智世からは反対側の左頬に生卵(本物)をぶつけられ、リゼットは無言で顔面にグーパンを叩きこんで去って行った。ロンメルトが拳を握りしめた時には、俺が全力で逃げ去った。それは本気で死ねる。ユリウスは口をきいてくれないし、リリアの奴はあろうことか俺の頭皮の時間を10年進めやがった。ふざけるなよ、俺の父さんハゲ属性なんだぞ。


 そしてそれ以上に堪えたのは、アルスティナの反応だった。


「お兄ちゃん、死んじゃったらヤダよ?」


 「死」というものを理解していなかったアルスティナから、その言葉が出てくるとは思っていなかった分、驚いた。

 いや、戦争の最中だ。いつまでも理解できていない方が不自然なのだけれど、そんな当たり前のことに気付かないでいたくらいには、俺の中でアルスティナは成長していなかったのだろう。何もわかっていない、言ってしまえばお飾りの女王だとでも侮っていたのか。

 馬鹿め。この子と出会ってもう1年だ。成長していない訳がないじゃないか。この子……彼女は確実に成長している。学んでいる。知ろうとしている。周囲が言葉を濁していたことをきちんと理解して、立派な女王になろうとしている。


「ティナのお父さんやお母さんみたいに、いなくなっちゃヤダよ?」

「いなくならないよ」


 アルスティナが女王様として1人立ちする姿を見てみたくなってしまったからね。それまでは殺されたって死んでやるものか。


「俺はまだまだやりたいことも、見てみたいものも、約束してることもあるからね」


 とりあえず、約束していることは戦争が終わり次第大体片づけられそうだ。

 ひとまずハリボテとはいえマイドラゴンは手に入ったし、この戦争に勝利して、琴音と智世を日本に送り返せば、おおよそ全ても目標は達成される。




 そして最後の確認のため、それから数日後の午後、俺は琴音と智世を部屋へと呼んだ。



「正直に言うぞ? 帰りたいと思えば、今すぐにでも日本には帰れる」


 2人の反応は……ポカーン、としか表現しようがないな。まあ琴音にいたっては帰還方法を探すために俺と迷宮塔まで登って、探して、それでも見つからなかったんだしな。

 だけど事実だ。このあいだリリアと一緒に過去の世界に行ったことで確信を得た。特別な方法や儀式なんて必要無い。俺の独力で帰還できるのだ。


「ど、どういうこと?」


 そう言ったのは琴音だった。


「帰る方法は、あのテロスくんが握ってるんじゃなかったの?」

「そうだな。アイツの手で俺は確かに日本に帰った。でもアイツの能力が何かっていうと、なんでも消滅させる力だ。それはアランも確認してくれた」


 リリアの魔法で過去に飛ばされ、父親のアラン・ラーズバードと対面した話は彼女らも知っている。普通なら信じられるはずもない話だけど、逆に数日未来に飛ばされているからか、すんなり受け入れられた。

 もっとも、その後「もしも過去に戻れるなら」という話で大盛り上がりしてリリアが引っ張り回されていたけど。


「他人の魂を食べたりするから、『消滅』だけって保障は無いけど、どっちにしろ明らかに世界を移動するような能力じゃないことは確かだろ?」

「うーん……そだね」

「それで思ったんだ。実はそう特別な力なんかじゃなくて、必要なエネルギーの量が常識外れだっただけなんじゃないか、ってさ。リリアの時魔法を、オリジン以上の魔力で発動させた結果、大昔まで飛ばされたみたいに」


 という考えのもと、実は琴音達を呼ぶ前に実験は済ませていたりする。こうして話していることからもお察し、結果はもちろん成功。ありったけの魔力を込めて発動した「空間属性」の魔法は、俺の予想通りに日本へと繋がる扉を開いてくれた。

 そう、実はさっき日本に帰っていたのだ。まあすぐ戻ってきたけど。行きと帰りの分、2人の兵士が喪失感に震えていたからね。さっさと戻って魔法を返してあげた。


 もう魔力もおおよそ回復しているし、今すぐにだって帰らせてやることができる。2人が今すぐ帰ると言うなら、俺はそれを優先するつもりだ。


「実はな、帰還の方法が見つかったら2人を無理矢理送り返すつもりだったんだ。だけど智世はともかく、琴音は納得できないだろ?」

「うん。それは絶対ダメだよ。そんなことしたら、悠斗君のことも、私自身のことも一生許せないもん」

「ボクは、ボクはともかくって言ったことが許せないのだが?」


 いや、だってお前は生死について妙に達観してるから。~の仇とか言って戦うタイプじゃないだろ?


「覚悟の揺らぐような情報を、戦いの直前に言うのはどうかとは思ったんだけど、あえて教えずに戦地に行かせるのは……まあさすがに酷いというか、卑怯かなと思ってさ。とにかく、帰ろうと思えば帰れる。心配しなくても、俺がゲンサイに負けさえしなければ、この戦争はもう勝ったも同然だ」


 ただ、俺は2人に力を貸して欲しい。戦闘に特化していなくとも、それでもオリジンの力は隔絶している。だけどそれを今言うのは、それこそ卑怯だ。力が欲しいということは、協力してくれれば有利になるということ……死者が減るということだ。帰っていいけど、帰れば犠牲者が増えるよ。なんて、脅し以外の何物でもない。

 もっとも、そのことに気付いていないはずもないが。


「もちろん帰らないよ。戦って、責任を果たして、それから堂々と帰るんだもん」

「まあボクも、せっかくボクの魔法で助かった人達を見殺しにするのは忍びないかな。なんたってボクは癒しの女神様だからね!」


 気に入ってたのか、その名前。俺なら悶絶しそうな凶悪さだが。でもな、俺は知っているんだ。この世界に「神」という概念は無いのだから、その名前の発生源はお前なのだということを。

 なんにせよ、手伝ってもらえるなら頼もしい限りだ。


「ありがとう。おかげで大勢の人が助かる」


 琴音のように植物まで操ることは俺にはできないし、成長による強化もできない。智世の治癒は多くの兵を救うだろうし、致命傷でさえ即座に戦線復帰ができる不死身の軍団の戦力は計り知れない。

 さっき言ったことはウソじゃない。2人が抜けても、戦争自体にはきっと勝てる。ただし、終わった後の大地は血と死体で埋め尽くされているだろう。そんな状態で、勝ったからどうだというのか。


「けど、帰還は後にするにしても、ちょっと戻って親に一声かける時間くらいはあると思うぞ? どうする?」


 なにせ俺の魔力さえあれば、いつでも日本には帰れるんだ。ちょっと行って、ちょっと話すくらいは難しくもなんともない。実際、俺はさっき行った時、魔力の回復を待ちながら散歩してたしな。


「うっ……か、帰らないもん」

「我が鋼の意思はその程度では揺らがない。揺らがないけど、やめておこう。イヤホント揺らがないから」


 余計なこと言っちゃったか。じゃあこれはどうしよう。


「実は実験で日本に戻った時に、自動販売機でジュースを買ってきたんだけど……いらないかな」

「「いる!」」


 いるんだ。故郷を思い出すのはOKなのか。まあもう散々思い出した後だしな。

 とはいえ日本のお金は智世を連れてきた時に持ってた分だけしか無かったから、そんなにたくさんは買ってきてない。アルスティナにあげようと思っている甘ーいココアと、リリアに水と偽って飲ませようと計画している炭酸水。それ以外はミルクティーとコーラとオレンジジュースの3本のみだ。


「私はオレンジがいいなぁ」

「ボクはコーラを。この暗黒、この刺激……ああ懐かしい」


 俺はミルクティーか。紅茶よりはコーヒー派なんだけど、嫌いじゃないからいいや。


「乾杯しよ、乾杯」

「何にだよ」

「ボクに任せろ。絶対勝つぞー! オー!」

「おー!!」


 それは色々違うだろ、と思いながら3つの缶をぶつけ合うのだった。

 ちなみにアルスティナはおおいに喜び、リリアに関しては、噴水と化したとだけ言っておく。

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