約束通り
阿鼻叫喚だな。味方だと思っていたドラゴンに上空から襲われ、ガルディアス兵達は俺の存在を忘れる勢いで慌てふためいていた。
ここから先しばらく、俺の敵はガルディアス兵ではなくドラゴンだ。王都に向かおうとする個体を優先的に落とし、それ以外は翼だけ傷つけて放置する。ここに集まっているのは全て飛行するタイプだから、地上に落としてしまえば戦力は半減、ガルディアス兵でも犠牲を覚悟すれば倒せるはずだ。
なるべく綺麗に相討ちになってもらえた方が後々楽になるんだけど、最終的にはガルディアス兵に生き残ってもらわないといけない。俺を狙ってくる人間と、俺を狙うとは限らない飛龍なら、足が遅い分ガルディアス兵の方が被害の出る心配が少ないからだ。
とはいえ敵兵を倒すよりドラゴンを半殺しにする方が、精神的にクるものがある。
「まずいな」
思ったよりガルディアス兵が強い。ドラゴン1匹にガルディアス兵が1000人相討ちになってくれれば10万人が全滅するのだけど、最初に俺がばらまいた魔法で5000人は減らしていたはずなのに、なおガルディアス兵が優勢に見える。
まいったな。翼を失った飛龍が予想以上に弱体化しているのもあるのか、1匹でガルディアス兵を500も削れていない。かといって自由に飛ばれると王都が直接襲われる危険が付きまとう。とか言ってる間にも5匹ほど王都に向かい始めてるし。
「ぐっ!」
後ろから衝撃が襲ってきた。くそ、空間属性か。オリジン10属性の内、火、水、風、地、雷、光、闇はそれぞれの相反する属性で防御できるし、強化属性による攻撃も、現代の魔法士の魔力程度の威力なら物理的にダメージは通らない。でも空間と重力は無理なのだ。俺が手に入れられる力の中に、それらに対抗できるものが無い。
所詮は弱い魔力による魔法の上、魔導兵装で多少は減衰させた威力とはいえ、生身で受ければ十分に人を殺せる威力だ。当たり続ければただでは済まない。
10万人か。空間と重力の属性は希少とはいえ、いないわけではないからな。はたしてこの中に何人いることか。
(ピィ)
「ああ、わかってる。手が足りない」
ガルディアス兵め、ドラゴンを王都に行かせまいとしている俺の動きに気付いたな。これ見よがしに移動を始める集団がいくつも現れ始めた。しっかりと俺の見える範囲を通過し、挑発するように王都に向かっている。
「俺は大丈夫だ。頼むぞジル、オル君。魔導兵装! CODE-OriginalDragon!!」
「みぎゃおおおおおおおん!!」
雄叫びを上げて青く輝くドラゴンが空へと羽ばたいた。何度見てもかっこいいし、何度聞いても変な鳴き声だ。そして、速くて強い。鉱石でできた爪と牙が空を自在に飛び回るドラゴン達を次々と叩き落とし、口から発射されたブレス(に見せかけたジルの魔法攻撃)が地上を焼き払っていく。
これで王都を狙う連中の心配は無くなった。魔法で補強されているオル君より速く移動するなんて、他のどのドラゴンでも無理だし、ガルディアス兵なんて亀の歩みだ。
じゃあなんで今までやらなかったのかというと、俺がやばくなるからだった。
「光が消えたぞ! オリジンを狙えええええ!!!」
速攻でバレた。当たり前か、魔導兵装の使用中は全身が青く光るんだから。その光が無くなったことに、周囲のガルディアス兵が好機と見て飛びかかってきた。
その読みは全くもって正しいが、EXアーツは魔法をわかりやすく具現化した物だから、持っていなくても魔法が使えなくなるわけじゃない。魔力の消耗が多くはなるけど、問題なく使える。ガガンの作ってくれた疑似EXアーツの剣もあるしな。
「けど、この数はきついな」
ジルがいない分、魔法の精度は格段に落ちている。そして魔導兵装による防御は存在しない。剣で魔法を斬り落とし、肉体の能力による力技で剣林弾雨を駆け抜ける。
「っていうか無理」
ジルには大丈夫って言ったけど、全然大丈夫じゃなかった。
魔導兵装が無いから、剣が掠めれば肉は切れるし、魔法を避けても余波が肌を焼いていく。痛いなんてもんじゃない。じわじわとダメージが蓄積されていくのがわかる。
「魔力を温存してられる状況じゃないか! くそ!」
まだ先が見えない状態で大量消費は避けたかったが、これはもうどうしようもない。俺が腕を振るうたびにガルディアス兵が木の葉のように吹っ飛んでいっても、その外からすぐさま剣や魔法が飛んでくる。それも360度全方位からだ。むしろまだ致命傷を受けていないほうが奇跡的と言っていい。
「世界が命じる、地!」
俺を中心に周囲100Mの地面から岩の槍が突き出す。ワンパターンだけど、これが一番低コストなのだ。頑丈である必要も、巨大である必要もない。人間の内臓にその先端が届きさえすれば、人は死ぬ。
だが、周囲の敵を一掃したのも束の間。一斉に魔法が飛んできた。
「世界が命じる、地・風!」
大量の土を巻き上げた竜巻の壁が、全ての魔法を飲み込んでいく。多少の相性の不利なんて、この魔力量の差の前には無意味だ。
だけど物凄い勢いで魔力が減っていく。魔力はジルと共有だから、その消耗から魔導兵装が解除されそうになったのか、ジルとオル君……オリジナルドラゴンが俺の下に戻ってきた。
ああ、でも飛龍は全部撃墜してくれたんだな。ガルディアス兵も俺が弱ったことでこっちに集中しているようだ。
「はぁはぁ……ちっ。アイツら、俺がガス欠なのに気付いてるな。近づかずに弓で攻撃するみたいだ」
魔法を使ってくれれば食って魔力を補給できたし、もっと近づいてくれれば魔法士そのものを食うこともできたのに、さすがに俺の魔法については良く勉強しているらしい。
ま、近づいてこないなら、こっちから近づくだけだ。
オリジナルドラゴンが、ジルとオル君に分離する。魔導兵装は常に複数の属性に身にまとい続ける魔法だ。その維持には相応の魔力が必要になる。そして残念ながら、そのための魔力が今の俺にはもう無い。
ドラゴンは……おおよそ狩りつくされてしまったようだ。ガルディアス兵……現代の魔法士の魔力なんて、一斉に魔法を撃ってくれるならともかく、1人ずつじゃ今さら何人か分食らったところで焼け石に水だ。
だけどガルディアス軍も、もはや軍とは呼べないほどに瓦解している。俺もふらふらだが、向こうもなかなかの半壊ぶり。俺もやればできるじゃないか。
さあ、もうひとがんばりしてやろう。
少しだけ「光」の力を借りて、ガルディアス軍に突っ込む。
まるで昔のような、食っては吐き出す戦い方。いくら食っても魔導兵装を作り出すには到底足りていない。ゆえに小さな矢1つ防ぐことができず、少しずつ少しずつ戦いの終わりへと向かっていた。
そして終わりは唐突にやってきた。
「撃てええええええええええええええ!!!!!」
聞きなれた声と共に降り注ぐ光の雨。それらは次々とガルディアス兵を制圧していく。そうか、もう十分か。
城壁の上を見上げれば、ぎっちりと詰め込まれるように並んだセレフォルンの兵。それらを率いて、戦友は声高々に叫んだ。
「深蒼のオリジンを救出しろ! 撃て撃て撃て撃てええええ!!」
作戦通りだ。
ガルディアス軍を、俺1人でひきつける。そして被害を出さずに勝てるまで減ったところで、後を任せる。そういう予定だった。
「約束通り、後は頼むぞケイツ……」
状況を察したガルディアス兵が次々と投降し始める中、俺はゆっくりと意識を手放した。