今日にはさせない
王都はなおも喧騒に包まれていた。今俺が姿を現すと面倒臭いことになりそうだったから、ローブですっぽりと顔も体も隠している。なんだか嫌なヤツを連想するから早く脱ぎたい。
道すがら、少し寄り道することにした。どうせ通り道だ。
「こんばんは」
「……こんばんは」
先客がいたので挨拶すると、向こうもおずおずと返事をしてくれた。うん、こんな怪しい格好の男にもきちんと挨拶を返してくれるなんて、礼儀正しい子だ。家族の教育の賜物だな。もっとも、その家族は今、この子の前に建てられた墓石の下に眠っている。
「あ、アニキおにーたん?」
「そうだよ。よくわかったね」
「声で」
「そっか」
そういやそんな風に間違って名前を憶えられてたっけ。スフィーダのやつが「アニキ」って呼んでたからだよ、まったく。
本当に、まったく困ったヤツだよ。なんで妹1人残して逝ってしまうんだよ。なんでゲンサイになんて挑んでしまったんだ。なんで逃げてくれなかったんだ。なんで……俺はその場にいてやれなかったんだ。 なんでもっと早く、今の力量になれなかったんだ。なんであの時、俺はゲンサイに負けてしまったんだ。
「こわい人、きてるんだよね?」
「……そう、だよ」
「チッタもスフィおにーたんのところ行くのかな?」
「そうだよ。でも、今日じゃない」
スフィーダのチェルカの墓石に両手を合わせる。この世界での祈り方は違うのだろうけど、俺はこれしか知らない。
「いつ行くかなんて、誰にも分からないんだ。明日かもしれないし、100年くらい後かもしれない。1000年以上居残り続けてる人もいるくらいだからな。でも、今日じゃない。今日にはさせない」
ああ、あいつらが攻め込んでくるのは明日だったか。まあ関係ないな。今日中に片づける。
スフィーダ。俺だって明日には死んでるかもしれない人間だ、一生守るなんて大それた約束はできない。だけどこの手が届く限り、命を賭けて守ると誓おう。
「ほら、もう暗くなっちゃってるぞ。帰って、ご飯食べて、寝て起きれば、いつもどおり明日になってる。こわい人達もいなくなってるよ」
「ほんと?」
「ホントホント。ただ、ちょっとうるさくて眠れないかもしれないけどね」
「だいじょーぶ! チッタ1回ねたら起きないっておにーたん言ってたから!」
「そっか。じゃあ早く寝るんだぞ。おやすみ」
「おやすみー」
少し元気を取り戻した様子で帰っていった。家族がいた頃の元気を取り戻すのはとても難しいだろうけど、それはこれから少しずつ時間をかけていくしかない。
その時間を、こんなところで終わらせやしない。
半壊した城壁から見下ろす。
なんて数だ。敵地のど真ん中で、のんびりと野営の準備をするだけの図々しさも納得できる。赤信号でもお化け屋敷でも、これだけの数がいれば怖くもなんともないだろうな。
その一方で、壁の内側では大勢の人が不安に怯えている。もちろんこいつらのせいだ。
消えてくれ。お前ら、全員。
「世界が命じる、地」
城壁は石だ。俺の命令に従って元の姿を取り戻す。足りない部分は近くの地面からいくらでも補充できる。ゲンサイにぶち破られていた部分から丸見えになっていた町の明かりが急に見えなくなったことに、ガルディアス軍がざわめき始めた。
アホめ。そんなにタイミングを揃えて明かりを消すはずが無いんだから、もっと慌てろ。と言ってもマヌケであってくれた方が俺としては楽だけどな。
「大地よ、そのままもう一度力を貸してくれ」
向こうから俺は暗闇に覆われていて見えないだろうが、俺にはお前達がどこに固まっているのかよく見える。お前らが余裕ぶっこいて用意した夕食用の火の明かりでな。
「串刺しにしてやれ!!」
地面から無数の棘が突き出した。1本だって無駄撃ちなんかしていない。その1本1本が、それぞれ1つずつ命を奪った。
さすがに状況に気づいたらしい。慌てて火と光の魔法士が光源を確保し始めた。周囲が一気に明るくなり、俺の姿もまた闇の中から引きずり出された。
「ははは、驚いてるな」
まさか1人で来るとは思ってなかったか? 俺だって嫌だったさ。だけど仕方ないだろ? 大軍勢相手に一番有効なのは、俺の魔法だ。いい加減自分でも把握しきれなくなってきたバカ魔力にかまけた、広域魔法によるゴリ押し。仲間がいれば、かえってやりにくいんだ。
それに中途半端に兵がいれば、敵の攻撃も分散する。当然、被害が出る。セレフォルンの兵士達の死に場所はここじゃない。彼らにはこの次の戦いで、俺達が俺達の戦いに集中できるよう、死んでもらわなければならない。
被害を最小に抑える方法。それは至極単純に、俺が1人で戦って、1人に敵の攻撃を集中させるだけのこと。セレフォルンの兵士達は、俺を狙わずに王都を目指すガルディアス兵が出た時に防衛だけしてくれればいい。
しかし仕方ない事とはいえ、本当にコレ全部を俺1人で倒すのか? 城壁から降りてしまうと、もう地平線が見えなくなる。代わりに見えるは人平線なんてね。しかもそんな人数プラス空のドラゴン100匹が、俺1人を殺そうと襲い掛かってくるとなると、もう見てるだけでトラウマものだ。
だけど、もう決めたことだ。
「琴音に怒られそうだな」
だけど今回はさすがに捕虜がどうだとか言ってる余裕は無い。全力で殺しに来るし、全力で殺す。ただの1人だって、この壁の内側には行かせない。
「智世は、こんな時は頼りになるよな」
下手をすればアイツの出番が無くなるかもしれない状況だからな。出番が無くなる状況とはつまり、俺が死ぬかもしれないということだ。俺がチリを集めた山だと例えるならば、ガルディアス軍は山のように集まったチリだ。どっちが勝つかは、五分五分ってところか。致命傷はもう確定だ。
「王様には文句を言われそうだ」
こんないかにも英雄譚で登場しそうな場面にどうして誘わなかった、ってな。仕方ないじゃないか。ゲームと違って、味方にも魔法は当たってしまうんだからさ。
「リリアは起きてたら絶対ついてきただろうな」
1人では行かせないとか言ってさ。俺だって、お前に背中を預けられたらどんなに安心できるか。
「ユリウスもついてきそうだ。アイツはどこだってついて来ようとするからな」
友達をたくさん引き連れてるから怖くないのかもしれないけど、俺はいつだってハラハラしてたんだ。それに友達の獣が死んで悲しむのは、あんな年齢の子供にはあんまり味合わせたくはない。天帝フルフシエルと戦った時は、とても悲しそうにしていた。
「アルスティナはまだ寝てるかな?」
あの子は十分怖い思いをしている。両親を失くして、よく理解もできていないまま重い責任を背負って、そのせいで敵に狙われ、捕まって。どうかもうしばらく眠っていてくれ。何も気づかない内に全てを終わらせてあげたいから。
「リゼット……また心配して、泣いてくれるかな」
うん、泣いてくれるだろう。そしてその後でひっぱたかれるに違いない。甘んじて受け入れよう。できれば次は、抱きしめる時に鎧を脱いでおいて欲しい。この危機的状況から生還できたなら、それくらいのご褒美はあってもいいと思う。
「さて、魔法が流星群みたく飛んできてるし、そろそろ行こうか相棒」
「みぎゃ!」
「ぴぃ!!」
おっと、ただ「相棒」じゃ、どっちのことか分からなくなってしまってるな。終わったらちゃんと考えないと。
「魔導兵装・CODE-DeepBlue」