影話・邂逅
民衆の狂気めいた歓声が渦を巻く。
ガルディアス帝国帝都、その城の門前に即席で作られた舞台を囲み、大勢のガルディアス帝国民がその瞬間を待ちわびる。
舞台の上には磔にされた人間が5人。
セレフォルン王国元帥、ケイツ。オルシエラ共和国の英雄、竜騎士リーゼトロメイア。常緑のオリジン、琴音。鮮血のオリジン、智世。そしてセレフォルン王国第86代国王、アルスティナ・S・ラーズバード。
まだ成人もしていない少女が処刑されようというのに、そのことに疑問を抱く者はここにはいなかった。いや、疑問を抱く人間は粛清されてしまうため、そういった人間はこの場に来るはずもなかった。
「おわた。まあ悠斗がこっちに連れてきてくれなかったら、とっくの昔に死んでいたわけで……ボクとしては割り切れているのだが」
「割り切れないよぉ……うぅぅぅぅ」
悲観し、ただ泣くことしかできない琴音とは対照的に、智世は達観した様子で自分たちを見上げる民衆を見下ろしていた。自分達が死ぬところを見て何が楽しいのか、といった様子だ。
他3名の反応もそれぞれ。ケイツは何とか状況を打破できないかと未だに思考を巡らせ、リゼットは打ち首を待つ武士のように黙して最期の時を待っている。そしてアルスティナは泣き疲れたのか、ぐったりしていた。
態度はバラバラだが、待ち受ける未来は同じだ。
処刑。彼女らを捕えて凱旋した英雄、鐵のオリジン・ゲンサイの手によって、順に斬首されることが約束されていた。
そしてそのゲンサイが舞台上で既に待機している時点で、誰が何をしようと処刑を逃れることが不可能だということは確定している。何故ならば彼こそが、この世界で最強の存在なのだから。
「ちっきしょう……」
ケイツは何度も計算を重ね、繰り返し、そして断念した。どんな脱出計画を立てても、脳内でのシュミレーションにおいてその尽くがゲンサイによって破綻する。どうしてもこの男を出し抜く方法が浮かばないのだった。
「心配するな。深蒼のオリジンもすぐに見つけ出して、お前達と同じところに送ってやろう」
ゲンサイが思い浮かべるは、数週間前の戦い。この世界でもっとも自分を楽しませてくれるだろうと期待していた男にまんまと逃げられてしまったことだ。
王都に攻め込んでやれば慌ててやってくるだろうと、そのままのんびりと歩いてセレフォルンの王都から女王をかっさらい、ついでに見つけたケイツ達も捕まえたまではいいものの、結局悠斗は姿を現さなかった。
(本当に逃げたか? くだらん)
それなりに楽しめる戦いだったし、もう一度戦うのも有りかと、こうして処刑の場を用意して待っても見たが、やはり深蒼のオリジンの情報は入って来なかった。
そしてゲンサイは諦めた。どうせ悠斗の魔法ではゲンサイは倒せない。それはゲンサイ自身が身をもって確かめたことだ。
(あの鳥に直接攻撃されればあるいは……いや、ありえんな)
ゲンサイは無意味な空想を頭から追い出した。何もかもを食らう鳥は脅威ではあるが、ただの小鳥程度の速度を避けられない己を想像できるほど、ゲンサイは自分の実力を下には見ていない。何十年という年月を捧げた「剣」と「武」は、そんな薄っぺらではないと確信しているのだ。
「期待外れ、だったか」
「そんなことないよ」
何気ないゲンサイの呟きに反論したのは琴音だった。
「悠斗君はきっと助けに来てくれるもん。悠斗君は……悠斗君は、絶対に諦めない人だから!!」
この世界で最も悠斗と付き合いの長い琴音は知っていた。無力な頃に悪人に捕まった時も、天変地異を引き起こすような怪物に襲撃された時も、仲間を失ったと思い込んだ時も悠斗は諦めなかった。そもそも地球になんているはずのないドラゴンを10年もの間、諦めずに探し続けた男なのだと。
「へへ、そうだぜ。アイツの諦めの悪さは一級品だ」
「ならばいつ来る? 今すぐ来なければ間に合わんぞ? 見ろ」
ゲンサイが指し示したのは皇帝の城のバルコニーだった。
そこにゆっくりとした足取りで現れた1人の男。その肉体は屈強な戦士のように鍛え上げられ、もう老いが迫ってきている年齢にも関わらず、そんな弱さを微塵も感じさせない。夕焼け色のマントをなびかせ、王者は民衆を見下ろす。
「ガルディアスの民よ。勇猛なる民よ。その猛々しさを証明する時が来た」
低く、重く、腹の底に沈むような声は、しかし広場の全員に聞こえるほど良く響いた。
ガルディアス帝国皇帝、ウルスラグナ・F・ガルディアス。ロンメルトと同じ赤い髪だが、彼らを「似ている」と表現する者はいないだろう。それほどまでに雰囲気が違う。
ロンメルトが目指すものが「王」ならば、ウルスラグナは「覇者」なのだ。治世も、民も、覇道のための手段であり駒にすぎない。
「これより、我らがガルディアス帝国に歯向かい、王女シャロン・F・ガルディアスを惨殺した愚かなるセレフォルン王国の首を斬る!」
たちまち爆発する歓声。どこからか聞こえた「息子の仇を」という声に琴音達は思わず顔をうつむけた。ガルディアス帝国の暴挙を許せないと戦ったが、向こうからすれば自分達も仇なのだ。大勢殺した。琴音の尽力でかなりの人数が捕虜として収容できるようになったが、全てではない。死んだと勘違いして怒っている者もいるが、実際に殺された者の家族も間違いなくいる。
「処刑執行人はアンタってわけか」
「いかにも」
ケイツの問いに答えながら、証明するようにゲンサイが刀を抜く。黒く光る刃。今からそれが自分の首に振り下ろされるのだと想像し、琴音は体を震わせた。智世が平気そうなのは、慣れだろう。だがいよいよとなって、わずかに体を強張らせている。
「やはり最後は女王にすべきか。となると反対側の……竜騎士から順に、となるか」
「覚悟はとうにできている。やれ」
「潔いことだ」
ゲンサイがリゼットの傍に立ち、刀を掲げた。
「残念ながら、お前達の騎士様は来なかったようだ」
「……ユウト」
いざ刀を振り下ろそうという時、ゲンサイが上空を見上げた。
太陽を背に、小さな影が近づいていたのだ。影はやがて大きくなり、その全貌を露わにする。
「アインソフ!」
傷ついたまま連れ去られた主人を追ってきたのか、ウロコは所々剥がれ落ち、翼は骨が折れている。だがアインソフは折れた翼で空を飛ぶ。主人の下へ、彼女を助けるために。
「大した忠義だ、恐れ入る。主人と死を共にするために来たか」
ゲンサイが刀を振るう。傷ついて、本来なら飛ぶことさえできない筈のアインソフに、それを躱す術はない。
「いいや」
だが刀がアインソフの体を切り裂くことは無かった。
響く金属音。刀と剣のぶつかり合う音。不思議な青い光に覆われた剣は、ゲンサイの刀をしっかりと受け止めていた。
「助けるために来たんだ。魔王の手からお姫様も騎士様も、あとケツアゴもな」
アインソフの背から現れたその姿は、ゲンサイの、そして琴音達すら知らない状態。
全身を覆う、青い光。まるでゲンサイが魔法を使った時の邪気のオーラのように全身を包み込んでいた。そしてその一部だけが青かった髪は全てが青色に染まり、瞳すらも青く変化している。全身を覆う光はゆらめき、その背中で広がっていく。
それはまるで鳥の翼のようだった。