じゃ、行ってくる
「な、なんだユート、急に笑い出して……」
しまった。我慢しきれなかった。いやもう、我慢とか考える前に笑ってしまっていたから、どうしようもなかった。
「だ、だって……ケイツって、ケツって……ぶふ……アゴだけじゃなくて名前までケツって……」
「な、なんだと!?」
産まれた時からケツアゴを宿命づけられてたのか、こいつ。身体的特徴を笑うなんていけないことだけど、名前までケツだった衝撃が俺の道徳心をどこかに吹き飛ばしてしまったらしい。
そして俺が笑っている理由を理解したのか、琴音も顔を隠してプルプル震えている。我慢できたんだ、凄いな。いや、俺が我慢できなかったのは、ずっと心の中でケツアゴって思っていたからか。
「あはははははははっ!! ホントだ! お尻みたいな形だー!! 全然気づかなかったぁー!!!」
女王様大爆笑。
そして一度気づくと、もう他の物には見えなくなる法則に陥ったのか、ケツアゴの顔を見ては爆笑を繰り返していた。当分収まりそうにない。そしてこれからは顔を合わせる度に笑われるんだろうな。重要な会議で出入り禁止にされそうだ、ごめん。
「馬鹿言うな! これは古くから龍の舌に似ているとされる、勇猛な戦士の証だぞ!?」
「それは多分、初代ケツアゴが尻の形だって周りに指摘されないように、自分で先に意味をつけたんじゃないか? ぷっふふふ」
違うぞ、今のは初代を想像して笑ったんだ。だからそんな睨むな……て、いま龍って言ったか!?
「こ、これまで築き上げてきたイメージが……このやろう」
「待った待った。謝るから待ってくれ。大事な確認がまだだった。龍は……ドラゴンはこの世界にいるのか!?」
「ああ? いるが、それがどうした!! オリジンとはいえ、一発殴らせろ!」
「ぶへっ」
ケツアゴが俺を殴ったことで、謁見の間に呼ばれるだけ呼ばれて立ってるだけだった重鎮たちがどよめいた。オリジンの怒りを買ったと逃げ出しそうな奴までいるが、どうでもいい。
そう、どうでもいい。俺は今、喜びに満ちている!!
「やっ……たあああああああ!! どこだ、ドラゴンはどこだああああ!!!」
殴られたことなんて歯牙にもかけず喜びの舞を披露しながら窓辺に駆け寄ると、変な人を見るような目で見られた。
「存在はするが、そんな窓から見えるような所にいてたまるものか。最下級のモノでも軍が動く相手だぞ? 見たいなら、どこぞ人里離れた秘境にでも行くことだな」
またか。異世界に来てまで秘境巡りなのか。
だが「いる訳ないだろ馬鹿かお前」から「いるけど簡単に会えるかよ馬鹿」にランクアップしたんだ。俺は今、人類にとっては限りなくどうでもいい偉大な一歩を踏み出したのだ!
「琴音をよろしく頼む! じゃ、行ってくる!!」
「えええええええええええええええええええええええええええ!!!?」
琴音が凄い声を出した。お前そんな声出せるのか。その声に隠れてしまっていたけど、幼女王様とケツアゴも叫んでいたみたいだ。
「ちょ、ちょっと待って、わたし置いてかれるの? 家に帰るまで守りきるとか言ってたよね!? 一緒に頑張ろうとか言ってたよねぇ!!?」
「え? でも国家の保護があったら、俺いらなくない?」
もうこの国が何か企んでいるかも、なんて疑ってないし。企んでたら、その重要人物は殴れないだろ。大丈夫大丈夫、琴音が地球に帰る時は、きちんと見送りがてら見届けるから。
「おい、本当に待て! 行くのは構わんが、オリジンの力を過信するな。ドラゴンは過去のオリジンですら苦戦するような相手だぞ。そもそもドラゴンがいるような場所は凶悪な餓獣もウジャウジャいる。死ぬぞ」
「餓獣?」
「ああ、魔物のことだ。いつも飢えてヨダレを垂らしているからな、今は一般的にそう呼ばれている」
あの陛下もとい虎みたいな奴らか。たしかにヨダレが凄いことになってたな。口の中に梅干しでも入れてんのかって位。
「俺達が出てきた森で虎……シマシマの電気を使う奴に会ったんだけど、あれは全体的にどれくらいの強さなんだ?」
「電気? サンドラか。あれは雷を飛ばす以外は普通の獣だから、10段階評価の下から3つ目のEランクだな。比較的、ザコだ」
あれがザコ。魔法使えなかったとはいえ、死にかけたんだけどな。
「ついでだから言っておくが、ランクは下からG、F、E、D、C、B、A、S、Zと、未確認を意味するXランクがある。詳しい話は必要になってからでいいとして、ユートの会いたがっているドラゴンは最弱でBランク。最強はもちろんZランクだ、今会っても消し炭にされて終わりだ」
最弱で虎の3段階上か。今は魔法を使えるけど、相手が魔法で戦ってくれる保証はないからな。そうなると恐竜VS人間のガチンコ生身バトルになる訳だ。無理です。
「急がなくとも、突然ドラゴンが滅んだりはしない。ここで戦い方を身に着けてからにしておけ」
「……わかったよ、ケツアゴ」
「そっちはもう一発殴らないと分からないようだな」
アフンッ。
「ティアも行くー。ドラゴンに会いたい!」
この幼女王様、ロマンが分かってるね。自分の立場は全くわかってないけど。主人を完全に放置して遠くから見守っていた側近の女性が慌ててやってきてアルスティナをなだめる。
「いけませんよ陛下。亡くなられた御両親に代わって、この国の王になったのですから」
「むー、父様を母様、はやく帰ってこないかなぁ」
「……ダメですよ陛下。一度代わったら、ずーっと王様なのです。ちゃんと教えて差し上げますから、一緒に頑張りましょう?」
「はぁーい……」
おいおいおいおい。妙に明るいと思ったら、両親が死んだこと教えてなのかよ。いやでも今「亡くなった」って言ってたし、ちゃんと理解できてないってことなのか。箱入りっぽいもんな。
……ここにいる間は優しくしてあげよ。
「私は行くからね」
「だから、ここで保護してもらった方が安全だって。別にドラゴンに興味ある訳じゃないんだろ?」
なんで琴音まで来たがるんだろう。今の話聞いてなかったのか? あの虎がザコ扱いされる世界を出歩きたいだなんて、目的も無くすることじゃないだろ。
「悠斗君がドラゴンに会うまで帰りたくないように、私は宣言通り大活躍して悠斗君を助けるまで帰りたくないの。力を合わせて頑張ろうって言ったのは、地球に帰るまでの話だったよね? だから……一緒に行こうって言ってくれると思ってたのにぃっ!」
めっちゃ睨んでるよ。言いたいことは分かったけど、命がけの旅に誘えってのは無茶ぶりだろ。これでもし連れて行って、死なれでもしたら……いやケガだけでも罪悪感で押しつぶされそうじゃないか。
「いや、だけどさぁ……」
「なあユート。琴音が男でも、そう言ってたか?」
「……」
ケツアゴの言葉に、中田……間違えた、田中を想像する。もし巻き込んだのが田中だったら--。
「本人がやると言ってるんだ、それを女だからと止めるのは侮辱というヤツだろう? 連れて行くのではなく、一緒に行くのだ。そして互いに守り合った上で、護り抜け。これ以上うだうだ言うのでは、男が廃るぞ?」
田中なら、多分一緒に行こうって言ってたな。そうだよ、おれは琴音の保護者じゃない。助け合おうと約束し合った仲間だ。俺は今、一緒に行ってやると言ってくれた仲間に、危ないから留守番してろと言った訳か。
そりゃ、怒られても仕方ないな。
「大活躍、期待してるぞ琴音」
「うん! 任せて!!」
その為には琴音の魔法を目覚めさせないとな。
「なあ、魔法を使えるようになるには、命に危機に自分の血を飲むって聞いたんだけど、もっと安全な方法は無いのか?」
自分の血を飲むのは簡単だけど、命の危機ってのがなぁ。そんな条件を馬鹿正直に挑んでいたんじゃ、命がいくつあっても足りやしない。
「命の危機といっても曖昧なものだ。例えば剣を寸止めしたとして、止まると分かっていても怖いだろう? 死ぬかもしれないと想像してしまうだろう? それで構わんのだ」
なるほど、それなら簡単だ。俺もそっちが良かったな……。
「今日はもう遅い。何をするにも明日だ、明日。部屋を用意しているから休むといい」
言われて、ドッと疲れが押し寄せてきた。
こっちの世界に来てから、遭難に野宿で4日間だからな。疲れてない方がおかしかった。
ようやくベッドで休める。この世界の布団は、柔らかいだろうか。