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ある日、ソレは夢を見た

「あれ? 迷宮じゃないぞ!?」

「当たり前じゃ。あれはリディア婆様が改造した結果じゃからの。ワシも改造前の塔に入ったことは無かったが、ただ階段が続くのみとは……拍子抜けじゃのう」


 俺達が迷宮としてこの塔を登った時は、全100階の階層ごとに分かれたビルのような構造だった。空間魔法で魔改造されたせいで、一階ごとに広大な空間が広がっていたけどな。

 けど改造前の塔は、ビルのような構造ですらなく、吹き抜けになった空間の壁面に螺旋状の階段がついているだけのシンプルなものだ。


「これはこれで厳しいのう……」


 休むことなく延々と階段だからな。もう何百段登ったことか。


「おぶってやろうか?」

「年寄り扱いはやめんか!」

「子供扱いしたんだが」


 足が短いから一段一段が高くて大変だろうという俺の気遣いを。ま、子供は風の子元気の子だ。運動が激しくても大丈夫だろ。肉体までババアだったら命に係わるけどな。


「小僧は妙に余裕があるのぅ」

「テロスから奪った生命力のおかげかな? 力が有り余ってる感じでさ。琴音の魔法を受けた時に近い」

「な、なんじゃと! ズルい! やっぱりおぶるのじゃ!」


 ずるい、かなぁ? 別に魔法を使ってるわけでもなく、これらはもう俺の一部になってるんだけど。

 他人の命をエネルギーに変えていることに引っ掛かりが無いでもないが、テロスの口ぶりからして元の持ち主の魂はちゃんと成仏(?)したみたいだし、悪用さえしなければ変に気負う必要もないよな。


「はいはい。しっかり摑まってるんでちゅよー」

「……時間が経つのが遅い。いつまで走っても着く気がしない。そんな感覚を味わいたくなければ、今すぐその口を閉じることじゃ」

「すいませんでした」


 小さな手でぎゅっとしがみつかれた背中から、ドスのきいた脅しが飛んできた。ギャップが激しすぎて普通に脅されるよりぞっとしたぞ。


「お、最上階か。さすがに早かったな」


 階段の段数こそえげつないが、迷宮の中を餓獣と戦いながら進んでいたことと比べれば、恐ろしくあっさり到着できた。


 最上階だけは1つの独立した階層になっているらしく、階段の行先をふさぐ天井部分に、上に持ち上げる形の扉がついていた。


 押し上げ、最上階に躍り出る。


「……神殿?」


 それまでの塔の様子からは一変した雰囲気に呆気を取られてしまった。

 ドームのような円形の空間。周囲は細かな装飾を施された石柱に囲まれ、奥には何か祭壇のようにも見える台座が据えられている。わずかな隙間から差し込んだ夕焼けの光が、その厳かな空間を照らし出す。


「小僧、天井を見てみよ」


 リリアに言われた通り上を見上げると、そこには壁画が刻まれていた。所々崩れ落ちていて何が描かれているのか細かくは判別しづらいが、それが随分と片寄った描き方になっていることが印象に残る。

 天井の真ん中に塔の絵が描かれていて、その左側には海と空と大地……雄大な自然が描かれているっぽい。そして反対の右側にはというと、何も描かれていなかった。なにかしらの色で塗りつぶすでもなく、全て剥がれ落ちてしまったでもなく、空白。まったく手をつけてすらいないように見える。


「未完成なのか?」


 何気ない俺の問いに答えたのは、リリアの声ではなかった。


「いいや、それで完成形だ」

「誰じゃ!?」


 声の正体を探ると、そいつは祭壇のような台座の奥からゆっくりと姿を現した。誰かと同じように、全身をすっぽりとマントで覆っている。こいつが……「父さん」か? どうやらその後ろにも2人ほどいるようだ。同じくマントで全身を隠してしまっていて姿は見えない。

 俺とリリアが様子をうかがっていると、男が口を開いた。


「世界は初め、無であった。そこにはただ1つだけ生命が存在し、無限に広がる虚空を漂う。ある日、ソレは夢を見た。どこまでも広がる果てしない『青』。青い海、青い空、青々と生い茂る草木。色も何もない世界に漂っていたソレは、その青に憧れ……それらを創造した」

「創世神話、じゃな?」


 なるほどね。どこの宗教にもある、世界の始まりの物語。その異世界バージョンってわけだ。


「小僧もこの世界に来てから聞いたことがあるのではないかの? 『聖霊』という名を、の」

「聖霊……」


 確か、オリジンが現れる以前まで信仰されていたんだっけか。現代では人類を救ったオリジンが地球でいう神のように敬われ崇められているけど、それ以前までは世界を創造した聖霊を崇めていたんだよな。ちょっと違うかもだけど、聖霊が神ならオリジンはイエス・キリストのような感じかな?


「創世の聖霊はまず、自身の力を最大限に高めるための場として「原初の塔」を創ったのじゃ。そしてその塔を中心に海が生まれ、空が生まれ、大地が生まれた……そう言われておる」

「塔って、まさか!?」

「この塔がそうではないか、と大昔から多くの学者が言っておったわい。ま、証明する方法など無いがの」


 いやでもこれだけ不可解な塔なら、そう考えるのも仕方ないだろう。だってさっき登ってきたように、この塔の内部は吹き抜け……石材を積んだ壁だけを支えに、空に届くほどの塔なんて作れるわけがない。

 そしてその仮説を証明するように、壁画にはしっかりと俺達が今いる塔を同じ塔が描かれていた。そしてその塔の絵の上部……天井が剥がれてしまっているけど、あそこにその創世の聖霊が描かれていたんだろうな。


「そう、この塔には力を増幅させる機能が備わっている。そしてその機能を利用し、我々はこれより儀式に入る。子供達よ、邪魔にならぬよう即刻立ち去るが良い」


 儀式?


「邪魔をしないかどうかは、その儀式とやらの内容次第だな。あんたは何者で、何をする気なんだ?」

「……巻き込まれても知らんぞ。お前達は聞き分けてくれるな?」


 お前達、とは男の後ろにいる2人のことかと思ったが、そうではないらしい。その更に奥から、ゾロゾロと10人ほどの子供が姿を現した。その全員が、体のどこかしらに獣の特徴を宿している。獣人か。

 ……そういえば過去の世界に来てから獣人を見たこと無かったな。元の時代でも比較的少なかったから、元々の祖先の数も少なかったのかもしれない。


 だけどなんでこんな場所に獣人の子供が? ふと、ある可能性に気づいてマントの3人を見る。

 やっぱりだ。マントに覆われていて分かりにくいけど、マントを押し上げる体のふくらみが普通の人間にしては不自然だ。この3人も獣人……ひょっとしてこの子達の親なのか? 男のマントの顔部分から、一瞬だけチラリと尖った物が見えた。クチバシ……鳥の獣人か。後ろの2人も鳥系か? マントのふくらみが翼っぽい。


 やがて子供達が俺とリリアの登ってきた階段を下りていく。10にも満たない子供ばかりで、放っておいていいものか。いや、未来の世界に獣人がいたんだから、この子達はしっかりと生き抜いていくんだろう。

 それよりあの3人だ。


「まずいのじゃ! 何か始めおったぞ!?」


 なんだあれは? 外の光を入れるための隙間から、色とりどりの光の欠片が祭壇に向けて流れ込んでいく。テロスと同じく、オリジン達の10の属性に当てはまらない不可思議な力。やっぱりこいつが『父さん』か!


「やめろ! 何をする気だ!?」

「案ずることはない。人にも世界にも影響はなく、ただ我々がここより消え去るだけのこと」

「よくわからんが、ひとまず止めさせてもらうのじゃ! タイムストップ!」


 無数の光の渦に包まれた3人に向けて、リリアが時の魔法を飛ばした。

 だが3人には何ら影響を及ぼすことはなく、むしろ変化が起きたのはリリアの方だった。


「ぬ、ぬおおおおおおお!? 引きずり込まれるのじゃあ!!?」

「サバ子、摑まれ!!」


 まるで見えない手に引っ張られるように光の渦に吸い寄せられるリリアの手を掴みとる。が、逆らいようのない引力で俺ごと引っ張られていった。

 ダメだ! 光の渦に吸い込まれる!!


「うわあああああああああああああ!?」

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