助けてくれ!!
死、ではなく、無。
ソレは目では見えず、感じることもできないが、間違いなくアランとイリアさんに向けられていた。過去の世界にやってきて五里霧中の状態から保護してくれた恩人2人。そしてリリアの家族である2人の危機に、それでも俺の体は動こうとしなかった。
頭では大丈夫でも、心が怯えて動けなかった。
「タイムストップ!」
リリアがテロスに杖を向けて叫ぶ。能力が発動する前に動きを封じるつもりだったんだろう。だけどテロスは通常通りの時間の中で平然としていた。
「リリア・ラーズバード。時の変異属性に目覚めたものの、その性質が理解できず魔法を上手く扱えない……と聞いていたのだけどね」
防がれたのか。俺のルールイーターと違って存在が曖昧なものでも問題無く消せるのか? いや、それとも明確な存在として扱えるくらい理解しているのか、時間というものを。アレが本当に『神』と呼ばれるような存在なら、それは何もおかしな話じゃない。
「なるほど、父親と同じで厄介な魔法だ。まさか普通の人間がボクに届く牙を持ちうるとはね。いや、むしろ当然と考えるべきなのかな? 曲がりなりにも----の力の片鱗と思えば」
最後のつぶやきはよく聞こえなかった。テロス自身、確認するような呟きだったから聞かせる気はなかったんだろう。
「時属性……なるほどそうか。お前達、未来から来たんだな? そこでボクと接触したことがある、と。種が分かれば面白くも無い。いいよ、もう消えてくれて」
テロスが手をかざす。来る、消滅の力が。
だけど俺の体はやっぱり動こうとしない。どうして動けないのか、それは俺がテロスに勝てないと思っているからだ。理不尽なまでの力の差が怖いからだ。
考えろ! アイツに勝つ方法を! はっきりとそれを思い浮かべることができれば、テロスへの恐怖は薄まるはずだ。
考えろ! 俺の魔法で何ができる! 普通に炎や雷を飛ばしたところで意味はない。俺が知る限りでは通用しない。俺が知らない俺の力が必要なんだ。
考えろ! それを知るにはどうすればいい。
「ジルッ!!!」
ばさっ、と羽ばたく音と共に青い羽毛が目の前に舞った。
ジル以上に俺の魔法を理解しているものなんていない。だけどジルに聞こうにも、ジルは言葉を話せない。
けど、俺の言葉を聞くことはできる!
「助けてくれ!!」
俺の魔力だろうがなんだろうが、好きに使ってくれればいい。だからどうか教えてくれ、示してくれ。お前には何ができる。俺には何ができる。
みんなを守るためには、テロスを倒すためには、俺はどうすればいい!
「ピィ!」
ジルが大きく翼を羽ばたかせ、テロスとアラン達の間に入り込むように飛んで行った。
どうするつもりだ? そんなことをしても、一緒に消されてしまうだけなんじゃ--
しかしそうはならなかった。
消滅の力は確かに発動された。それは消滅した空間に空気が流れ込む大気の動きから推測できる。だけど誰も消されていない。アランも、イリアさんも、リリアも、そしてジルも。
消滅の力を食った? いや、それは無い。それは初めてテロスと戦った時にジル自身が無理だと示していたことだ。だとすればどうやって防いだんだろう。
「消えない、だと? なんだその鳥は……」
消えない? 防いだのではなく、テロスが攻撃をやめたのでもなく、消そうとしたけど消えなかったのか? だとするともしかして、ジルが消滅の力を食えないように、消滅の力もまたジルを消すことができないのか。
「いや、待て。鳥……鳥だと? 青い、鳥。そんな、まさか……」
無敵にも思えた力が通用しないジルの存在に、驚愕の表情を浮かべるテロス。はて、なにか別の理由で驚いているようにも見えるけど、青い鳥だからどうだというんだろう。そんなの探せば見つかるだろ。ルリビタキとかカワセミとか。
どうでもいいか。アイツが驚いて隙を作ってくれるというのなら、その隙に攻撃しない手は無い。
一歩、前に出る。
ジルが教えてくれた。一見絶望的だろうと、どうにかなるんだと。その力があるんだと。絶望するのは、その全てをぶつけてからなんだと。
「行け、ジル! そいつを食いつくせ!!」
「ピィィィッ!!」
ジルがテロスに向かって飛ぶ。迎撃しようとテロスがその力を行使するが、何度消滅の力を使おうとジルが消える気配は無い。
そしてテロスの体を通り抜けるように通過する。同時におびただしい量の、得体の知れないエネルギーが俺の中に流れ込んできた。これは……生命力とでもいうのか? テロスの中に囚われていた無数の命が俺の中で力に変換されていくのを感じた。
まるでアランの強化を受けた時のように、自分という存在が高められていくようだ。テロスのように命をストックすることはできないが、それらは確かに俺の中に宿っている。他人が入り込んで来るような不快感は無い。流れてくるのはただただ純粋な生命のエネルギー。
「馬鹿……な。命が奪われていく、魂が昇華されていく。ボクの……ボクの力が、こんなことは有り得ない!!」
困惑こそしているが、テロスにはまだまだ余裕がありそうだ。今の一口で奪えたのは、テロスのストックの4割ほど。もう2回ほど喰らえば……殺しきれる。
そのことにテロスも気づいているのか、ジルを見る目にかすかに恐怖の感情が浮かんだ。
「くっ……命を、もっと命を! 命をよこせぇ!」
突然テロスが反転し、イリアさんに向かって飛びかかった。今更1つ2つ補充したところで意味がないというのに、死を予感したのが初めてだったのか思った以上に混乱していたようだ。
そしてまさか今更他の人を狙うとは思っていなかった俺とジルは、完全に初動が遅れてしまった。間に合わない!?
「テメェ、俺様のイリアたんに抱き付こうたぁ、どういう了見だゴラァ!!」
イリアを庇って飛び出したアラン。その右腕がEXアーツの鐘と同じ黄金に輝いている。
「好都合だ、アラン・ラーズバード! お前も取り込んでやる!」
テロスのマントの下からドロドロとした汚泥のようなものが飛び出した。今の発言から、あの汚泥に触れることで捕食するのだろう。しかし肉弾戦しかできないアランは、攻撃するにも防ぐのにも汚泥に触れる必要がある。
だがアランは躊躇なく、娘を守るためにその腕を振り切った。
「ぐっ--ああああああ」
汚泥が弾け飛ぶ。
そしてアランの右腕、肘から先が無くなっていた。持っていかれたのか……いや、よくそれだけで済んだと言うべきか。触れたものを食うということは、消滅の力と同じく殴ろうにも殴れないもののはずなのに。
「弾いた、だと? ボクの力を?」
「……父親の愛のパワーだ、クソ野郎」
「ぜひ貰おう、その力」
再び汚泥が展開される。だけどよそ見をしていいのかテロス。この場にはお前に牙を剥ける存在が2つもあるんだぞ?
「タイム・スクランブル!」
「しまっ--」
アランに意識を集中していたテロスに、リリアの不意打ちが直撃した。初めて見る魔法だ。スクランブルといえば……引っ掻き回すって意味だったかな?
「ぐ、あ……な、なんだこの感覚は」
「お主の時間を小刻みに操作したのじゃよ。早くしたり、遅くしたり、巻き戻したり……の。どうじゃ、ひどい船酔いをした気分じゃろ?」
テロスがフラフラと揺れ、地面に座り込んだ。嘔吐感があるのか、口に手を当てている。なるほど、頭の中をシャッフルされるような感じなんだな。
だけどやっぱり殺傷能力は無い。フラフラしながらも、テロスは汚泥の操作を継続していた。
「まとめて……喰らってやろう」
「させない」
リリアが時間を稼いでくれたおかげで駆けつけることができた。
俺達の周囲を汚泥が囲む。360度全てから襲われれば、ジル一匹だけでは防ぎきれない。テロスの攻撃が効かないのは、あくまでもジルだけなのだから。
だけど俺は確信していた。
俺に向かってジルが飛んできている。つまり手があるということなんだと。俺は俺の半身を信じる。
「防げるはずがない! 強かったよ君達。感謝しよう……君達を喰らいボクはまた一歩、父さんに近づける!」
「来い、ジル!!」
ジルが俺の胸に飛び込む。
辺りを青い光が包み、そして俺は理解した。ジルのことを、『世界』のことをーー




