化け物じゃねーか
カケドリに跨り、草原に伸びる踏み固められただけの道を走る。しかしこいつら、こんな大昔から同じ扱いなのか……。永遠の乗り物、乗っておいてなんだが嫌な響きだ。
「魔王の行動が『塔の町』を中心にしていることは既に判明していました。そこで何人かに塔の周辺を探らせていたところ--」
「姿を現したってわけだな」
そして1人が報告に戻り、残りの者が現在も魔王を見張ってるって話だったな。見つかって消されていなければ、塔の町で合流する予定になっている。
「町が見えてきたのじゃ」
さすがに近いな。早朝に城を出て、まだ日も沈んでいない内に着くことができた。
静かだ。
滅びと再生の町。人類が終焉を覚悟した最後の町であり、同時にオリジンの出現により復興した最初の町。そのことから聖地として神聖視され、現在ではもうほとんど人は住んでいないらしい。まったくいないというわけではないらしいが、辛い思い出もあってか多くの人が新天地を求めて町を出たのだそうだ。
それゆえか、そろそろ夕食時だというのに人々の活動する気配がほとんど感じられなかった。だけどもし、人の数ではなく命の数を数えたならば、今この場には大勢の人間がいるかのように感じられただろう。
なにせ町の前に立つ黒い影は、いくつもの命を食らう怪物なのだから--
「テロス・ニヒ……やっぱりコイツか」
1200年後の世界でよく使っていた男の子の姿ではなく、黒衣の大きさから成人男性だとわかる。だけど姿形が違っても、エンドと名前を変えていても、なんとなく確信できた。こいつはテロスだ、それだけは間違いない。
「あ? 例の未来で会ったって奴か? マジかよ、化け物じゃねーか」
「その理屈ではワシも怪物ということになるのじゃが」
「リリアちゅわんはぷりちーな天使さんさぁ!!」
「それはそれで嫌じゃのう」
隣の飄々とした会話とは裏腹に、俺は自分の心臓の鼓動が強く、早くなっていくのを感じていた。
怖い……。
長い年月をかけて命を集めたと言っていたから、未来の世界ほどの強さはないはずだとはいえ恐怖が心を縛ってくる。
なんでだ。もっと強い時に平気で戦えて、まだ弱い時にどうしてビビる必要がある。
「みぎゃぁ!」
「きゅるるる……!」
二匹のドラゴンが弱々しい威嚇をしている。さすがドラゴン、勇敢だな。それに引き替え、俺は……。
「おうおう、ドラゴンったってガキはガキだ、下がってな。おいクソ野郎、そのトカゲ共をしっかり捕まえておけよ」
「な、なんで俺に」
「戦力外を戦わせるほど馬鹿じゃねーぞ、俺様は」
戦力、外……。
俺はベビードラゴンを受け取って大人しく下がった。本来なら馬鹿にするなと怒鳴るべき言葉に、ほっとしている自分がいたからだ。こんな奴が、いったい何の役に立つ?
「なんだい、君たち? ボクと戦うって……ああ、アラン・ラーズバード。そうか、君か」
「おう、俺様だ。なんで戦うかってのは、言うまでもねーよなぁ?」
「そうだね、必要ない。ということは、この子達は君の部下だったのかな?」
この子達? ここにいるのは俺とアランとイリアさんとリリア。そしてテロスだけだ。同じ疑問をアランも抱いたのか、いぶかしげに顔をしかめる。
「そう、この子達だよ」
そう言ってテロスが頭からかぶっていたフードを脱ぎ去った。現れたのは優しそうな好青年の顔だった。見覚えは、無い。いや、アランとイリアは知っているようだな。
「野郎を見張らせてた兵だ。どうなってやがる」
「……食われたようじゃな」
アランが何人の部下を送っていたのかは知らないけど、この子「達」と言っていたことからして全員見つかって食われてしまったんだろう。つまりこれからアランの部下の命もストックされたテロスを殺さなければならない訳だ。
……アランとイリアさんには言わないでおこう。何も解決しない上に戦いにくくなるだけだ。
「君は……アランの娘だったかな? どうやらボクのことを知ってるらしいね。どうしてだい? どうして『食った』と? とても、興味深いね」
「くっ、興味深いだと? 野郎……リリアちゅわんの可愛さに気付いちまったか!?」
「父様、まじめに」
「俺様はまじめだ! まじめにリリアちゅわんに目をつけた、あのクソ野郎をぶっ殺す!!」
予想外の展開で戦端が開かれてしまった。
しかし大丈夫なのか? いくらアランが強くても、相手はあのテロス・ニヒだ。あの不可解な能力を突破できたのは、今のところリリアの時魔法だけだ。
「EXアーツ! 祝福の鐘!!」
アランの頭上、中空に朱のさした黄金に輝く大きな鐘が出現した。教会なんかにありそうな鐘だ。その音が鳴り響けば味方には祝福が、敵には絶望がほどこされる。
ガラーーーン、と鐘の音が1つ鳴る。それと同時にアランに味方する全員の能力が一段階跳ね上がった。身体能力も、魔法も、なにもかもだ。そして二つ目の音色。さらにもう一段階の強化。
相変わらず凄まじい魔法だ。この鐘の音を止めない限り、無制限に強化が上乗せされ続けるのだ。持久戦んになれば、あのゲンサイですら敗北するかもしれない。もっともあの男は持久戦になど持ち込ませてくれないだろうが。
「君の魔法は知っているよ。そのままにしておくと、とても面倒だ」
テロスが手をかざす。
なんの前兆もなく、三度目の音色を響かせようとしていた黄金の鐘が消失していた。
「なるほどな、聞いてた通りの能力ってわけだ」
魔王の正体がテロスだった時のために、テロスの戦いかたは分かる限りアランに伝えてある。その能力が消滅か、あるいは転移だということも。
「クソ野郎、お前の予想通り、コイツの魔法(?)は『消滅』だぜ。転移なら、転移した先で鐘が存在するはずだろうが、俺のEXアーツは今確かに消え去った」
そうか、悪い方の予感が当たってしまったか。
テロスは物質を消す。魔法も消す。なんでも消す。そのことから浮かぶ可能性は2つ。どこか別の場所に飛ばしているのか、本当にこの世から消滅させているのか、だ。
迷宮塔の最上階より更に上、天帝フルフシエルと戦ったあの場所でテロスの攻撃を受けた結果地球に飛ばされたことから、転移能力の可能性も捨てきれなかった……いや、そうであって欲しかったというべきか。結局あの時の転移は、テロスに食われた誰かの能力だったのか。
「予想通り? 君もかい? 君もボクを知っているのかい? 面白いな、この世界にボクが把握できていないことがあるなんてね」
まるで神かなにかのようなセリフだ。いや、そう……なのか? 無慈悲にすべてを消し去る力。これはまさしく神を名乗るに値する力だ。
勝てない。アランはテロスに勝てない。
神うんぬんは関係ない。戦闘スタイルの相性が絶望的に悪いのだ。EXアーツを消されて以降、アランが動きを見せないことが俺の予想が正しいことを証明している。
アランは体術で戦うのだ。魔法でめちゃくちゃに強化された身体能力にかまけた肉弾戦。だけど消滅の力を持つテロスに殴りかかるということは、みすみす腕を差し出すに等しい。
イリアさんは魔力を持たない母とアランの間に生まれたことで、アランの半分ほどの魔力と同じ強化属性を持つ、言い方は悪いが劣化アラン。リリアも直接的な殺傷能力を持つ魔法は使えない。
攻撃手段が、無い。
俺なら……。
世界属性は応用がきく属性だ。うまく使えばテロスの防御を抜くことができる可能性は、0ではない。
「なのに、なのに何でこの体は動いてくれないんだ…………!」
俺が戦わなければいけない。勝てる可能性がほんのわずかでも有るとすれば、俺なんだ。もうテロスに牙を向けてしまっている以上、見逃してもらえるとは思えない。実際、明確な殺意を感じる。
やらなければ、やられるんだ!
「そっちの二人には色々聞いてみたいことがあるけれど……アラン、そしてその娘イリア。君たちにはもう用は無い。生かしておいても邪魔になるだけだろうし、ここでしっかり消させてもらおうか」
テロスがアラン達に手のひらを向けた。慌てて避けようとするが、無理だ。テロスの消滅はかなり広範囲に広げられることを知っている。たった2段階しか強化していない状態では、逃げ切れない。
動け、俺。俺が守るんだ--!!
「小僧……」
リリアが俺に向けた視線に込められていたのは、憐みだろうか。
俺の足は、その場からただの一歩も動けていなかった。