鳥に日本語しゃべれる訳ないじゃんな?
ぽーっと窓の外を眺める。部屋の机の上ではジルとオル君がじゃれあっていた。
思い出すのはアランとの訓練だ。
恐ろしく強かった。そりゃ、ゲンサイやテロスみたいなどうしようもない理不尽な強さではなかったけど、それでも反則めいた強さ。さすが、最強と呼ばれるだけの男だと思わざるをえなかった。
「強化、か。想像以上だったなぁ」
元々の時代では強化属性で高い魔力を持った魔法士と会ったことがなかったから琴音の魔法と同列に考えていたけど、とんでもない。まったくの別物だ。
琴音の魔法は異常な成長を与えるけど、あくまでも成長。いわば潜在能力を限界まで引き出して一段階上の位階に進化する、そんな魔法だった。だけどアランのそれに上限なんてない。人間が普段20%の能力を発揮していない所を100%発揮させる琴音の魔法に対し、アランは元々の20%に、100%でも200%でも魔力の許す限り上乗せできるのだ。
負けた。
もちろん訓練だ。お互い本気の本気ってわけじゃない。でも、本気でやっていたとしても俺は負けただろうな。どんな攻撃も強化された反応速度とスピードで回避され、そのスピードで攻撃されれば成す術が無い。
俺の魔法はオリジンの中でも強い方なんだと慢心していた。でも負けた。何故なのかは、もうわかっている。
魔法の相性はもちろんある。俺が他のオリジンに勝っていると思っていたのは、どんな魔法もジルに奪わせて無力化できると思っていたからだ。でもアランのような、ジルで食えない魔法を使ってくる相手となると話が変わる。そういった相手と戦う時の俺は、事前に持っていた属性をただ吐き出すのみだ。バリエーションが豊富なだけの砲台。1つの属性に特化していない分、応用もできていない。
結局のところ、俺は相手を弱らせて自分が強くなった気になっていただけなんだ。相手の力を奪わない、真っ向勝負だと実はそんなに強くもない。頭の足りていない餓獣相手ならそれで圧勝できても、一定以上の実力を持つ人間なら敗北する可能性が十分にある。そんな程度だった。
魔法は、『世界』属性は間違いなく強い。紛れも無い反則魔法。なのに負けた。何故かって、それは俺が……その魔法を使う俺自身が弱いからだ。
当たり前と言えば当たり前だ。アランも、他のオリジン達も、ゲンサイだって、何十年と戦いの中に身を置いてきた人間だ。テロスも、見た目通りの年齢じゃないだろうしな。そして俺はというと、剣を握って、命を賭けた戦いをするようになって、たったの1年。最初から立っている舞台が違うのだ。
俺は天才じゃない。俺と訓練した人達は口を揃えてこう言った。素人にしては判断が早い、と。それは日本にいた時にも野生の動物に追いかけられたリしていたからで、それだけだ。褒められたのは、元々慣れていた部分だけで、剣技の才能も戦いのセンスも褒められたことなんて一度も無い。
そしてそんな俺は、どんなに訓練してもゲンサイには追いつけないだろう。あっちは怪物じみた才能の上に、頭がおかしいくらい鍛錬している人間なんだからな。
戦闘能力、経験、才能、全てにおいて劣っている上で、魔法を奪うような反則めいた弱体化が通用しない相手にどうすれば勝てるのか。アランとの最初の訓練から10日ほど経って、俺はまだそれを考えていた。
窓の下を見ると、そこでは2人のリリアが遊んでいた。といってもリリアちゃんの面倒をリリアが見ているって感じだけど。
しかし仲いいな。幼い頃の自分なんて、恥ずかしいやら小憎たらしいやら複雑な気分になりそうなものだが、そこはさすがババアの器の大きさということか。この10日、リリアはよくリリアちゃんの世話を焼いていた。
「お婆ちゃん、行くよー! 今度はリリアが勝つからね!!」
「かかか、どんどん上手くなっとるからのう。次は負けるかもしれんのじゃ」
「えい!」
2人がやっているのは柔らかい布を棒状に丸めた棒を使ったキャッチボールのような遊びだ。キャッチボー? とにかく棒だから球を使うより難しい。おまけにテニスみたいに行動範囲に制限もあるらしい。二重丸を地面に描いて、内側の丸の中を駆けまわって棒を投げ合う。キャッチできなければもちろん負け。外側の丸より外に棒が落ちても負けという遊びだ。
お、うまい。
外側の丸ギリギリの所にリリアちゃんの投げた棒が落ちていく。リリアの今の位置からじゃ間に合わない。ついにリリアちゃんの勝利か。
と思ったらリリアが棒をキャッチしていた。いや待ておかしい。
「あ、あいつ子供相手にイカサマしやがった……」
なんて大人げない奴だ。1180歳くらい年上のくせに。当然のようにその不自然な動きに気づいたリリアちゃんが抗議の声を上げた。
「ずるい! リリアはまだ魔法使えないのに!!」
「すまぬすまぬ、ついいつもの癖での。もう使わんぞ、約束じゃ」
「絶対だよ?」
「絶対じゃ」
そうしてゲームを再開する2人。魔法無しなら2人の身体能力はほぼ同じ。……ということは近々リリアちゃんが魔法に目覚めて自分の時間を止めることになるのか。そういえば何でそんなことをしたのか、今まで聞いたこと無かったっけな。
だけど今のはいいヒントだった。
子供の姿から成長することが無いリリアが、1200年もの間この過酷な世界でどうやって生き抜いてきたのか、だ。歳を取らないだけで決して不死ではないにも関わらず、戦いから遠ざかって生活していた訳でもなく、でも生きている。身体能力の面で言えば、どんな戦士にも劣っているというのに。
リリアは時間を操る。他人の1秒をリリアの10秒に、20秒に引き延ばすことだってできる。どんなに足の速い人間も、リリアより速くは走れない。
つまりリリアは身体能力では劣るものの、自分にブーストをかけることで勝利してきたんだ。
「って言っても、俺は強化属性使えないしなぁ」
まったく使えないわけじゃない。誰かから奪うなり借りるなりすれば使うことは可能だ。でもそれは所詮借りもの。使えば持ち主の元に戻る一時的なものだ。
足りない。仮にそれで自分を強化したところで、ゲンサイだって理不尽すぎるほど強化された状態だ。ジリ貧になれば必ず俺が負ける。借り物の力じゃ、ゲンサイには勝てない。
「ダメだぁ! 何にも思いつかないや。一緒に考えてくれよ、ジルー。オルくーん」
「みぎゃ?」
「ピ?」
相棒達は小首を傾げるだけだった。
訓練の後でアランが言った言葉が脳裏をよぎる。
『その鳥とはちゃんと話したのか? せっかくEXアーツが生きてんだ、もっと意思疎通してみろよ勿体無い』
言いたいことはわかるよ。ジルは俺の魔法そのものだ。ジル以上に『世界』属性に詳しい生物はいないに決まってる。ジルに直接魔法を教われたら、そんな手っ取り早い話は他にない。けど……
「鳥に日本語しゃべれる訳ないじゃんな?」
「ピィ」
なんとなく言いたいことは分かる。術者と魔法という関係上、普通の動物との触れ合いよりはずっと理解できてる自信もある。でも魔法の応用や有効な使い方なんて複雑な内容を、アイコンタクトやジェスチャーだけで伝えるのはさすがに無理がある。
この10日間、今までは用が無い時は出していなかったジルを常に外に出して交流を計ってきたけど、俺達の関係は中学生の初恋くらい進展が無かった。
不安だ。
アランとの訓練は確実に俺の力になっている。強化に強化を重ねた理不尽な力でボコボコにされて、でも死ぬ危険は無い。安全に、確実に、急速に経験を積むことができている。でも、それだけだ。経験を積んで、戦闘技術を磨いた程度でどうにかなる相手なら苦労はしていない。
イリアさんは懸命に魔王の所在を探っているけど、果たして俺は戦いの役に立てるのか? また手も足も出ずに負けるんじゃないか? よしんば勝てたとして、現代に戻ったところでゲンサイに勝てるのか。
無理だ。
今のままじゃ、全然無理だ。
ぶるり……と体が震えた。
「おいクソ野郎。今日も訓練をつけてやるぜ!」
「……あ、ああ。うん」
「あ? なんだよ気合入ってねー顔だな」
だってな……。いくら訓練しても、目標に手が届く気がしないんだ。それどころか、考えれば考えるほど体が震えてくる気さえする。
結局その日の訓練の間、俺は「身が入っていない」と終始アランに怒られ続けたのだった。